第5話 生命を取る者②

 バジス帝国兵たちは混乱していた。

 ドラッケンの見せた棺の中身が、誘拐された子供の成れの果てであることは言うまでもない。その惨状と犯人の非道さが混ざり合い、強烈な不快感として体の奥底から湧き上がっていたのだ。

 兵士の一人が一歩、後ずさった。

 逃げようと思ったわけではない。ただ、目を背けたかった。目の前の腐臭漂う現実を払いのけるような、そんな綺麗で新鮮な何かを求めていた。


「許せん!ドラッケン!!」


 ただ一人、ブライは違った。彼は……不本意な表現だが慣れていた。

 そんな部隊長の物怖じしない態度が勇気を与えた。進むべき道を教えた。


「うおおおおおぉぉぉッ!!」


 剣を抜き、我先にと駆け出していく。先陣を切るブライを追う形ではあるが、このわずかな時間の間に躊躇する気持ちは消えていた。

 そんな部下たちの変化を感じたからこそ、ブライもまた吹っ切れる。


「チッ、有象無象が……『稲妻分枝ボルト・ブランチ』!」


 前方に広げたドラッケンの両手が光を帯びる。その指先から放たれたのは線上の雷だった。先端が爪のように尖った電気エネルギーは、空中をジグザグに飛び回り、兵士たちへと襲いかかっていく。


「がっ……!」

「ギャッ!」

「帝国剣技……!」


 部下の悲鳴にブライは振り向かない。自分に向けられた一本の雷に照準を合わせ、刃を構えた。


「『魔導帯剣まどうたいけん!』」


 ブライの剣が雷を弾き飛ばす。次の瞬間、その雷はぐるぐると剣の周囲を回りだした。


「わぁ、何あれ何あれ!?」

「わしの魔法を支配下に置き、自らの剣に付与したのじゃよ。他人の魔力を奪って戦うなど何とも姑息な戦術じゃな」


 興奮するサルコファガスとは対照に、ドラッケンは冷静に説明してみせた。


「ほざけドラッケン!己の老化のために罪なき子供たちを殺めた報い、その首で償うがいいッ!」

「老化のために……じゃと?『風陣壁ウィンド・ウォール!』」


 振りかざしたブライの刃が止まる。目に見えない風圧の壁が標的の周囲を取り囲んでいた。


「バジス帝国は敵を刺激する訓練でも積んでおるのか?『突風変貌ガスティ・グロウ!』

「うおっ……!?」


 突如として吹き荒れた向かい風が、ブライの体を吹き飛ばした。

 ドラッケンは腹立たしげにブライを睨みつける。

 魔法によって生み出した風の力を、突風へと変化させて拡散させる。などという魔法の説明などよりも、彼にとっては遥かに重要なことがあった。


「お前たちは何も変わらんな!わしら科学者に説明を要求しながらも、最後まで聞いていった試しが無いわい!それでいて中途半端な知能を我が物とばかりにひけらかし、それが間違いと指摘されればわしらに責任を転嫁する!なんと人間の愚かなことか!教えを請う側の礼節も持たずして一体何を学べるというのだッ!?」

「何……!?」


 どうやら自分の言動の何かが気に障ったらしいな、ブライはそう思った。

 冷静に考え直してみれば、ドラッケンの怒りの原因も思い当たるだろう。

 だが、この状況で話をしてやるつもりも、聞いてやるつもりもない。たとえ相手が意思疎通の在り方を説こうとしていてもだ。

 すぐそこにいる凶悪な罪人を罰する……それ以外に優先すべき事柄は無い!

 ブライは再び駆け出した。


「『猛氷結フューリー・フリーズ』!」

「っ!?」


 ブライの足が止まる。

 部屋中の床や壁が一瞬の内に氷で覆われていた。彼も足の例外ではない。

 唯一、ドラッケンとサルコファガスの周囲だけは対象を外れていた。


「傾聴しろと言っておるのだマヌケがッ!」

「あ、足が動かん……!馬鹿な、これほどの魔力が……かつてのドラッケンに」

「科学者如きにあるわけなかろうが!全ては子供から搾り出した物じゃ!このサルコファガスがな!」

「ぐ……!」


 搾り出すという表現の適切さが正しいからこそ、ブライは顔をしかめる。


「年齢、魔力。そんなものは全てに過ぎん!サルコファガスが搾るのは未来なのじゃよ!」

「未来……だと?」

「そうとも。肉体が寿命を迎えるまでの猶予、体力や魔力が今以上に成長する余地、子供たちの送るはずだった未来は全て!このわしの未来へと継承されたのじゃ!」

「……なんと、くだらぬ……!」


 ブライには理解できなかった。

 彼にとってドラッケンの行為は殺人以外の何でもない。年齢や未来といった呼称など、あまりに些細な要素である。


「部隊長!このままでは……!」

「くっ……!」

「ふん!久々の客人ゆえに、ちと成果を披露してやろうと思ったが、やはり知能指数の低い奴らには理解できんか。もういいわい、全員まとめて消し去ってくれよう!」


 足を封じられていては打つ手はない。

 ここまでか、ブライは目を瞑った。




「『眩輝光グレア』!」


 その声はドラッケンでも、サルコファガスでも、部下の誰の声でもなかった。


「うっ!?」

「な、なんじゃ!?」

「め、目が……部隊長っ!」


 強烈な眩しさがブライを襲っていた。

 いや、彼だけではない。悲鳴を聞く限り、敵味方問わず部屋にいる全員の目が眩んでいるのだ。

 だが……一体、何者だというのか!?


