スマホかくれんぼ
黄黒真直
スマホかくれんぼ
校舎の外階段を、
四階に着くと、文太は手すりから校庭を見下ろした。
いる。
校庭で遊ぶ生徒の他に、遊具の陰に隠れるように立つクラスメイトが三人いる。
ゲームの参加者は、文太を含めて六人。そのうち半数が丸見えだった。
文太は、スマホのカメラで彼らを撮った。そして、LINEグループへ写真を送る。
『レン、イツキ、ハルト、発見!』
送った写真に、既読マークが増えていくのを見守る。一度に三人も見つかって、きっとみんな驚いているだろう。
優越感に浸っていると、三連続で写真が送られてきた。
送り主は、レン、イツキ、ハルトの三人。
『ブンタ発見』
『ブンタ発見』
『ブンタ発見』
すべて、外階段でニヤついている文太の写真だった。
「はうぁっ!?」
文太はこの作戦の欠点に気が付いた。自分の居場所がモロバレなのである。
そしてこのゲームが、奥の深い戦略ゲームであることを理解した。
数日前にこの小学校へ転校してきた文太と、既に何度も遊んでいる彼らでは、明らかに実力差がある。
ここから、どう巻き返せばいいか……。
***
そりゃそうなるよ、と
このゲームは、焦ったら負ける。喜んでも負ける。最後の最後まで、気を抜かなかった者が勝つゲームなのだ。
海斗たちが少し前に考案したこのゲームは、名付けて「スマホかくれんぼ」。
ルールは簡単だ。
1.かくれんぼの要領で、プレイヤー全員が隠れつつ、他のプレイヤーを探す。
2.発見した相手をスマホで撮り、LINEに送信する。
3.自分以外の全プレイヤーの写真を最初に送信した人が勝者となる。
撮った写真は、すぐに送信しなくてもよい。すぐに送信すると、今の文太のように、自分の居場所がバレてしまうからだ。海斗も既に二人撮っているが、まだ送信していない。
ただしそれには、欠点もある。
今日は六人でやっているから、五人分の写真を送らなくてはいけない。それを一気にやるには時間がかかる。その間に別の誰かが五枚目の写真を送信してしまったら、負けになるのだ。
相手に見つからずにどうやって撮るか、どのタイミングで写真を送るか。それらを常に考え、相手を出し抜くゲームなのである。
海斗はまだ、文太に撮られていない。
それもそのはず、海斗がいるのは外階段の真下、赤く染まったモミジの木々の下だった。文太からは見えない位置だ。
この辺りは校庭からは全く見えないし、校舎裏の駐車場や、少し離れた場所のプールからも、木々が邪魔してよく見えない。
逆にこっちからは、木の陰に隠れつつ撮影できる。さっき、文太に写真を撮られた
ブーッブーッ、とスマホが振動して、LINEの着信を知らせる。
『レン発見』
プール方向へ走っていく蓮の姿が写っている。
やっぱりな、と海斗は確信した。やっぱり、葵はこのモミジ林にいる。
葵からの写真は、これで二枚目だ。
一枚目は、文太の写真だった。
それも、外階段の写真ではない。外階段へ向かう前の、モミジ林での写真だった。
二枚の写真を見比べて、海斗はすぐに気が付いた。
後ろに写っている木々が、全く同じだ。
つまり葵は、全く同じ場所から撮影しているのだ。
同じ場所から撮った写真を送るなんて、普通に考えればバカな行為だ。さっきの文太みたいに、一発で場所がバレる。
だけど、敢えてそれをやる戦術もある。
そう、相手をおびき寄せるトラップ戦術だ。
写真が送られると、撮影者と被写体の、二人の居場所がわかる。
だから、そこに人が集まってくるのだ。撮影のために。
そこを一網打尽に「撮り返す」のが、葵の作戦だろう。
葵がモミジ林を選んだのも賢い。
この学校に六年も通っているのだから、写真を見れば場所は一発で分かる。でも、さすがに林の木々一本一本までは覚えていない。
人と木しか写っていないこの写真では、場所の特定は……。
「できるんだな、これが」
海斗はにやにやと笑う。
木の形を覚えているのではない。
他に何も写らない場所が限られているのだ。
この場所で写真を撮れば、プールか、駐車場か、校舎の、どれかは写る。そのどれも写さない場所は、ほとんどない。
海斗はそれらの場所を、ひとつずつ慎重に確かめていた。
蓮のことは目で追っていた。写真は蓮を左側から撮っていたから、彼が通った場所の左手に葵はいる。
条件を満たす場所は……。
「あそこだ」
モミジを囲うように植え込みのある場所。あそこでしゃがんでいれば、周囲からは見えない。
なるべく音を立てないように、ゆっくり近付く。
そして。
「見つけたぁ!」
植え込みに手だけ突っ込んで、写真を撮る。だがスマホの画面に、葵は写っていない。
「あれっ!?」
植え込みに入るが、どこにも葵の姿はない。
推理が外れた? それとも、もう移動した?
