名も顔も知らぬ仲間達

隠井 迅

第1話 カラオケボックスでのオフ会

 三月二十日――

 この日は、私、新井萌果(あらい・もえか)の大学の卒業式の日でした。

 私の大学では、卒業式は、まず学部ごとに催され、それから専修に分かれて、個別に学位授与式が行われることになっています。


 四年生になると、大学に行くのは卒論のゼミだけで、三年生の時まで仲良くしていた友達と学校で会う機会は本当に少なくなってしまいます。

 また、サークルも、三年・秋の文化祭で引退するので、サークル仲間に会う機会も稀になっていました。

 つまり、午前一の学部全体の卒業式から、午後の専修ごとの学位授与式までの間は、久しぶりに友達や仲間に会える、絶好の機会なのです。

 皆、お気に入りの和色の袴で着飾っていて、そんな友達と会うたびに、互いに写真を撮り合います。

 そして、その後は、だいたい「最近どう?」という話の流れになるのですが、この言葉こそを私は待っていました。

 実は、昨年、応募していた小説が最終選考まで残っていたのです。

 私の昔からの夢は小説家になることで、大学に入ってから、様々なコンテストに作品を出してきました。しかし、この四年間、なかなか結果を出すことができないでいました。でも、就職活動や卒業論文と並行して、少しずつ書き進めていた作品が、大学時代の最後の最後に、実を結びそうになっているのです。

 このことを、仲の良い友達に直接伝え、喜びを分かち合いたいと私は思っていました。

 しかし――

「四年で就活もあったのに、暇だったの?」

「未だ、小説なんて書いてたんだ」

「賞金いくら? 賞をとったら、おごってよ」

 皆、私が、以前から小説を書いていることは知っていて、小説をネットに投稿し始めた頃、まったく誰にも読まれず、そんなグチをコンパで語った時には、その場でサイトに登録して、作品にアクセスしてくれたり、ハートをくれたり、場合によっては星を付けたりと、私と私の作品を応援してくれていたはずなのです。

 だから、私は、自分の作品が最終選考まで残ったことを、大学の友達が、もっと喜んでくれるものと期待していたのです。しかし、久しぶりに会った学部の友達や、サークルの同期からの反応は、本当に薄いものだったのです。

 そうした期待外れのリアクションに、わたしは少し気落ちしてしまいました。

 そして、意気消沈した、そんな感情のまま、専修の学位授与式に参加することになったのです。


 私が所属していたのは、文学部・文芸専修でした。この大学を選んだのも、この学科があったからなのです。

 私は、この大学のこの学科で、小説を書きたいというギラギラした感情を胸に灯した仲間達と、互いに切磋琢磨して、自分を磨きたいと考えていたのですが、実際、専修に進んでみると、皆が皆、必ずしも小説を書きたいと考えているわけではないことを知りました。たしかに、書きたいという激しい思いや、書こうと考えている作品のプランを、飲み会で熱く語る人はいました。だけど、私は、その人たちの作品を一度も読んだことはありません。つまり、短編一本すら書かないまま、卒業を迎える、これが大半の人の実情でした。


 文芸専修の授与式では、一人一人に学位が手渡された後、何か一言いうことになっていて、ほとんどの人は、自分がどこに就職するかを語っていました。この時、私は、自分が、今現在、ある小説大賞で最終まで残っている事を、思い切って話しました。

 しかし、学位授与式の後、立食パーティーになって、同級生たちと会話する機会が幾度もあったのですが、一人として小説賞について触れてくれた人はいませんでした。

 いえ、会のお開きの際に、一人だけ声を掛けてきた男子学生がいたにはいたのです。

「おい、たいしたことがない賞の最終に残ったくらいで、いい気になんなよ。そもそも、ライト文芸なんて、文学じゃないんだよ。あんなの、やろうと思えば誰でも書けるんだからなっ!」

 こう捨て台詞のように言われて、私は頭が真っ白になって、何も考えられなくなってしまいました。

 どんな風に袴を脱がせてもらって、どうやって家まで戻ってきたのかも、はっきりとは思い出せません。

 そんな状況のまま、下宿に戻ってきた私は、卒業式に参列するために上京していた母と妹の顔を見た瞬間、堪えきれず号泣してしまいました。 

 この時、四歳年下の妹が私を慰めるように、こう言ってくれたのです。

「オネエ、本当に喜んであげられるのは肉親だけだよ」


 翌日の午後一時――

 私は、秋葉原駅近くのカラオケボックスの前に来ていました。

 このカラオケでは、歌わないプランというのがあって、パーティーや、ライヴ鑑賞会用に、部屋の貸し出しもしていて、端末を接続して、大画面で配信を皆で観ることもできるのだそうです。

 実は、この日、最終選考まで残っている私の作品の授賞式の模様が、ネットでライヴ配信されることになっているのですが、この式の模様を、秋葉原のカラオケルームを借りて、仲間内で視聴しようという話になっていました。

