その関係性もアンロック

成井露丸

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 誰のだろう? と思いながらロック画面になんとなく数字を入力してみたのは、出来心だった。放課後の教室。短時間の生徒会打ち合わせから戻ってくると、僕の机の上にスマホが置かれていた。誰の物かわからないスマホ。


 ピンク色に紫の模様があしらわれた和柄のケースはこだわりの意匠だった。京都旅行のお土産ででも買ったのか、それともネットの通販かな?

 手に取ってカバーを開いてみる。中にあったのは白色のスマホ。画面には保護シートが貼られていてそこそこ丁寧に使われている様子。

 ――でも人の机の上に置いていくなんて、不用心だなぁ。


 右手で掲げて、ケースの裏や表をひっくり返してしげしげと眺める。名前が書いてあったり、氏名がわかるような何かの会員証とか挟まっていたりしないかな、と思ったけれど、そういうのは付いていないみたいだ。


 ケースの角からは紐で小さな人形がぶら下がっていた。二頭身の女の子のキャラクターもの。『鬼滅の刃』に出てくる胡蝶しのぶのストラップだった。

 ――誰だよこんなストラップを携帯につけている女の子って?

 頭の中でクラスの女子一覧を思い浮かべるけれど、該当しそうな女の子はいなかった。

 空中で揺れる胡蝶しのぶを眺める。今にも刀を抜いて鬼を毒殺しそうに思えて、なんだか笑えた。胡蝶しのぶとケースの紫色が、妙にマッチしていた。


 だからちょっと興味が湧いたんだと思う。僕はケースを開くと親指で電源ボタンを押した。ロック画面が現れてパスコードの入力を求められる。よくある四桁の数字を入力するやつだ。

 誰のものかわからないスマホ。そのパスコードなんてわかるわけがない。だからこそ出来心で入力してみる気になったのだ。ちょっと試してみたってどうせ開かないから。

 二、三回入力してみて、結局ロックは解除されずに、諦める。――それが既定路線のシナリオだった。だから僕は当てずっぽうに四桁の数字を入力した。


 ――0624


 僕の誕生日。昔は僕のスマホはこの暗証番号だった。流石に破られやすすぎるから、やめたけど。

 親指でその四文字を入力する。――ロックは解除された。


「――えっ!?」


 思わず声を漏らす。アンロックできるなんて思っていなかった。解除できてしまったことに驚いた。でもそれだけじゃない。

 なんで僕の誕生日がパスコードなんだ? もしかして、このスマホの持ち主の女の子は、僕のことが好きだとか? ……そんなわけないか。ちょっと気持ち悪いレベルで妄想が捗っている自分が怖い。


 画面にはカメラアプリやゲーム、LINEなどのアイコンが並んでいる。

 その背景にあったのは、見覚えのあるイラストだった。


「――あ、machiのイラストだ」


 それは僕が二年前くらいからTwitterとPixivで追いかけていた絵師さんのイラストだった。ちょっと可愛い系のイラストだからあまり友人との話題には出していないし、僕がmachi推しだって知っているのは仲の良い男友達一人か二人だけど。

 でもこれをスマホの背景壁紙にしているクラスメイトがいたのだ。――誰だろう?


 僕がそうやって右手の中のスマホみ視線を落としていると、背中から声がした。


「あっ! あーしのスマホ! わー、何してるのぉっ!」


 振り返ると茶色い髪の女の子が急接近してきていた。

 何かを言い返す暇もなく、僕の右手からはスマホが取り上げられた。


「――あ、市ヶ谷さん」

「危ない危ないっ! 教室にスマホ忘れるなんてピンチだったわ〜。って、あれ? ロックが解除されてる? なんで? え、マジで?」


 あたふたと気忙しく僕とスマホを交互に見る女の子は市ヶ谷結衣。クラスで目立ったグループにいる女の子だ。僕との間に日頃の接点は全くない。正直、クラスが一緒になってから話したこともないんじゃないかな?


「――間宮くん。ロック解除したの?」

「え? あ、うん。ごめん、誰のかなって思って。ちょっと出来心で試しに四桁の数字を入力してみたら一発でアンロックされたんだ。――ごめん」

「え? 一発で? マジで?」

「――うん」


 パスコードは0624。僕の誕生日だった。もしかして持ち主は僕に関係のある人かもと思ったし、もしかしたら僕のことを思ってくれている人かな、なんて少女漫画みたいな妄想を広げたけれど、そういうことは無かったみたいだ。

 ――市ヶ谷さんに限ってそんなことは無いと思うから。


「なに? 間宮くんってエスパー? ハッカー? それともあーしのストーカー?」


 胡乱な目で僕を見る市ヶ谷さん。なんだか犯人扱いだ。

 まぁ不用意に人のスマホのロックを解除したのは僕なんだけどさ。


「違うよ。本当に偶然なんだ。適当に数字を入れたら当たったんだ」

「本当に? だって四桁の数字なんて万分の一の確率だよ? 一発で合うとかマジですごいんだけど? 数字……覚えている?」

「うん。――0624」


 僕がそう言うと市ヶ谷さんは驚いたように目を見開いた。


「――なんでその数字を入れたの?」

「6月24日は僕の誕生日だから。……だからむしろどうして市ヶ谷さんのスマホのパスコードが0624なのか、僕の方が不思議で」


 少し化粧をした顔でスカートを短くした少女は自分自身を指差した。


「あーしの誕生日も6月24日」

「え? そーなの? 市ヶ谷さん、そうなの?」


 無言で彼女はコクリと頷いた。思わぬ誕生日の一致。

 万分の一じゃないけれど、三六五分の一の確率だ。クラスメイトの女の子と同じ誕生日。そんな偶然もあるんだな。同じクラスになって三ヶ月以上何の接点もなかった女の子だけど。


