俺と私と

砂田計々

俺と私と僕と

 茜のさす空に響き渡るホイッスル。

 俺たちの青春は終わった。

 戦場さながらに荒廃したグラウンドでチームメイトは体を横たえる。

 放心状態で仰ぐ空は途方もなく高かった。


 呼吸が整うまもなく清に肩を叩かれ、観客席の方へあいさつに向かう。

 ここまで支えてくれた方々の前に、俺たちは深々と頭を下げた。

 里奈が拍手しながら涙ぐんでいるのが見えて、俺はやさしく微笑んだ。

 

 里奈は俺の幼馴染で、


         ◇


 ここまで書いたところで続きが浮かばなくなり、手が止まった。

 そもそも、面白いのかどうかも不安になってきた。


 指定されたテーマをど忘れしてしまい、闇雲に冒頭だけ書き始めてみたが、続きを書く自信がない。

 すっかり冷めてしまったコーヒーを淹れなおしに台所へ行くと、冷蔵庫に昨日のケーキの残りがあったことを思い出した。ここのチーズケーキは絶品だった。


 今夜は会合がある。

 午後四時までには切り上げて、支度を始めなければならない。

 久しぶりの集まりなのだ。遅れるわけにはいかない。

 客間に待たせてある彼女にも一言言っておかなければ。


「今日は会合がある」

「会合ってまた、ただの飲み会ですよね」


 いつもの飲み仲間といつもの日本料理店で一杯やる。

 だが、会合には違いない。


「とりあえず。書けたところまで見せてください」


 私はしぶしぶプリントアウトして、担当編集の彼女に手渡した。


「茜のさす……、戦場さながら……

 …………、…………。…………。」


 彼女はどう言えばよいのか考えあぐねているようにして、言った。


「これだけですか」

「そうだ」


「先生、今回のテーマなんですけど」

「わかってる! 当たり前だ。あれだ、ああ、そうだそうだ、友情だよな」

「違います」

「青春、だったかな」

「違いますよ」


 彼女は人を見下したような冷たい表情を浮かべた。

 私はテーマについて彼女にもう一度教えを乞うた。


「そうだった、そうだった。よし。テーマもわかったことだし、アイデアを練るために外出でもしてくるよ」

「先生、来週は大阪でサイン会ですので、絶対に今週中、つまり今日中にお願いします」

「わからんやつだ。もうすぐ会合だと言っているんだ」

「ファンより酒を取るというのですね」

「君ってやつは。ほんとに私の味方なのか。君のそういう目がね、怖いんだよ私は」

「今は敵ですよ、先生。さっさとお願いします」


 ちくしょう!

 私は泣きながら、新規ファイルを立ち上げた。


         ☆


 …………。

 何を書いてもこの頃は楽しくない。

 売れっ子作家と担当編集のコメディを書き続けて一年。アクセス数は日に日に減っていた。

 最新話をあげてアクセスがあっても、なくても、最近は何とも思わない。


 雪の宿の砂糖を前歯でガリガリそぎながら食べて、僕はキーボードを叩き続けた。

 ぱらぱらと落ちた砂糖の粒がキーボードの隙間に入り込もうとするので、ふっと息で吹き飛ばす。最低二千文字。毎日書き続けることが大事なんだ。パンデミックに緊急事態宣言と、こんな世界になっても、僕はばかばかしい物語を書くことが辞められないでいた。

 

 それからまた何時間が経過したのか、空腹が神経を研ぎ澄ませる。

 そういえば、もう食料がない。

 二週間ぶりの調達へと重い腰をあげて、仕方なく装備を始める。玄関の傘立てからライフルを抜き取り、背負うが残弾数が心もとない。予備のハンマーを腰に突っ込み、ドアノブに手をかけて、音を立てずにそっと外の様子を窺った。

 どうやら奴らはいないようだった。


 コンビニの棚は荒らされて久しく、食料はもうない。

 前回見切った期限切れのパンですら、今はもうなくなっている。

 いまさら金に価値はないが、念のためレジを漁っていると気配がして振り返った。

 そこには醜いゾンビが立ちはだかっていた。


 襲ってくる様子はなく、入口のところに突っ立っている。

 敵意を見せないゾンビはただ観戦しているようにこちらを向いていた。

 それはかつての仲間の変わり果てた姿なのかもしれないとふと思った。

 汚れた白のワンピ―スにボロボロのスニーカー、潤んだ瞳。


「もしかして、里奈?」


 応答はない。

 僕は静かに、ライフルをぶっ放した。


         〇


 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 次回作にご期待ください。

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