【激録!】スマホ職人24時

真野てん

第1話

 スマホ職人の朝は早い。

 冬季ともなれば、まだ夜も明けきらぬうちに仕込みの準備がはじまる。

 吸い込んだ空気によって肺すら凍てつきそうな気温。

 こんな日は、いいスマホが出来ると氏は笑った。


 きょう紹介するのは二代目・捨井部如伏すていぶ じょぶす氏。

 若かりし頃はシリコンバレーの第一線で活躍したシステムエンジニアである。


 そんな彼が故郷である岐阜県に戻ってきたのは三年前。

 飛騨山中に工房を構え、父である先代の跡を継いでスマホ職人となった。



 ――どうしてITの最前線を離れて、スマホ職人になったのですか?



 スタッフのぶしつけなインタビューにも、若きスマホ職人は屈託のない笑顔で答えてくれた。

 その間にも彼の手は、ニッケル水素をかき混ぜることをやめなかった。

 工房に三基ある窯からは、澄み切った天に向かって白い湯気が立ち込めている。


「大企業はもういいかなって――そう思っちゃったんですよね。あ、これってなんか感じ悪いですか? すいません、いまのカットで」


 あはは。

 両手で作ったハサミでチョキチョキ。

 愛くるしい仕草に撮影スタッフも思わず笑ってしまった。


「大きい会社にいると、自分が本当に作りたいものって出来ないんですよね。どうしても利益であるとか、コストであるとか。そういうことが最優先になってしまって、妥協することが当たり前になってしまって。そういうのがもう嫌だなぁって」



 ――なにかそう思うようになったきっかけはあったのですか?



「あ、親父の影響ですね」



 ――お父様の?



「むかしは反発してたんですよ。そんな金にならねえスマホばっか作っておふくろに苦労ばっかさせてって。おれは絶対にあんな負け犬にはならねえぞって思ってたんで、実家出てアメリカで修行したんですけどねー」


 そう言って彼は汗まみれになった顔を手ぬぐいで拭いた。

 寒空のなかでも絞れるくらいの汗をかく。

 手作りのスマホは、見た目以上に重労働であるとスタッフは気づかされた。


「五年くらいまえかなぁ。デトロイトの田舎町でね、ふらっとあるバーに入ったんですよね。そこのカウンターに座ってた爺さんが、バーボン片手にソシャゲやってて」


 スマホを片手でスワイプするジェスチャーをまじえながら、彼は語った。

 しかしその瞳は微妙な火の色の変化を見逃さず、窯の温度管理に余念がない。


「きったねえスマホ使ってんなって思ったんですよ、やけに古いし。でもそれね、親父が作ったスマホだったんですよ!」



 ――デトロイトでお父様のスマホをですか?



「そうなんですよ。おれもテンションあがって、聞いたんですよ、その爺さんに。そしたらね。もう20年は使ってるって。どんなに新しいスマホが出ても、むかし日本で買ったこのスマホが一番使いやすいんだよって」



 ――どう思いました?



「……感動したよね、素直に。で、負けたと思いました。親父の作ってるスマホはただの便利な機械なんじゃなくて、ひとになにかを与えるものなんだって」



 職人は一瞬だけ虚空を見つめると、スタッフのほうを見てニヤリと歯を見せました。

 きょう一番の笑顔だったと思います。


「親父のスマホはね――世界一なんですよ」


 それから彼は照れ隠しをするかのように、シリコンを練る作業に没頭しました。


「ごめんなさい。きょうはこれから液晶パネル作るんで、ちょっと集中したいかな」


 そう言って人懐っこい表情を浮かべた彼は、無菌室へと消えていきました。

 本日の撮影はこれまで。

 スタッフは朝日があがる頃には下山した。

 正午をすぎて、職人から電話があった。

 明日はアルミ合金から本体ボディを削り出す作業をするらしい。

 いまから撮影が楽しみである。



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