レイジ・チャレンジ

よるもあけぼの

レイジ・チャレンジ 

 ある夏の日、

「レイジ・チャレンジってヤツやるから、お前スマホで撮ってよ」

 クラスメイトのAから無理やり頼まれた所為で、僕はそれに付き合う羽目になった。Aは、母の勤め先の社長の息子で、母子家庭の僕はAのわがままに付き合わされる日々を送っていた。


 レイジ・チャレンジ。

 Aの話では、とある動画サイトで選ばれた100人のみが参加できるゲームらしい。毎日、夜11時半に出された指示を0時までに動画で配信すれば、その日はクリア。指示をこなせなかった人は脱落していき、最後の1人になった時点で100万円がもらえると言う。

 胡散臭すぎる企画だが、目立ちたがりのAは「ネットで有名になれたら最高じゃん」と舞い上がっていた。僕は、下手に逆らうよりチャレンジが早く失敗して終わればいいと思っていた。


「ルールではスマホを固定撮影にして、誰にも秘密でひとりでやれって書いてあるんだけど。バレなきゃいいじゃん」

 準備や片付けなんかが面倒だからパシられているのが明らかで、更に嫌な気分になった。


 ◇ ◇ ◇


 最初の日の指示は「墓場でポーズを決める」だった。

 僕らは自転車で一番近い墓所へ行き、Aが他人の墓石の前で笑顔でピースサインで映る動画を撮影をした。

「イエーイ! 墓、最高!」

 Aはノリノリで暗い墓場で懐中電灯を振り回し、そこらじゅうを照らしまくった。母は夜勤で朝に家へ帰るので、深夜に外出しても心配される事はない。

 暗闇が怖いとか、霊を盲目に信じるような歳ではないが、夜の墓所は独特な雰囲気を醸し出していた。


「あと、残り92人だってよ」


 ◇ ◇ ◇


 2日目の指示は「人形(またはぬいぐるみ)をバラバラにする」だった。

 Aが、Aの妹のぬいぐるみを持ち出して、ハサミでバラバラに切り裂いた。Aの家は広く、普段からAが友達を連れ込んで深夜まで騒いでいても両親は関与しない。

「よ、よし切るぞ」

 Aは緊張した面持ちで、ぬいぐるみの腕にハサミの刃を入れた。服を着たクマのキャラクターの手足と首が少しづつ切り裂かれ、綿が溢れる様は異様な光景だった。

「こんなの、どうってこと、ねーよ」

 強がっていたが、Aの顔は青ざめていた。


「あと、残り76人だってよ」


 ◇ ◇ ◇


 3日目の指示は「お地蔵さんを蹴る」だった。

 街角にひっそりと立つお地蔵さんを蹴るのに、Aは少しだけ躊躇した。しかし、一度蹴ると吹っ切れたのか変な笑い声をあげながら何度も蹴り続け、前掛けをむしり取った。

「前掛けゲットだぜ!」

 赤い前掛けを胸元に当ててスマホに映るAは、無理に場を盛り上げようと必死だった。動画は閲覧数が結構伸びているようだ。最低限のクリア動画では目立てないとAは焦っていた。

 僕は、Aが始めて僕を殴った日の事を思い出した。最初は少しだけ躊躇して、その後もあんな感じだった。


「あと、残り55人だってよ」


 ◇ ◇ ◇


 4日目の指示は「自分の体の一部を切って血を出す」だった。

 これを聞いた時、代わりに僕が切られるかと思った。しかし、そうはならなかった。どうやら、ちゃんと自分の全身が映っている状態で、本人を切ったと分かるように撮る必要があるらしい。

 Aは細身のカッターを握ったまま、長い間左手を見つめていた。そのまま20分が過ぎた頃に、なんとか左手の小指の先に刃を当てて、ほんの少しだけ血を出した。その動画を時間ギリギリに投稿して、なんとかクリアした。


