『2、みんなの後日談』


 さて、その週末。


 どういう風の吹き回しか、剣崎刑事が訪ねて来た。なんと手土産にコンビニのプリンとシュークリームを持っていて──有名店のスイーツではないところが剣崎刑事らしい──俺への礼だと驚くべき事を言った。


 ちょうど美波ちゃんも芽衣に会いに我が家に来ていたので、とっておきの紅茶をれてくれたうちの母親も交えて、五人そろっって、リビングでティータイムにした。


 ツインテールのふんわりアイドル系美少女、芽衣。


 金髪ショートのパンク系美少女、美波ちゃん。


 黒いパンツスーツで怜悧な堅物系美人、剣崎刑事。


 二十歳は若く見えるおっとり系美魔女の母、綾子。


 そして、地味な俺。


 なんだか妙な光景だ。


 事件の顛末てんまつは主に芽衣が語り、それを聞きながら、母親は「あら」とか「まあ」とか「すごいわ」とか「よくやったわね」などと熱心に相槌あいづちを打ち、表情をくるくると変えていた。特に剣崎刑事が俺の推理を褒めてくれた時には、感動でもしたのか目を潤ませていた。


 恥ずかしい……


 剣崎刑事は改めて丁寧に頭を下げてくれた。


「君がいなければ我々警察は状況証拠だけで凪砂さんを送検そうけんしていたかもしれない。冤罪えんざいを防げたのは、君が見事な推理をしてくれたお陰よ」


 そんなぁ、と調子に乗りかけたら。すかさず釘を刺される。


「だからと言って、今後は二度と事件に首を突っ込まないように。また捜査現場で君を見かける事があったら公務こうむ執行しっこう妨害ぼうがいで逮捕するかもしれないからね。探偵ごっこはほどほどに!」


 うっ、剣崎刑事はあくまでも剣崎刑事なのかっ。


「それにしても、どうして出水さんは毒なんか盗んで持っていたのかしら?」


 母親が呑気のんきな調子で疑問を口にした時、美波ちゃんは真摯しんし声音こわねでぽつりと呟いた。


「もしかしたら出水さんなりの自己じこ防衛ぼうえいだったのかもしれない」


「え?」


 全員の視線が美波ちゃんに集まる。美波ちゃんは少し居心地いごこち悪そうに身じろぎしたが、自分の思うところを丁寧に語ってくれた。


「私もそうだけど、派手な服装や態度をする人って、本当は恐がりだったりするのかも。世の中が恐いから『自分は強いんだぞ。毒を持ってるから近付くな』って見せかけるの。出水さんは大勢の女性と付き合う事や、実際に毒を隠し持つ事で安心を得ていたのかも……」


 一瞬、場は静まり返った。自信の無い本当の自分を隠す為に派手に振る舞う?


「どうしてそう思うの?」と剣崎刑事。


「私、おとなしくて、以前はいじられキャラだったんです。それが嫌で金髪にしたら揶揄からかわわれなくなりました。私にとって金髪や派手な服は『毒があるから近付くな』って警告けいこくっていうか、そんな感じのものなんです。派手な色の生き物って毒を持ってる場合が多いでしょう。出水さんのしていた事もそういうたぐいのものなんじゃないかなって……」


 美波ちゃんの金髪やパンクファッションにそんな理由があったとは……


 人は見かけの通りではない。目に見える容姿や態度がその人そのものだと思うのは偏見へんけんかもしれない。


 誰しも他人には見せない「本当の自分」を大切に隠し持っている。そんな当たり前の事を忘れていた。


「言われてみると……出水さんは実は自信が無かったとも思えるわね。手当たり次第に女性を口説いていたのも、自信があるフリをしたかったからで、その延長線上に『危険な毒を所有していたい』という願望があったのかも……」


 珍しくしんみりした口調で剣崎刑事は頷いた。芽衣は美波ちゃんのファッションの理由を知っていたようで、ただうんうんと優しく頷いている。


 それにしても、だ──真摯に打ち明けてくれた美波ちゃんの気持ちは納得できるが、吉川先生に振られた十年前ならいざ知らず、後に十数軒ものレストランを経営するようになり、ヨットまで所有していたプレイボーイの出水氏が、それでもまだ自分に自信を持てていなかった要素は思い付かない。


