落とし物

更楽茄子

ショッピングセンター横の交番にて



「あのー、すいませんー」


一つの小さな人影がカララと引き戸を開いて、ハスキーな少年の声が室内に響く。


正面に並んだカウンターで書類整理をしていた警察官が、その声に反応して顔を上げた。


「………あっ、はい。あの、本日はどんな御用でしょうか?」


「あの、今日の昼頃、隣のショッピングセンターでスマホを落としたんですが、落とし物で届いてませんか?」


警察官は少し不審そうな顔をしたものの、目の前に並んであったファイルの一つを取ると、ペラペラとめくり始めた。


「ちょっとまってくださいね…スマホ、スマホと。あ、一件届いてますね」


「あ、それかもしれません。あぁ、よかった」


少年は自分の胸に手を当てて、胸をなでおろした。



「失礼ですが、落としたスマホの色を教えてもらってもよろしいですか?」


どこか不審げな顔をしたままの警察官が、目の前の少年に尋ねた。


「え…?、色ですか?。赤です」


「赤…ですか?。届いているのは青色なので、そちらのお探しの物とは違いますね。お引取り下さい」


あっさりと切り捨てるように言われる言葉に、少年が慌てたようにカウンターに駆け寄る。


「ま、まってください!。その、赤っていうのはスマホカバーの色で、本体は青です。きっとそれですから!」


「………そう、ですか。では一応取ってきますので、少々お待ち下さい」


そう言うと警察官は席を立ち、奥の棚から赤いカバーに覆われたスマホをカウンターへと持ってくる。


「あ、これです、これです。ありがとうございます」


そう言って手を伸ばそうとした少年の手から逃すように、厳しい顔の警察官がスマホを手元に引き寄せた。


「すいません、まだ本人確認が出来てませんので、お渡しすることは出来ません」


「え?。本人確認…ですか?」


そう言われ、少年は頭をひねる。


「じゃ、じゃあ。顔認証でロックが外れたらボクのものって事でいいですよね?」


「…え?。まぁ、それは一応…う~ん、そう、ですね…」


どこか歯切れの悪い警察官だったが、渋々スマホをカウンターに置くと、そこには待機中で真っ黒の画面があった。


「…では、お願いします」


そう言って警察官が横にある電源ボタンを押すと、画面に顔認証の画面が現れる。


そして正面にいた少年の顔が直ぐに認証された様で、ロックは解除されてホーム画面が表示された。


「ほら、顔認証できたでしょ?。ではこれはボクの物ってことで…」


そう言いながら手を伸ばす少年だったが、警察官がまたスマホを手元に引き寄せると、横のボタンを操作して黒い待機画面に戻す。



「ちょっと、何するんですか!」


「…いえ、その。言い難いのですが顔認証だけではちょっと。他に本人だと証明できるものはありますか?」


警察官の問いに少年は呆気にとられる。


まさか顔認証通ったのに本人だと認められないとは思っても見なかったからだった。


でも確かに、顔だけなら双子とかそういう可能性もあるのかもしれない、となんとか好意的に解釈して、他の手を考える。


「だったら、指紋認証はどうですか?。これなら真似できませんし」


「指紋…ですか?」


かなり怪訝な顔で見る警察官だったが、再び渋々スマホをカウンターに置く。


「じゃあ、いきますね」


少年はそう言うとスマホを手に取り、横のボタンを押すと、またロックが解除されホーム画面が表示される。


「ほら!。指紋認証も通ってますし、間違いなくボクのですよね!?」


そう言いながらホーム画面を警察官に見せつけるように向けると、その手から警察官がそのスマホを奪った。


「ちょっと!?。ほんとに何するんですかっ!」


「…いえ、これだけではちょっと」


そう言いながらまだ怪訝な顔をしている警察官に、いい加減少年の我慢が限界を迎えた。


「顔認証に指紋認証まで通って、何が不満だと言うんですか!。どう考えてもそれはボクのスマホじゃないですかっ!」


そう言いながら勢いよく両手の平でカウンターをバンと叩く。



カウンターを叩いた音の残響だけがしばらく響き、交番内は静寂に包まれた。


そしてしばらく続いた静寂を裂くように、警察官が口を開く。


「………だって、あなたは木じゃないですか」


そう言われて、少年が明らかに怒った様な動きをした。


「木だから何だって言うんですか!。ちゃんと喋れるし、考えれるし、誰にも迷惑はかけてませんよ!」


そう言いながら右手で拳を作り胸を叩くと、コンという乾いた音が響いた。


「ですから、その木の顔で認証されましても…。それに、指紋…いえ、木目ですか?。それで解除されたと言われてもちょっと…」


警察官が本当に困った様にそう声を漏らす。


「じゃあどうしろっていうんですか!。他に証明する方法なんて─────」


そう言いかけて少年はハッとしたのか、左手の平を右手の拳で叩き、コンという音が響いた。


「お巡りさん、聞いて下さい。ボクはウソをつくと鼻が伸びるんです。これなら嘘発見器代わりになりますから」


「…え?。ちょっと何を言ってるのか、分からないんですけど?」