「めっちゃ偶然じゃん。全然知らなかったぁ。言ってくれれば良かったのに、間宮くんってば」

「いや、言わないよ。言う機会なんてないっしょ。僕ら全然接点なかったし」

「あ、そうだねー。うん、そうだ。……でもそういうことなら仕方ないよね。これは事故だってことで、あーしのスマホの中を勝手に覗いたこと、許してあげる」


 そう言って彼女はニシシと笑った。ちょっと派手で、正直、タイプの女の子って訳じゃなかったけれど、その笑顔は悪戯っぽくてなんだか可愛いかった。


「ねぇ。間宮くん。中、見てない? 見てないよね?」

「見てないよ。本当にアンロックした途端に市ヶ谷さんが入ってきたんだから」

「――そっか、よかった」


 ほっとしたような表情。見られたくないものでもあったのだろうか。

 まぁ、そりゃあるよね。スマホなんてプライベートと秘密の巣窟だ。

 でも何も見なかったわけじゃない。見てしまったものもある。


「壁紙は見ちゃったけど。――市ヶ谷さん、壁紙、machiさんなんだね」

「えっ? 間宮くんmachi先生のこと知ってんの? あーしの友達みんな全然知らないんだけど?」

「知ってるよ。正直、二年間くらいずっと推しだし。PixivのFANBOXも課金してるレベル」

「え? マジで? 私も課金してるんだけど? 月百円」

「僕、月三百円」

「くーっ! 負けたぁ! 間宮くん、やるじゃん。見る目あるし、男気もあるじゃん! FANBOXに三百円課金なんてなかなか出来ないよ!?」


 市ヶ谷さんにそう言われてちょっと気分が良かった。――でも、何? この戦い。


「――それでストラップは胡蝶しのぶなんだ?」

「そ。鬼滅はみんな見てるけどねー。やっぱり良いよね〜。あーしはしのぶ推しだよ。女の子から見てもカッコいいもん」

「――毒殺♪毒殺♪ってね」

「あ、その曲、YouTube であるやつ。えっとロキの替え歌でしょ? 毒殺♪毒殺♪って。聴いてる聴いてる〜。間宮くん、よく知ってるね」

「まー、僕も鬼滅は好きだし。しのぶが最推しではないけど」

「誰推し?」

「うーん。まぁ、普通に、禰豆子?」

「それ普通なんだ? ウケる」

「まぁ正ヒロインじゃん? 一応。……でも部屋に貼ってるタペストリーは胡蝶しのぶなんだけど」


 何故かわざと地雷を踏みにいく。アニメの女の子キャラのタペストリーを部屋に貼っている男子なんてキモいよね?

 でもそれで良いのだ。市ヶ谷さんみたいなリア充女子と、僕がこうやってシンクロするみたいに話すのは、やっぱり不自然なのだ。

 だからここら辺でくさびを打っておくのがこの先のためにも良いのだ。

 僕らは同じクラスに居ても、違うグループ、違う世界の人間なんだから。


「えー! しのぶ様のタペストリー、羨ましい! 今度見せてよっ!」


 ――通った!? そしてまさかの食いつき。

 僕はなんだか力が抜けて、一つ溜め息を漏らした。


「良いよ、もちろん。写真撮ってこようか?」

「うーん。直接覗いてみたいけれど、いきなり男子の部屋に行くのは流石にハードルがなぁ〜」


 なかなか明け透けな人である。市ヶ谷さん。


「でも、なんだか間宮くん、趣味合いそうだし、部屋にどんな本とかグッズとかがあるのかも気になるかも?」

「――まぁ、でも、話したこともほとんどなかったのにいきなり部屋っていうのも無茶苦茶な展開だし」

「だねー。じゃあ、まぁ、とりあえずこれを機に友達くらいになっとく?」

「まぁ、そうだね。そういや市ヶ谷さんのことLINEすら知らないし」

「あ、そっか。じゃあ、とりあえず今日はLINEの交換くらいで」

「ほいほい」


 僕はポケットから自分のスマホを取り出して、市ヶ谷結衣と連絡先を交換した。


「――じゃあ、今日はこんなところで。あーし、ちょっと用事あるから。じゃあね! 間宮くん、続きはLINEで!」

「おう、じゃあな」


 ピンク色のケースに包まれたスマホを掲げると市ヶ谷結衣は教室の扉を開けて、廊下へと消えていった。

 なんだか台風一過といった感じだ。でも僕には突然面白い友人ができたみたいだ。


 これまで鍵がかかっていたみたいに、見えていなかった彼女の内面。

 それを知って、知り合った僕らには、新しい繋がりが生まれ始めていた。


 スマホの画面をアンロックしたと思ったら、僕は彼女との関係性までアンロックしたみたいだ。


(了)

 

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