指揮者

メンタル弱男

指揮者


 最近の休日はとても充実している。

 朝早くに起きてご飯を食べ、準備をしたら外へ出る。朝日に照らされた深緑の鈴鹿山脈を見渡せる田んぼ道を歩く。近鉄電車が水面を走るように見えるのは、なんとも言えないほど美しい。まるで鏡の国にいるかのように思えてくる。

 そして、プレーヤーでいつも同じ音楽をかける。オアシスのアルバム、モーニンググローリーを聴きながら、屹然とした山々に引けを取らない誇らしげな気分で進んでいく。


 向かう場所は決まっている。少しここから西へ行ったところの公園で、ちょっとした森の上にあるので景色が良い。工場と車が多い家の近くでは味わえない清々しさがそこにはある。遠くに見える伊勢湾の上には、春らしい滲んだ空が広がって、自然の中にいる自分の存在を見出す事ができる。


 さてオアシスが『She’s Electric』を奏で始めた頃、僕は公園の入り口に着いた。平日の朝だが、すでに子供達が元気に走り回っている。『うぎゃきゃきゃーー!』訳も分からない声を上げながら、ミツバチの八の字ダンスのような奇怪な動きを見せた子供がなんとも微笑ましい。彼等を笑顔で見届けて、僕は僕のやるべき事があるから、森の上の方へとどんどん歩いていった。


 木漏れ日の儚さは静かな空間と共に、心の色を淡く染めていく。それは創作する時の感覚に似てとても気持ちが良い。僕の足は止まる事なく、緩やかな上り坂はくねくねと曲がって、少しずつ頂上に近づいていく。心が躍り出すリズム。僕はこの景色の全てが愛おしい。

 

 頂上ではいつも通り人の姿はなかった。最後の『Champagne Supernova』を聴き終わるまで、ベンチに座って工場の多い街を眺めていた。たくさんの人々がここにいるのだと、当たり前のことを認識し直した。

 

 曲が終わってしまうと、ついに僕の番だ。ベンチの横に円柱形で腰の高さくらいの岩がある。その上に立って僕は目を閉じる。想像するのは今まで訪れたことのある景色や見たこともない景色を繋げた、僕が作り上げた世界。そしてそこで動き出す物語。。。


 僕はここで小説を作る。この場所に立つとあらゆるモノからインスピレーションを受ける。この力を借りて自ずと浮かび上がる文字を並べていくだけだ。そしてその文章は、まだあどけない音の粒として散らかったまま、どこへ向かうか逡巡している。

 僕の役目はそれを纏めていく事。それはまさに言葉の指揮者といったところかもしれない。


 そっと目を開けると、いつものように顔の見えない天使(僕が勝手に呼んでいる)が三人、羽を休めるように座っている。いつも僕の小説を聴きに来てくれている。


『今日はどうですか?』と少し休んで聞いてみると、

『とても良かったです。』と一言、笑顔で答えてくれる。

 僕は何も知恵のない人間だが、この天使の柔らかい表情が、如何に人の心を照らしてくれるか知っている。


 次第に僕の小説は大詰めへ。木や草花が爽やかな風に揺られるたび、僕の方へと言葉を届けてくれる。鳥や小さな動物、虫達が僕のまわりに集まって、さりげなくヒントを与えてくれる。こんな環境で小説を書けるなんて僕は本当に贅沢で幸福だと思う。。。

 しかし、僕は、、、。


 新しい扉を自分自身で無理やりこじ開けようとしている。険しい道と知りながらも、必死に扉を押している。そんな自分に気がつかなかった事は本当に不思議だった。


 このように安全な温もりの中で守られながら創作していた僕であったが何かの啓示か、僕はこの場所を離れる事を考え始めた。行動を始めれば早く、そして今日がまさに、この地を出発する日だ。だからここへ来るのも最後になるだろう。


 僕の小説。そして、これからガラッと変わる僕の人生に大きな不安を抱きながら、次の場所での新たな出会いに夢を見る。


 『小説を読んでくれる人たちと、小説のヒントをくれる仲間たちに感謝しながら』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

指揮者 メンタル弱男 @mizumarukun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