終了日

緋糸 椎

✒︎

「もういや、どうしてこうなるの!」

 自宅アパートのソファーの上で、私浜口夏海はまぐちなつみは荒れていた。ヤケ酒用にコンビニで買ってきた発泡酒は、すでに4本空けている。だが酔えば酔うほどに、嫌なことは忘れられるどころか、鮮明に思い出されてくる。


……今日こそ告白しよう、そう思って作田真守先輩をずっと待っていた。そうしたら、作田先輩とあの女……桃坂美奈子が楽しそうにおしゃべりしながらやってきて、仲睦まじく車に乗り込んだ。物陰に隠れて見ていた私はショックで嗚咽した。そして気がつけば部屋で発泡酒をあおるように飲んでいたわけである。

 こんなとき……私は行き場を失った悲しみや怒りを物語にして浄化する。それを小説投稿サイトで発表し、「いいね」やら前向きコメントをもらうことで、私は救われるのだ。

 小説を書いている時、私は小説家になり切る。ペンネームは「サマービーチ」。我を忘れ、思いのたけを小説にしていく。さすがに実名はさけているが、ありのままの出来事をそこに記す。


 私は親友のに、好きな人がいることを打ち明けた。彼女は私の会社のクライアントであり、仕事上のことで先輩と一緒に彼女と落ち合ったとき、彼が私の好きな人であることをこっそり耳打ちした。

「いい人じゃない。応援してるね」

 ミナはその時そう言った。それを信じた私がバカだった。彼女と坂田先輩が初めてあった時、互いに感じるものがあったのだろう。そして私の知らないところで二人はコソコソと会い、いつしか二人は……


 そこで私の執筆は止まった。どうしてもそれ以上書けなかった。敵役かたきやくへの憎しみが強すぎたのだ。どうしよう。ふと、私が投稿しているサイトでは自主企画というものがあることを思い出した。

(そうだ、投稿された物語の出だしに、続きを書いてもらえるような自主企画を出そう)

 そう思って、私は「物語の続きを書いてください」という企画を立てた。自主企画なんて初めてでドキドキしたけど、案外簡単だった。終了日は七日後に設定。立ち上げ早々、三作もの登録があった。私自身の作品も入れれば全部で四作の登録となる。


 一作目は、首都高を愛車の青いランエボで走り回すという、走り屋モノ。

 二作目は、映画監督との不倫で泥沼化している女優の話。

 三作目は虫好きの小学生の女の子が学校でいつもいじめられて、虫たちに慰めてもらうというもの。


 正直なところ、私にはどうオチをつけてよいかわからない作品ばかりだ。それでも一応それぞれのコメント欄に企画参加感謝のコメントを残しておく。


 ところが、それらに対する続きの物語を投稿する者はいなかった。それどころか、その四作きり誰も投稿してこなかった。何のリアクションもないのは参加者の皆さんに申し訳ないので、何かそれぞれの続きを考えようと思った。でも、何も思い浮かばない。そうしているうちに、終了日がやって来てしまった。

 真夜中、時計の針が文字盤の「12」を過ぎると、私はなんとも言えない気持ちになった。投稿してくれた人たちは互いに読者であり、仲間たちだ。そんな彼らに私は何もしてあげられなかった……そんなことを考えているうちに、いつしか私は眠りこけてしまった。


 朝起きてテレビをつけると、ショッキングなニュースが目に飛び込んできた。


──首都高で乗用車炎上──


 事故を起こしたのは青色のランサーエボリューション、走り屋の間では〝首都高のスカイフィッシュ〟と呼ばれる有名な走り屋で、警察では無謀運転による単独事故と……


 その報道をきいて私はハッとなった。そして企画に参加していた一作目の小説を読み返した。すると、その主人公は〝首都高のスカイフィッシュ〟という異名を持っていた。愛車は青のランエボ。


「こ、こんなの偶然だよね!?」


 怖くなって別のチャンネルにすると、今度はワイドショーだった。そして……。


──若手女優・松下美和子、映画監督・伊吹太郎との不倫発覚──


 この騒動により、松下美和子は予定されていたドラマの主役やCMの降板という憂き目に遭う……。


「そんな……偶然よ、偶然だわ!」

 私は慌ててテレビを消し、朝食もとらずに家を出た。


 出社してから私は何が起こるかとビクビクしていたが、仕事は至って順調で、いつも通りに事は流れ、私は家路についた。

 帰りの電車は比較的空いていて、一人のサラリーマンがロングシートにどかっと座り、新聞を広げて読んでいた。

(畳んで読めばいいのに……)

 私はそう思いながらも表立って注意は出来ない。だれか勇気のある人、注意してくれないかな……なんて他力本願な気持ちになる。とその時、サラリーマンが新聞をめくり、三面記事が目に入った。私は心臓が飛び出そうになった。


──小学生、スズメバチに刺され重体/いじめへの報復か──


 私は目をこらして記事を盗み読む。すると、その加害者となったクラスメイトは昆虫好きで、いつも被害者からいじめを受けていたという。いじめに悩んだ加害者は、悩んだ挙句、スズメバチを捕まえてきて被害者の体操服に仕込んだという……。


「きゃあああ!」

 私が思わず叫んでしまったので、車内の注目を浴びた。目の前のサラリーマンは私に何かしたかと周りに思われ、その視線にオドオドする。私は恥ずかしくて次の駅で一旦降り、次の電車を待った。


 そうして次の電車がやってきて、ドアが開いた。すると私はまた心臓がひっくり返りそうになった。

 何と、作田先輩がその電車から降りて来たのだ!

「おっ、おっ、おっ、おつかれさまですっ!」

「ああ、おつかれさま。……浜口さんて、家こっちだった?」

「いえ、この辺で用があって、また帰るところです……」


 心臓がバクバクと音を立てる。いったいこれから私の身に何が起こるんだろう。どうか何も起きないでください……そう祈りつつ電車に乗ろうとすると、

「……浜口さん」

「え?」

「ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかな?」

「……はい」

 と言いながら、私は迫り来る運命に抗えない無力さに失望した。作田先輩は人目につかないところに私を連れ込み、一呼吸したあと、重い口を開く。


「オレ、ずっと前から浜口さんのことが好きだった。……オレと付き合ってもらえない?」

「ええ、そうなりますよね……って、ええっ!?」

「ダメかな。返事は今すぐじゃなくてもいいんだ。ゆっくり考えて……」

「ゆっくりなんて考えません、い、今返事しますっ! こちらこそ、よろしくお付き合いくださいっ!」

 そう言って私は、突然訪れた幸運が逃げないよう祈りつつ、電車に飛び乗った。



**********


 浜口夏海が電車に乗ってから、作田真守は携帯を取り出して電話をかけた。

「もしもし、作田ですけど、あなたが彼女の気持ちを伝えてくれたおかげで、勇気を出して告白できました。……ええ、うまくいきましたよ。ありがとうございました!」

「いえ、私は何もしていませんから……彼女のこと、大事にしてあげてくださいね」

 通話を終え、携帯をポケットに入れた桃坂美奈子は通り過ぎる人だかりを眺めながらひとりごちた。

「……おめでとう、〝サマービーチ〟さん。お幸せに」

 そして彼女の目から一粒の涙が流れた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終了日 緋糸 椎 @wrbs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説