だがそのとき。
パシャッ
とカメラの音がした。
「ん?」
音のした方を見る。と、そこにあったのは。
「……ああっ! デジカメ!!」
そこには、小さいデジカメがあった。ストラップで木の枝からぶら下がっている。
デジカメには、スマホで操作できるものもある。家がリッチな葵は、それを持っていた。
葵本人はどこか別の場所にいて、ここで写真だけ撮っていたのだ。撮った写真はスマホに転送され、それをLINEに送っていた。
「くそっ、やられた!」
海斗はデジカメの電源を切ると、植え込みから走り出た。
そんなに遠くからは操作できないはずだ。近くにいるのは間違いない。
ここの他に、隠れられそうな場所は……。
***
まったく海斗のやつ、面倒なことをしやがって。
葵は唇を尖らせながら、モミジの木を降り始めた。
葵が隠れていたのは、デジカメの真上である。紅葉が茂るこの木の上は、下からも上からも見えにくい。隠れて監視するには絶好の場所だ。
しかしこの作戦、うまいと思ったが、こうして電源を切られると困るのだなと気が付いた。あんまりよくないかもしれない。
それに、電源なら入れ直せばいいが、持ち去られるともっと困る。この作戦を中止せざるを得なくなってしまう。
「……ん?」
ふと疑問がわく。
なぜ海斗は、電源を切ったのだろう。持ち去った方が作戦を再実行されずに済むはずだ。
これでは、葵はまた同じことをするだけ。葵の有利は変わらないではないか。
「……ああっ、まさか!!」
声を上げた瞬間、
パシャリ
というシャッター音が聞こえた。
植え込みの外に、にやにやと笑う海斗がいた。
「まさかそんなところに隠れてたなんてなぁ。全然気付かなかったぜ」
「は、ハメたな、海斗……!」
「先に罠を仕掛けたのはそっちだ。俺は罠を『仕掛け返した』だけだ」
まんまとやられた。電源を切れば、葵は電源を入れ直しに来る。そこを隠れて撮影する作戦だったのだ!
「これでお互い、三対三か?」
「海斗も三人なのか?」
「ああ。文太、蓮、葵を撮った」
「ふむ」
葵が撮ったのはもちろん、文太、蓮、海斗の三人。あと撮っていないのは、
「俺も葵も、同じ二人を撮っていないんだ。だからここは、協力しないか?」
「協力?」
ああ、と海斗がうなずく。
葵と海斗は、もう敵同士ではない。お互いに撮られ合っていて、相手から姿を隠す必要がないからだ。
「ほら、もう文太が、全員から撮られてるだろ? これ、かなりヤバい状況だと思うんだ」
このゲームは、撮られても負けにならない。あくまで、最初に全員の写真を送信した者が勝者となる。だから、全員から撮られていても、先に全員の写真を送ってしまえば勝ちなのだ。
したがって、相手に見つかることをいとわずに、ひたすら走りまわって全員分の写真を撮る作戦も成立する。既に全員から撮られている文太は、それを実行するのが最善策なのだ。
問題は、文太がそれに気付くかどうかだ。
文太はこれが初試合だ。まだ慣れていないから、全員に撮られた人が「無敵状態」であることに気付くとは限らない。
だが文太は、高いところから全員を一度に撮影すれば勝てる気が付いた。ひとりずつ撮る必要はないことに気付いたのだ。ルーキーだと思って舐めてかかると、危ないかもしれない。
「うん、たしかに文太なら、この状況を有利に利用できると思う」
「な? だからここは、俺達で協力するべきなんだ」
「だけど協力って、何をするんだ?」
誰かと協力する作戦なんて葵には思いつかなかったし、今まで誰もやっていない。
「聞いて驚け。俺はな、協力すれば百パー勝てる、最強の作戦を思いついたんだ」
「百パー?」
「ああ。このゲームには、必勝法があるんだよ。それはな――」
パシャリ
言いかけたとき、シャッター音がした。
文太が、スマホを構えていた。
「やあ」
「「文太!? なぜここに!?」」
「なぜって……ずっと、外階段から下を見てたんだ。蓮、樹、悠人の三人は見つかったけど、君たち二人は見つからなかった。でもそれってさ、逆に言うと、上から見えない場所にいるってことでしょ?」
それはそうだ。二人はそういう場所を選んで移動していた。
「だから、外階段からずっと、そういう場所はどこかなって探してたんだ。そしたら、ここを見つけた」
「……」
「……」
葵と海斗は、絶句していた。
文太が、スマホを操作する。
ブーッブーッと、葵と海斗のスマホが振動した。
スマホかくれんぼ 黄黒真直 @kiguro
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