草子相愛 -そうしそうあい-
黒いたち
草子相愛 -そうしそうあい-
「
「
小中学生女子を対象にした、月刊誌に連載を持っている。
ファンレター入りの紙袋を受けとった玉藻が、頬をゆるめた。
「今回も来てたわよ」
「
「ええ」
高尾さん、とは、毎月感想を送ってくる、東京在住の二十代男性だ。
姉の影響で少女漫画が好きになったらしい。
そのファンレターというのが、少々
「
「私は好きだけどな、和紙。1,000年前に
玉藻の
「またはじまったにゃ。玉藻の上皇語りは、長いうえにくどいにゃ」
そういうと、2本のしっぽをゆらゆらさせた。
コマは、言葉を話す猫、
かれらは、
古い家だが、Wi-Fi完備、オール電化、屋根には太陽光パネルまで設置してあるので、住み心地はばつぐんだ。
高台にあるので、ながめがいい。
晴れた日には、キラキラ光る
9本あるうちの1本ぐらい、と思わないこともないが、人間にしっぽは無いので、できるだけ人前にでないようにしている。
1,200年ほど前に、
蛇になるときに
だから、人間に混じって生活をするのが得意だ。
玉藻が少女漫画家になりたいと言った年に、清は総合出版社に入社した。
月に2,3回ほど東京本社に行くほかは、この古民家でリモートワークをしている。
リビングにあるコタツが、皆のくつろぎ定位置だ。
コマは、コタツ布団の上で、丸くなった。
「高尾さん、今回は細長い箱で送ってきたわよ。ついに
「ありえるかも。毎月、十数枚あるから」
クスクス笑いながら、玉藻は箱を開けた。
和紙の手紙と、細長い白い箱が入っていた。
「なんだろう」
ふたをあけると、赤いカーネーションが1本入っていた。
手にとった玉藻は、息をのんだ。
「このカーネーション、和紙でできてる!」
「すごいな、高尾さんのセンス」
清が苦笑した。
「これだったら、
「枯れない赤いカーネーション……」
清がちいさくつぶやく。
玉藻は、和紙のファンレターを開封した。
『
今月の「ハツコイにキス」も、ひかえめに言って、最高でした。
玉藻先生の
例えば、2ページ目の左上のコマの――』
延々と続く
これだけ読み込んでくれるとは、
『今度のゴールデンウィークに、道の駅しなのでキャラクターショーが
その
去年の9月号のインタビューで、玉藻先生が信濃町の大自然からインスピレーションを受けたと話されていましたので、現地に行けるのがいまから楽しみです。
先生の愛する野尻湖や妙高山を、この目に焼きつけたいと思います。
季節の変わり目ですので、ご
玉藻の心臓が、ドキリと音を立てた。
「高尾さんが来る」
「え!?」
おもわずこぼれた言葉に、清がおおげさに反応した。
玉藻は、言い訳のように
「く、来るっていっても、仕事で」
「いつ、どこに?」
「ゴールデンウィークに、道の駅しなの、に」
清の目が、キラリと光った。
「ちょうどいいわ、玉藻。あなた、高尾さんに会ってきなさい」
「ええ!?」
「そろそろ新しい恋をすべきだわ。実はハツキスの読者投票の伸びが悪いのよ」
ハツキスとは、玉藻が連載している漫画「ハツコイにキス」の略称だ。
「この体験を、漫画に活かすの!」
「……人間は、はかないから。恋をしたところで」
「言いたいことはわかるわ。でもね、とりあえず漫画の
「打ち切り!?」
「嫌でしょ? 嫌よね? だから会ってきなさい。これは担当編集者命令よ」
「清ちゃん、スパルタ……」
清は、こうと決めたら曲げない性格だ。
長い付き合いで、それを
「会うだけだからね。はあ、迷惑がられたらどうしよう」
「あら玉藻。赤いカーネーションの花言葉は?」
「知らないけど、なに?」
玉藻の視線を受けて、清は妖艶にほほえむ。
「――会いたくてたまらない」
「来ちゃった……」
ゴールデンウィークの道の駅しなのは、活気にあふれていた。
駐車場の
その周囲に、スタッフたちがいる。
近くにいけば、どの人が
前しか見ていなかった
「すみません!」
