現代的男女交流小噺

人生

 古今東西、恋とはすなわち常在戦場




 時代ときは、REIWA――


 びゅうびゅうと強い風が吹きすさび、まるで嵐の先駆けのごとき暗雲たちこめる駅前である。


 一人の青年がスマホを片手に立っていた。


 長身痩躯、しかし眼光鋭くさながら狩りをする獣のような威圧感を持つその青年の横を、赤子を抱えた女人が通りかかる。赤子は泣き喚き、周囲行き交う人々は皆その顔をしかめている。女人はとうとう困り果てていた。


 しかし青年がちらりと赤子を見るやいなや、泣く子も慄くその視線を受けた赤子はたちまち絶句し涙を引っ込める。


 容姿端麗、眉目秀麗、面白変顔のこの青年、その名を岩柳嶋がんりゅうじま常光つねみつ――何を隠そう、この物語の主役である。


 常光がその端正な顔を面白可笑しく歪めているのはすなわち、押し黙ってしまった赤子に笑みを取り戻すためである。

 きゃっきゃと赤子、今や満面の笑み。その母親、何が起きたか分からないもののつられてほっと一息、破顔する。常光にかかれば赤子の手をひねるより容易く、周囲万人皆にっこり、穏やかに微笑むのであった。


 さて一難去ってまた一難、スマホを見れば約束の刻限はすでに過ぎ、にもかかわらず待ち人いまだ姿を見せず。さては何かあったかと案じれば、案の定その待ち人から連絡着たり。画面を見るや、その端正な顔をしかめる常光である。


『どこにいるの?』


 どこかと問われれば、待ち合わせの駅前東口である。

 さてはこやつ、西口に出たのではないか。すかさず察する常光、踵を返し駅へと向かう。


 此度、常光が相まみえるのは妹の恋敵カタキ千条院せんじょういん千草ちぐさなる女人である。

 愛する妹の恋路を阻むこの輩を粛清すべく、先日スマホでこれを呼び出したのである。そう、現代の果たし状はメールである。


 常光、正直な胸の裡を語れば、妹に恋愛事はまだ早いのではないかと思うのだが、しかしそこは兄として応援すべきではないかと考えを改めた。

 そうした経緯から常光は、まず妹の恋敵となる女人、千条院千草に対処しようと考えその者について調べていたのである。


 しかし、そこで思いもよらぬことが起こった。

 岩柳嶋常光とあろうものが――千条院千草に惚れてしまったのである。


 岩柳島常光、一生の不覚であった。

 まさか妹の恋敵に心奪われてしまうとは。


 ……しかし、しかしである。考えてもみよ。そうして自分が千条院千草との交流をもてば、間接的に妹の恋路に役立つのではないか。そう思い至り奮い立ち、常光は今日の約束を取り付けたのである。


 すなわち此度の逢瀬、岩柳嶋常光の人生における初のデートなのであった。


 さて、西口に向かった常光であるが、そこに待ち人の姿はない。

 まさかと思いスマホを覗き見れば、


『今、東口にいるんだけど、どこにいるの?』


 まさかまさかのすれ違いである。


『そこにいてくれ』


 すかさず踵を返す常光である。


 そうした紆余曲折を経て、とうとう巡り合う岩柳嶋常光と千条院千草の二人。


 軽く挨拶を交わした常光、後ろ手に隠し持っていたそれを突き出した。


 そう、花束である。

 この粋な演出に千条院千草は、


「けほけほ……、私、花粉症なんだけど……」


 効果覿面である。


 まさに片腹痛しこの事態。(意訳:とんでもない失敗をしてしまった。胃がよじれるように痛い。


『まったくもって面目ない』


 すかさずスマホに謝罪を打ち込む常光である。胸の裡を言葉にするのが苦手ゆえ、行動と態度で表そうとしたのであるが残念無念、予想だにしない展開に若干心が折れかける。


「でも……ありがとう」


 鼻をすすりながら花束を受け取る千条院千草である。その頬はほのかに赤く、花粉症がよほど重篤であることを窺わせた。みるみるうちに罪悪の感情が押し寄せる常光であるが、一方で千条院千草のその表情に心ときめくこの後ろめたさよ。


 見れば本日の千条院千草、普段見せる制服姿とは異なる可憐な装いである。これは何か感想を告げねば男が廃るというもの。しかし言葉に詰まり、スマホに頼る常光である。


『とても可愛いです』


「うえっ!? げほごほ……!」


 途端にせき込む千条院千草である。これはまず薬を買わねばと考える常光である。すかさず千条院千草の肩を抱き身体を支え、常光は薬局に向かうのであった。




 一方その様子を物陰で一人、窺う女人の姿があった。


 それすなわち、岩柳嶋常光が愛する妹、岩柳嶋遥光はるみである。


「あの女、いつの間にお兄ちゃんとあんな関係に……!」


 遥光が想いを寄せる相手とはすなわち、実の兄なのである。

 これは困ったと頭を悩ませる岩柳嶋遥光、しばらく考え取り出したるは己のスマホ。悪い顔で巡らせたるは、兄を呼び出す口実である。これでその逢瀬に横やり入れようという魂胆であった。


 早速電話をかける遥光であるが、


『――電波の届かないところにいるか、電源が――』




 ――ちゃんとこっち見て、話して。


 千条院千草は常光のスマホを奪い取るやいなや、その電源を落としてしまった。


「今日はスマホじゃなくて、私を見て」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現代的男女交流小噺 人生 @hitoiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