困惑している警察官には構わず、少年はかってに話を進めてゆく。


「じゃあボクに何か質問をして下さい。それでホントはどうかわかるでしょう?」


そう言いながら少年は、さぁさぁと手で警察官に合図を送る。


「じゃ、じゃあ。『このスマホはあなたのものですか?』で」


「はい、そのスマホはボクのです」


そう答えた少年の顔には何の変化もなく、二人の間に変な空気が流れる。


「ね?。じゃあ、このスマホはボクのものって事で…」


そう言いながら伸ばした少年の手を、警察官がペチンをはたいた。


「何が『ね?』ですか!。そんなので納得できるわけがないでしょう!?」


「むぅ…じゃあ、明らかにウソだって思う質問をしてくださいよ」


不満そうに言う少年に、警察官は少し考えると言った。


「では。『目の前の警察官はブサイクだ』で」


「はい、ブサイクです」


そうはっきりと答えた少年だったが、その顔に変化は全く見られない。


「き、貴様!。本官に対して『はい、ブサイクです』とか、バカにしてるのかっ!?」


勢いで腰の銃すら抜きそうな勢いに、少年が両手の平を前に出して「誤解です」と繰り返す。


「いえ、バカにしてませんって!。それにほら、鼻も伸びてませんし?。ね?」


「鼻が伸びてないって…それってお前、本官がブサイクっていうのはウソじゃないってことじゃないのか。おいぃっ!?」


警察官が顔を真っ赤にして怒りを顕にしてそういうと、少年が「あっ…」と声を漏らした。


「じゃ、じゃあ別の質問!。別の質問をお願いします!」


「別の質問だぁ?。そ、そうだな…じゃあ、お前はキノコ派だ」


警察官の質問に少年が元気よく「はい、キノコ派です」と答えると、少年の鼻が勢いよく伸び、目の前の警察官の額にゴンと当たった。


突然の打撃に警察官は椅子に座ったまま、バタンと真後ろに転倒した。



「だ、だいじょうぶですかっ!? 」


少年がカウンターから伸びだすように倒れた警察官を見ると、倒れていた警察官は次の瞬間勢いよく立ち上がった。


「本官に何をするか!。公務執行妨害と傷害罪で逮捕するぞっ!?」


「す、すみません。勢いよく答えすぎて思った以上にのびる早さがですねっ!」


シュルシュルと縮んでいく鼻を上に向けながら、少年が言い訳をする。


「大体お前!。『はい、キノコ派です』で伸びたって事は、嘘だったって事かっ!?。貴様、タケノコ派か!。『木の子』みたいな顔しやがるくせに!」


「顔は関係ないでしょう!?。あと、なにちょっと上手い事言ってるんですかっ!」


そんな風に2人がギャーギャーとレベルの低い言い争いをしていると、カウンターに置かれたスマホから軽快な音が流れ出した。


警察官がふとそちらを見ると、そこには『発信者:おじいさん』の文字が表示されていた。


「はいもしもし、こちらセンター横交番です」


おもむろにスマホを取ると、警察官はかってに通話を開始すると、画面のスピーカーボタンを押して、カウンターに置いた。


『あれ?。なんで交番なんかにかかったんじゃ?』


「落とし物としてこちらに届いていたのです。ところであなたは、この持ち主の保護者?、ですか?」


少年にも聞こえるようにスマホの向こう側の老人と警察官が話す。


『あー、はい。そういう事なんですね…』


「おじいさん!。このお巡りさんがボクを落とし主だと認めてくれないんです。来て説明をして下さい!」


割り込む様に少年が口を挟む。


『おぉ、お前。そこにいるのかい?。全く仕方ないね、じゃあすぐ向かうから待っておきなさい』


「はーい。急いで来てくださいね、おじいさん」


少年が元気良く答えると通話は向こうから切られ、またホーム画面へと戻っていた。


「で、では。あちらで保護者の方が来るまで少々お待ち下さい」


警察官がそう言いながら、目の前の少年に入口横に置いてある椅子を示す。


「それと、保護者の方が来て確認が取れたらスマホはお渡ししますので、この書類に必要事項の書き込みをお願いします」


警察官はそう言うと、バインダーに挟まれた紙を一枚と、ボールペンを差し出した。


少年は「分かりました」と受け取ると、椅子に座りそれに記入を始めた。




「あのー、すいません」


しばらく経って、一つの大きな人影がカララと引き戸を開いて、枯れた老人の声が室内に響く。


「おじいさん!」


扉から入ってきた人影を確認した少年が、記入途中のバインダーをカウンターに置いて、その人影の腰辺りに飛びつくと、交番内にコーンという小気味良い音が響いた。


やって来た人影は、少年をそのまま二回りほど大きくしたような姿をしていたのだった。


「って、その子を作ったおじいさんとかじゃないのかよっ!」


警察官は入り口に立つ2人に、つい勢いよく突っ込みながら、「きっとこいつでもさっきの顔認証開けるわ」とぼんやり考えていた。



カウンターに置かれたバインダーの氏名欄には、お世辞にも上手とは言えない『日野ひの 木男きお』の文字が並んでいるのだった。


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