 翌朝、Aは昨日の事を忘れたかのように興奮して話しかけてきた。

「他のヤツの動画すげえんだよ。血がブシューって出たり、パックリ切ったりしてさ」

 僕は、ただ「そうだね」と答えた。


「あと、残り20人だってよ、よっしゃ、がんばろーぜ」


 ◇ ◇ ◇


 5日目の指示は「横断歩道に5分横たわる」だった。

 夜11時半を過ぎているとはいえ、まだ車とたまにすれ違う時間帯。街灯は多くはないので暗闇に紛れてしまっては、車に轢かれる可能性がある。

 それなのにAは、わざと暗い、信号のない横断歩道を選んだ。しかも、黒い服を着て。

「おい、車が来ても止めんなよ。轢かれそうになって、直前で止まるくらいがヤバいんだから」

 僕は無言で頷いた。Aは「わざと難易度あげて挑みまーす!」的な前振りを撮ってから、大げさに道に横たわった。4分50秒を過ぎたところで向こうから車が来た。僕は指示通り、何も言わずに見ていた。

 キキーッと耳に痛いブレーキ音が響き、車はAを轢くギリギリ直前で止まった。車の中から人が出てきたところで、5分にセットしたタイマーが鳴った。Aは素早く近くに置いてあった自転車に飛び乗り、現場から逃げ去った。僕も無言でスマホを回収して、自転車に乗って現場から離れた。


 動画投稿から1時間後、深夜にAから迷惑な電話がかかった。

「俺の動画が1番だ、再生数トップだよ! ヤベえ! コメントもいっぱいだ!」

 僕は、ただ「そうだね」と答えた。

 動画を切るタイミング的に同行者がスマホ回収しているのがバレて脱落と思っていたが、そうはならなかったらしい。ルールが厳密には守られていないのは、視聴者は承知の上なのかもしれない。


「あと、残り11人だってよ」


 ◇ ◇ ◇


 6日目の指示は「ブロック塀の上を走る」だった。

 昨日の指示と比べれば随分楽に思えて気が抜けた。しかし、Aは慎重に塀の上をそろそろと歩いては何度か落ちかかり、しゃがみこんだ。

 見ている側からすれば簡単そうに見えるが暗闇で周囲が見えにくい中、2m程度の高さの塀の上を歩くのは難しいらしい。試行錯誤するうちの0時が近くなり破れかぶれにAが塀の上を走り、よろつきながらも1発で動画を撮り終えた。

「やれば出来るじゃん、俺。最初から走ればよかったわ」

 ただ、動画に対しての視聴者の評価やコメントは最悪で荒れたらしい。前の動画が良かった分、今回との落差が響いたそうだ。

「お前の撮り方が悪かったから、こんな事になったんだよ」

 「つまらない、消えろ」や「脱落しちまえ」みたいなコメントが溢れて、僕は八つ当たりでAに数発殴られた。


 そして「あと、残り5人だってよ」

 僕は、どんな結果であれ、早くレイジ・チャレンジが終わってしまえば良いと思った。


 ◇ ◇ ◇


 7日目の指示は「高い建物の屋上の柵の上に5秒立つ」だった。

「昨日、ブロック塀の上を走れたんだから楽勝じゃん」

 僕らは社宅のマンションの屋上へと向かった。屋上の鍵は空いていないが、社長の息子のAが鍵を持っている。屋上の柵は、腰くらいの高さで細い縦棒の格子の上に太めの横棒が乗っているタイプ。

 横棒は公園のジャングルジムのような細めの円筒状で、乗って立ち、バランスを保つのはサーカス団員でもないと難しいように見えた。あと20分程度で他に侵入可能な屋上を探すのは難しい。

「あと4人脱落で100万円! 俺なら出来る! このチャンス、逃してたまるかよ」

 Aの指示で、僕は家から椅子を持ってきて柵の際に置いた。撮影用のスマホを、撮影用の自在に曲がるスマホスタンドで固定してAが映るように撮影を始める。

「ちょっと立って5秒耐えて、屋上側に落ちればいいよな」

 Aは椅子の上に立ち、片足を柵の上に乗せて、もう片方の足も柵の上へと踏み出した。

「いち、にー、さん、しー」

 柵の上で前後に大きくふらつきながら、Aが数を数える。

「ごー」

 5まで数えて、その姿が大きく後ろへと傾き…………持ち直す事なく背後へと倒れ、僕の視界から消えた。

 ひと呼吸遅れて、何かが石にぶつかったような鈍い音が下から響いた。


 これで、Aのレイジ・チャレンジは終了した。僕は119番で生まれて初めて救急車を呼んだ。翌日、レイジ・チャレンジの運営サイトは、ネットから消えていた。


 あとの4人は、どうなったのだろうか?

 それとも、あとの99人なんて、最初から居なかったのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レイジ・チャレンジ よるもあけぼの @yorumoakebono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