「『光起電縛フォトボルテージ』……!」

「っ!?ギッ!ギャアアアアアアッ!!」


 次の悲鳴はドラッケン一人だけだった。

 火花が散るような音と共に、人が倒れ込むような音が聞こえた。


「ギィギィ……!えっと、誰かな?」


 サルコファガスが問いかける。箱型魔物ミミックには人間で言う網膜の器官が存在しないため、現状の光景もしっかりと認識できていた。

 一度目の光で目の眩んだドラッケンに、二度目の光が照射された。その途端、ドラッケンの肉体から電流が放出されたのだ。

 その実行者と思しき、頭の禿げた男性がドラッケンの傍に立っていた。


「私はただの神父です。使命を果たしに来ただけですので、邪魔しないようにお願いしますよ」


 そう言うと、その男はドラッケンへと語りかける。


「ドラッケン様の本を読みました。なかなか興味深い内容でしたよ」

「あ、が……!?」

「太陽光で照らすと電気を生み出す仕組みですか。光の振動数や波長による電気の強さなど、実に詳しく分析されています。とはいえ、世間の評価は好ましくなかったようですね。使い道も無いのに電気を作るなど無駄な研究だと」

「だ、だ、誰……じゃ……?」

「ですが私にとっては役立ちました、ドラッケン様を封じたかったので。光の照射で電流を生み出す魔法です」

「が、ぐ、ぐ……!」


 淡々と語る神父に対して山程浮かんだ疑問も、ドラッケンは言葉へ変えられなかった。全身が痺れて全く動けないのだ。


「では早速、勇者の遺体を回収するとしましょう。あなたはサルコファガスと言いましたね?」

「ギィギィ!そうだよ、よろしくね!」

「その棺の中身を持ち帰りたいのですが?」

「中身?いいよ、あげる!最近ご飯が多くてお腹減ってないからね」

「理解が早くて助かります。ではドラッケン様?」

「あ、う……?」


 ブチン。


「あがぁぁぁッ!?」

「ハサミです。まずは指先から、少しずつ千切っていきますね」

「ぎがぁぁぁッ!がぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ドラッケンの悲鳴が続く。

 一体、何をしているのだ……!?

 この世ならざる悲壮に満ちた声に、ブライたちは震えながら様子を見ることしかできずにいた。


「随分と手間がかかる遺体ですね。いえ、肉体の方ではありません。肉体は既に運ぶ手間が省けていますので」

「え?僕ごと持って帰る気?」

「あががががッ!サル、サルコファ……ガぁぁぁぁぁッ!!」


 神父は表情を崩さぬまま、その行為を続けていった。

 ドラッケンの体を端から細かくしていく。千切って、削ぎ落として、摩り下ろして……ただひたすらにバラバラに。


「ねぇ、何してるの?ドラッケンも回収するの?」

「いいえ。私の目的はあなたが殺害した勇者だけです。しかしドラッケン様は勇者の魔力を奪っていますので、回収しなければなりません」

「なるほどねぇ、面倒なことするなぁ」

「私の使命ですから」


 子供から圧搾した魔力は、ドラッケンの細胞の一つ一つに染み込んでいる。

 それらを全て回収しようなど、何とも忍耐強い男だ。あるいは頭がおかしいのかもしれない。サルコファガスはそう思いながらギィギィと笑っていた。



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 私の名前はモーテム・ドゥード。怖いものなどありません。


「やっぱりそうかい……あんたが羨ましいよ、本当に」


 アナスタシス教会を訪れたブライ様は、以前より痩せ細っているように感じました。今日は仕事は休みのようで、兵士の服装はしていません。

 話を聞くと、最近の仕事で随分と嫌な目にあったそうです。


「全く目が見えない中で、犯人の悲鳴だけを延々と……!いや、それだけじゃねぇ!人間の体が壊れていく音も一緒にだ!耳を塞いでも呪いのように頭の中に入ってくるんだ!それを一時間以上も!」

「それは大変でしたね」

「……まぁ、俺はまだいい方だ。部下たちの中にはもう仕事に来れなくなった奴もいる。心がやられちまったんだろうな」


 ブライ様は心底、悔しそうに呟きます。


「酷いことをする奴がいるもんさ!ドラッケンも大概だが、まさかそれを超えてくるとはな……!どうしてだ?どうしてどんな魔物モンスターよりも人間の方が恐ろしくなっちまうんだよ!?」


 ブライ様の話は当分の間、続きそうです。

 彼にとってドラッケン様の件は、理解不能な猟奇殺人としか思えないのでしょう。

 だからこそ恐怖を感じるのです。その行動に何らかの意味があると分かるのなら恐怖は緩和できたかもしれませんね。

 ……とはいえ、実を言うとドラッケン様をバラバラにして殺害したのは何ら意味の無い行為でした。

 最初からサルコファガスの力を借りれば良かったのです。あの魔物モンスターならドラッケン様の遺体から勇者の魔力を簡単に搾り出すことができます。そのことに気づいたときには既に一時間が経過していました。

 私がもう少し早く気付けていれば、ブライ様も兵士の皆様も少しは救われたように思えます。


 私の名前はモーテム・ドゥード。時には自分自身の行動を見つめ直しながら、アナスタシス教会にて皆様の祈りをお待ちしております。

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モーテム神父の故勇者搬送記 青山風音 @FoneAoyama

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