人の良さそうな、中年の女性だった。
「あら、こちらこそ」
ワンッ! と彼女が抱いていた小型犬が吠える。
「ひっ!!」
九尾の狐である玉藻は、犬が大の苦手だった。
「では、わたしはこれで!」
おもわずダッシュすると、うしろから中年女性の声が聞こえた
「リムちゃん!」
リムちゃん? と振り返ると、小型犬が追いかけてきていた。
玉藻は叫びながら逃げた。
建物の影まで走ると、行き止まりで絶望する。
後ろを振り返ると、小型犬がせまっていた。
「いぃやぁああ!!」
「だいじょうぶですか!?」
男性が駆けてきて、ひょいと小型犬をだっこした。
おくれてやってきた中年女性に、男性が犬を返す。
謝る女性に手を振ってこたえ、玉藻はおおきく息をはく。
「ありがとうございました」
「立てますか?」
「はい」
そのとき、おしりにしっぽの感触があり、玉藻は血の気がひく。
驚いたときに、1本出てしまったらしい。
なんとか隠しながら立ち上がる。
「この手帳、あなたのですよね?」
「そうです!」
見覚えのある赤い手帳は、取材用のものだ。
片手でしっぽを押さえながら、もう片手でぎごちなく受け取ろうとして、失敗する。
落ちたときに開いたページは、ハツキスのキャラクターがでかでかと書いてある場所だった。
しっぽを隠すのも忘れて、手帳にとびつく。
その直前、男性がサッと手帳をひろった。
「これは……」
男性が、ガバリと玉藻の両手をにぎった。
「玉藻先生ですか!? 俺、
「あ、
「マジか、先生に
バサァッと音がして、彼の背中から茶色の
「あの、高尾さん。翼が出てますけど」
「うえ!? あ、やば、いや、これはその」
うろたえる彼の瞳孔は、
「信じてもらえないかもしれないんですけど、じつは俺、天狗と人間のハーフなんです」
玉藻は、あっけにとられる。
「あの、玉藻先生もしっぽが――多い」
「うえ!?」
「もしかして、
「このことはご
「もちろん。ですが、おなじ
「なんでしょうか」
「直接、玉藻先生への想いを語らせてください」
天狗と人間のハーフの律は、鼻筋がシュッと通っている男前で――玉藻のドストライクの顔だった。
そして、つい、興味本位で質問をしてしまった。
「ちなみに、高尾さんの
「人の十倍以上です」
清からは恋をしろと言われ、目の前にはふさわしい相手がいる。
それでも玉藻は、最後の一歩を踏みだすのを迷う。
「高尾さんは、お住まいが東京ですよね? 新幹線の時間とかもありますし」
「天狗の能力はご存じですか? 一瞬で何百キロも移動できるんです」
つまり、遠距離ではない。
恋する条件がそろってしまったことに、玉藻はうろたえながらも、
「あとで、家に来ます?」
「いいんですか!? ぜひ!! 先生の仕事場……生原稿……はぁはぁ」
息をあらげた律に、玉藻はかるく引いた。
住所を伝え、家に帰った玉藻は、清とコマに
夕方、約束通りに訪ねてきた律は、
そしてまた玉藻の両手をにぎり、
「想いを伝えきるまで、毎日通うことをお許しください」
数日だろうと思い、玉藻がうなずくと、律はしあわせそうな笑みを浮かべ、帰っていった。
律は、毎晩たずねてきて、恋焦がれるような表情で、玉藻への敬愛を語っていく。
ほどなくして、それに
律に対するドキドキを漫画に反映させたところ、ハツキスは読者投票で首位を走り続け、ついに来春、アニメ化することが決定した。
そしてむかえた大安吉日。
日が照っているのに雨が降る「
1,000年以上生きてきた九尾の狐と、つぎの1,000年も、隣で生きると約束した天狗の子は、おたがいに愛おしげなまなざしで見つめあった。
こうして玉藻と律は、末永くしあわせに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
草子相愛 -そうしそうあい- 黒いたち @kuro_itati
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