前を行くもの
悠井すみれ
第1話
ごめん、気付かなかった。スマホ見てたからさあ。別に、何って訳でもないんだけど、歩いてる間何もしないってなんか損な気がしない? それくらい我慢しろって? まあ歩きスマホは危ないよね。手持ち無沙汰っていっても色々考えとけって話ではあるよね。課題とか。
でも、スマホだからって訳じゃなくて、ずっと昔からこうなんだよね、俺。昔から本好きでさ、小学校って登校班ってあったでしょ? 近所の子供がグループになって学校まで行くやつ。あれでもずっと本読んでたの。低学年のころだとさ、前後はお兄さんお姉さんに挟んでもらえるでしょ。前の人のランドセルを追っていけばまあ安全だからさ、親はもちろん叱るんだけど、ずっと見てる訳じゃないし。本を手に持って出発して、角を曲がったら開いて、って感じだったな。
うん、やべえ奴だったと思うよ。暗かったしさあ。でも、途中からは本読みたいから読んでる訳じゃなかったんだ。学年が進むとさ、登校班のメンバーって変わるでしょ。卒業する子がいて、新入生もいて。班長は先頭で、二番目に年長の子が副班長で最後尾へ、って順番も変わる。俺も、五年生くらいには班長になっちゃったんだ。
っていっても慣れてる通学路だし、班員も俺がそういう奴だって分かってたから、黙々と本読みながら歩くのは変わらなかった。朝の通学路で無茶な運転する車もそういないし、副班長の女の子はしっかりしてる子だったから、任せてた感じ? ダメな先輩だよなって、今なら思うけどさあ。
で、班長になったある日、気付いたんだ。俺のすぐ前を、誰かが歩いてる、って。
他の班と合流したんじゃなかった。少なくとも、ランドセルは背負ってなかったから。でも、小学生の行列のすぐ前を歩こうとする奴って変だよな? 何だよこいつ、って顔を上げようとして──止めたよ。なんかすげえ嫌な予感がしたから。前を歩いてるんだから、そいつは俺には背中を向けてるはずなのにな。なんか、見られてる、って気がした。気付いていることを気付かれたら拙い気がしたんだ。
そこからは、そりゃドキドキだよ。いつも通り本読んでる振りしたけど、中身なんて全然頭に入ってこなくてさあ。で、思い出したんだ。俺はずっと、班員に挟まれて登校しているつもりだったけど、どんな服着てるか、ちゃんとランドセル背負ってるかは見てなかった──というか、俺の前にいたのはいつも、近所の子じゃなかったんじゃないか、って。思い出そうとしても、そりゃ、本に集中してるから上の空だったんだけどさ、よく考えると俺の前の子って学年によって変わってたはずじゃん。でも、入学してからその、気付いた時点まで、俺の視界の端に見えてた背中──っぽいもの──は同じ奴だったんじゃないか、って。奴、っていえるのか分かんないんだけど、とにかく同じ存在? だったような気がしてしかたなかったんだよなあ。
あとは、お決まりの感じだよ。班の子に聞いても、学校に近付いたとこで合流した同級生に聞いても、俺の前には誰もいなかったって言われたんだ。でも、一度気付いたら終わりだったね。次の日もその次の日も、俺の目と鼻の先を知らない、なんだか分からない何かが歩いてるんだ。そうなると、本がますます手放せなくなった。別に下を向いてれば良いじゃん、って思うだろ? それはそれでやべえ奴だけど、猫背上等で歩いてれば、って。でも、そういう訳にはいかないんだよ。本を持ってないと、
うん……見たことはないよ。怖いじゃん。だってそいつ、誘ってる感じがするんだもん。気になるだろ、顔を上げて見ろよって、視界を塞ぐみたいな感じでさあ。
だから、俺はずっと視界を自分で塞いでるんだ。最初は本で、参考本だったり教科書だったりもして。携帯持たせてもらえたら携帯で──で、今はスマホになって。だってそいつ、ずっといるんだもん。中学になって通学路が変わっても、高校になって電車使うようになっても。うん、今もだよ。声掛けてくれてありがとな。人がいると、そいつも近づいて来れないみたいだから。揶揄ってる──つもりはないけど、見えないならそれで良いんじゃね? ……そっか、やっぱ見えないんだなあ。
スマホができて本当に良かったよね。本だとさ、雨の日とか広げられないじゃん。スマホの方が小さいし操作しやすいし、漫画もSNSも色々見れて良いよね。
そのうち車に跳ねられたりするかもなあ、とは思うよ。駅のホームで落ちたりとかさ。それで運転手に迷惑かけたり電車止めたりしたら悪いよね。分かってる。
でも、怖いから仕方ないんだよなあ。顔上げて歩いたりしたら、捕まっちゃいそうで。うん。気を付けるけど。誰もいないところで階段から落ちたりとか、そういう終わり方にならないかなあ、って思ってる。
じゃ、俺、次の授業こっちだから。お前はちゃんと前向いて歩けよ?
前を行くもの 悠井すみれ @Veilchen
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