スマホ忘れた
井ノ下功
頼り過ぎは禁物
「あー、しまった!」
英太がスマホを忘れてきたことに気付いたのは、学校に着いてからである。ちぇっ、とは思ったけれども思うだけ。よくよく思い返せば、昨日の夜に充電器を付けてそれっきりだ。なんとなく落ち着かないけれど、別に死ぬわけじゃあないのだから。そう考えれば大した問題ではない。
ところが、そういう日に限って予定は変わるものなのである。
確か委員会があったはず、と昼休みに空き教室へ向かったが、そこには誰もいない。五分待っても十分待っても誰も来ないものだから、痺れを切らした英太は生徒会室へ行ってみた。ワーカホリックというかなんというか、クラスでもやや浮いている生徒会役員たちはたいていいつでも生徒会室にたむろっているのだ。
「なぁなぁ、会長!」
「はーい、なに?」
「今日って保健委員の委員会じゃないっけ?」
会長、箸を握ったままきょとんと首を傾げ、
「変わった、って今朝メールあったけど」
英太は、マジかぁ! と頭を抱えた。道理で誰も来ないわけである。恨もうにも恨むべきはスマホを忘れてきた自分自身。やりきれない気分になりながらクラスへ駆け戻った。
昼休みは残り半分。慌てて弁当をかきこんでいると、バスケ部の部長がやってきた。
「おい英太! なんでミーティング来なかった?」
「へ?」
英太はぽろりとこぼした米粒を慌てて拾い上げながら、聞き返した。
「ミーティングなんてあったっけ?」
「緊急であったんだよ! メッセージ見ろよ馬鹿!」
またスマホだ。スマホのせいだ。英太は部長にさんざん怒られて、すっかり拗ねたところに昼休み終了のチャイムが鳴り、食べ損ねた弁当の半分をすごすごと片付けた。
放課後、学校を出ようとすると雨が降っていた。
「えー……降水確率三十パーセントだったじゃん……」
昨日見たスマホがそう言っていたのだ。またスマホ! スマホのせいで英太は雨に濡れて帰ることを余儀なくされてしまった。
「あーあ、最悪だ」
昇降口のふちで英太は溜め息をついた。それもこれもすべてスマホ。スマホさえなければ。委員会やミーティングの変更は口頭で伝えられただろうし、降水確率に踊らされることもなかったはずである。
「ちくしょう、もうスマホなんていらねぇや!」
英太は吠えると、ぱっと雨の中へ駆け出した。
雨はそれなりの勢いで降っていて、あっという間に全身がずぶ濡れになる。冷たいし重いし、足場も悪い。スニーカーが水溜まりを踏んで、染み入ってきた泥水が靴下を濡らした。そのじわりとくる不快感に顔を歪める。
(もーマジで無い! 最低だ!)
家まで走って十五分。短いようで、長い道のり。英太はメロスになった気分で走った。この濁流を踏み越えて、それで俺は至るのだ、あの――別に誰も待っていないけれど――愛しい我が家に!
そんな決意で走っていた英太を嘲笑うかのように、雨はだんだん小降りになっていって、やがてすっかりやんでしまった。家まであと三分、といったところだった。
英太はもう呆然としてしまって、ほとんど立ち止まった。あと十分ちょっと学校で待っていれば、濡れずに帰ることが出来たのだ。それだってスマホがあれば、雨雲レーダーとかで分かったのに。
もうなんだか溜め息すら出なかった。散々な、最悪の一日だ。待ちぼうけを食らうし、怒られるし、濡れるし!
「あー、もう本当に――」
最悪! と叫びながらパッと空を仰いで。
見よ、天に架かる七色の虹を。
それは神様がコンパスで描いたかのように、青空の端と端を綺麗に繋いでいた。七色は指折り数えられるほどハッキリと見えて、雨に濡れてキラキラと輝いている。
英太は大きく息を吸って、再び走り出した。疲れも憂鬱も完全に吹き飛んで、
「ヤッベェ、スマホスマホ! 写真撮らなきゃ!」
おしまい
スマホ忘れた 井ノ下功 @inosita-kou
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