 出水氏が美波ちゃんと同じ心理だったかどうかは半信はんしん半疑はんぎだ。


 自然界にも、派手な警戒色けいかいしょく有毒ゆうどく生物せいぶつもいれば、派手な警戒色だけを真似て有毒生物に擬態ぎたいしている無毒むどくの生物もいる。


 いわば美波ちゃんは後者の派手なだけの無毒な生物だ。


 金持ちになって女性にもモテモテだった出水氏に、いつまでも擬態が必要だったとは思えない。彼は、擬態するうちに、いつしか本物の有毒生物になってしまっていたのではないだろうか。


 でも、そう思うのと同じくらいの強さで、反対の事も考えていた。


 出水氏は、やはり有毒生物に擬態していただけの気の弱い人だったのかもしれない。


 だから、十年も吉川先生を吹っ切れず、かといって真剣に復縁ふくえんを求めることも出来ず、吉川先生を思い悩ませ、苦しめて、ついにはあんな悲しい殺人事件を起こさせるまで追い詰めてしまったのでは……


 今となっては、もう出水氏の本心は誰にも分からない。


   ◆◆◆


 K大学の菱山教授にも挨拶あいさつうかがわせてもらった。


 推理の指針ししんを示してくれたり、松林准教授に話を聞けるよう根回ねまわしをしてくれたり、大変お世話になったので、そのお礼もねて、事件がどう解決したのか報告すべきだと思ったからだ。


「やあ、今日は君ひとりかい。妹さん達は学校かな?」


 昼食の時間に、菱山教授と俺たちは薬用やくよう植物園のガラスドームを持つ鳥籠とりかごのような建物の前で待ち合わせた。


 手土産のダックワーズとフロランタンをお渡ししたら、最初の時と同じように菱山教授は、ふふっ、と穏やかに笑った。


「どうやら事件を解決したらしいね? まさか本物の名探偵だったとは驚いたよ」


「そんな……何を起点きてんに考えるべきか、謎の解き方を示してくれた菱山教授のお陰です」


「いやいや、僕はスタート地点を示しただけだよ。様々な情報を収集し、そこから正しいかいを導き出したのは、夏ノ瀬くん、君の功績だ」


 なんだかむずがゆいような気分になったが、少しだけほこらしいとも思ってしまった。


 だけど、菱山教授がいなければ事件の真相には辿り着けなかった。


 ちかしい間柄の人たちは、俺が時間差毒殺あるいは遠隔えんかく毒殺の謎を解いた推理を褒めてくれたが、俺は、菱山教授こそが事件を解決に導いた人だと思っている。


 ──


 その言葉が、感情でくもった目を何度も晴らしてくれた。


 言い忘れていたが、菱山教授は、あの不思議と穏やかな笑顔で、俺たちが多少は気になっていた人物のその後の処遇しょぐうがどうなったのかを教えてくれた。


 松林准教授はテトロドトキシンを盗まれた件で始末書しまつしょを書き、偉い人から叱責しっせきも受けたらしいが、重い処分は受けずに済んだらしい。ストレスを与えてくる人だが、顔を見知った人が生活のかてを奪われずに済んだ事は素直に良かったと思う。


   ◆◆◆


 さて、最後に俺が言いたいのは、虫歯は初期なら簡単に治療が出来るので放置ほうちせず、すぐに歯科医院を受診じゅしんして欲しい──という事だ。


 C1程度の軽い虫歯なら、痛みも無く、ほんの少し歯の表面のエナメル質を削って、レジン充填じゅうてんであっという間に、かつ見た目も綺麗に、たった一回で治療は完了する。


 だいぶ本筋ほんすじとズレている気もしなくはないが、虫歯が無くとも歯と歯茎はぐきの健康の為に定期的に歯石しせき除去じょきょするスケーリングをしてもらう事は重要だと学べたし……


「歯科検診は大事ですよ」と……俺からは、それくらいしか言えない。


 どういう〆方だよというみが聞こえるような気もするが、恋愛の機微きびというものは俺にはサッパリ分からないので、他に何も言える事が無いのだ。


 食事の後は、丁寧ていねいに歯をみがいてください。


   END


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♂歯科助手ですが探偵も始めました THEO(セオ) @anonym_s

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