 その仲間とは、ネットでの小説活動を通じて、知り合った読者や、お互いにフォローし合って、作品を読み合っている作者仲間達のことです。

 大学でのリアルな友達は、最初のうちしか読んでくれなくて、作品をアップしても、「PV0」という日が続いたある日のことでした。

 それまで書き専だった私が、とある作品を読みにいった際に、ハートと星を付けた所、その後、私の作品を読みに来てくれた方がいて、コメントをくださった事があったのです。

 それ以来、私は、<カク>だけではなく、<ヨム>ようにもなりました。その後、ネットでの<カク>と<ヨム>の活動を続けてゆく中で、私にも、読者や作家仲間が増えていったのです。

 そして――

 授賞式の模様がネットで生中継されることになった時、作家仲間の一人が、秋葉原のカラオケボックスで配信を視聴する会を、私のために企画してくれたのです。

 実際に対面で会ったこともなく、しかも、本名すら知らず、作品とコメントの中でしか、交流していない人達と実際に会う、いわゆる、<オフ会>への参加に、私は少し不安も抱いていたのですが、誘いを受けた時には、自分を祝ってくれる純な気持ちが本当に嬉しくて、オフ会への参加を快諾しました。

 しかし今の気持ちは、というと――

 前日の卒業式の際に、大学の同期も、専修の同級生も、そしてサークルの仲間さえも、作品が最終選考にまで残っていることを、誰一人として喜んでくれなかったことを経験したばかりだったので、本名も顔も知らないネットだけの知り合いが、はたして本当に自分のことを祝ってくれているのか、私は疑心暗鬼になっていました。


 待ち合わせ時刻は、授賞式の配信開始の一時間前でした。直に会うのが初めてなので、式の前に、お互い挨拶を交し合って、空気を温めようという話になっていたのです。

 だけど――

 待ち合わせ時刻になっても、誰一人として、それらしき人は現れません。

 五分、十分、十五分、三十分、そして、とうとう五十分が経過しました。

 もしかして、授賞式を一緒に見ようなんて全部でまかせで、私、かつがれたのかもしれない。

 私のことを、本心から祝ってくれようって人、肉親以外にいるわけがないんだ。

 私、馬鹿よね、本当にお馬鹿さんだ。

 もう帰ろう。授賞式は、帰りの電車の中で独りぼっちでスマホで観よう……。

 悔しいというか、情けないというか、涙がこみ上がってきました。

 そんな私が、秋葉原の電気街の、そのカラオケボックスの前から立ち去ろうとした、まさにその時です。

 突然、スマホに電話が掛かってきました。

「よかったあぁぁぁ~~~。ようやくつながったよ」

 私は、念のため、今回の授賞式の視聴会を企画してくれたムーランさんに、携帯番号を伝えていたことを思い出しました。

「モッカさん、今どこにいるの?」

「連絡をいただいた、カラオケボックスの入り口の前です」

「ちょっと、今いる風景を写真で撮って、SNSのDMで送ってもらえる?」

 私は、いったん電話を切りました。スマホの画面を見ると、SNSの通知が何件も来ていました。

 そして、写真を送信した直後に、再び電話が掛かってきました。

「状況がわかった。アキバには、このカラオケの系列店が何軒かあるんだよ。モッカさん、たぶん、電気街の店舗の方にいっちゃったんだね。今から、全力ダッシュで迎えに行くから、電話は切らず、そして、その場から絶対に動かずに待っててね。すぐに馳せ参じるから」


 五分後――

 四十歳くらいの、中年の男性が、左手に持った携帯を耳に当て、空いた右手を大きく振っている姿が私の視界に入ってきました。

「モッカさんですか?」

「はい」

 そう私は応じました。

「リアルでは初めましてですね。ムーランです。まあ、挨拶はそこそこにして、急ぎましょう。走れば、授賞式の開始にギリギリ間に合いますから」

 こうして、私は、見知らぬ中年男性と一緒に、秋葉原の電気街を駆け抜けることになったのです。


 プレゼンターが、受賞者の名が書かれた紙を開き、名前と作品名を読み上げてゆきます。

 その際、それが私の名前ではないたびに、部屋の中にいた性別も年齢もバラバラな人達が、大声をあげて、まるで我が事のように悔しがります。

 そして遂に、銅賞の最後の一人として、私のペンネームと作品名が読み上げられました。

「「「「やったあああぁぁぁ~~~、モッカさん、きたあああぁぁぁ~~~」」」」 

 カラオケボックスでは、歓喜の叫びが反響していました。


 授賞式の配信が終了した後、企画者のムーランさんが挨拶することになりました。

「書き手仲間を代表として、私が挨拶させていただきます。モッカさん、銅賞受賞おめでとう。本当に嬉しいです。それでは今更ですが、時計回りに自己紹介をしていきましょうか」

 表彰式の配信が終わった後になってようやく、私は、私の受賞を本当に喜んでくれた真の仲間達のペンネームと顔を一致させることができたのでした。


<了> 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

名も顔も知らぬ仲間達 隠井 迅 @kraijean

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