第4話 生命を取る者①

 私の名前はモーテム・ドゥード。怖いものなどありません。


「そうかい……あんたが羨ましいよ」


 そう言って溜息をつく男性はブライ様。冒険者ではなく、バジス帝国の兵士を勤めています。最近では実力を認められ、部隊長を任せられることも増えたとか。

 ブライ様は兵士ということもあり、その服装には特筆した個性は見られません。もちろん誰もが一目で兵士と分かるようにするためです。これには親近感が湧きます。


「モーテム神父は色々な人の話を聞いてるんだろう?」

「もちろんです、私は神父ですから」

「嫌にならないか?」

「職務が……ですか?」

「いや、人間が……だ」


 きょとんとする私に、ブライ様は馬鹿なことを聞いたと首を振って言いました。


「そりゃそうだよな、神父は兵士と真逆だ。誰もが自分の方から会いに行くものだからな。嫌な顔して行くわけがねぇ」

「確かに……兵士の場合は真逆ですね」

「あぁ、顔を見せるのは俺たちの方からだ。そして奴らは俺たちに最低な顔を……それだけじゃねぇ、最低な物を見せつけてくるんだ……!」


 ブライ様のような帝国の兵士は冒険者とは異なり、魔物モンスターだけを相手にするわけではありません。

 国の平和を脅かす犯罪者、すなわち自分と同じ人間という生物と向き合っていかなくてはならないのです。


「まぁ、見せつけるってのも違うけどな。実際には見つけ出しているだけだ、俺たちが奴らの悪事を……それが兵士の役目だからだ」

「ありがたいことです。皆様のおかげでアナスタシス教会は何度も救われていますからね、感謝してもしきれません」

「へっ、モーテム神父のその言葉が無かったら塞ぎ込んでる所だ。まったく、何が怖いかと聞かれて人間と答えるようになったらお終いだぜ!」


 どうやらブライ様の気分は晴れたようです。

 私は彼の名前と現在時刻を書き留め、その背中を見送ります。



-------------------------------------



 帝国内で発生している幼児失踪事件の報告数は既に十を超えていた。

 兵士たちは憔悴しきっていた。目覚ましい成果を挙げられぬまま、ただ被害が増えていくだけの現状では、彼らは非難の的であったのだ。

 だが、彼らはついに犯人を突き止めた。


「行くぞ!」


 部隊長を任されたブライが剣を手に、屋敷へと突入する。

 部下の手前で態度には出さないが、まったくもって嫌な気分だった。

 というのも、自分たちは既に失敗しているのだ。失踪した子供たち全員が無事で生還する、それ以外の結末を迎えた時点で民衆からして見れば失敗なのである。まさかまだ間に合うなどと、楽観的に考えている兵士はいないだろう。

 おまけに、その諸悪の根源とこれから相対するのだ。犯人の悪事を目する、それがどれほど不快なことか。正義感に駆られて兵士を志す者ほどその苦しみは大きい。


「ここか!?」


 荒々しく扉を突き破り、ブライたちはその部屋へと辿り着いた。

 壁にかけられた蝋燭ろうそくだけが光源の薄暗い部屋だ。全てが煉瓦レンガで敷き詰められた壁には窓が一切、存在しない。

 部屋の奥には怪しげな雰囲気を放つ棺が置かれており、その手前に佇む一人の人影があった。


「随分と騒々しい来客じゃのう、近頃の若い者は礼節を弁えとらんようじゃな」

「バジス帝国兵が罪人に礼儀を尽くすとでも思うなよ、ドラッケン!今のお前は帝国科学院の重鎮である以前に、幼児誘拐事件の犯人だ!」

「クックック……!」


 帝国科学院のドラッケンと言えば、知らないものがいないであろうほどの有名人だ。炎や雷、氷など魔法によって生み出された物質を研究対象とし、それらを科学の力で人為的に生み出したのは彼の最も大きな成果である。

 そして今、その男は帝国兵たちに背を向けたまま笑っていた。


「何がおかしい……!?」

「こうして話していて、まだ気づかんのか?まったく兵士共は知能指数の低い人種ばかりじゃ、とくと見るがいい!わしの自信の証を!」

「なっ……!?」


 得意げに振り向いたドラッケンの顔に、ブライは思わず目を見開いていた。

 ドラッケンは齢七十を超えた老人であった。だが、その彼の顔つきはブライの認識とはかけ離れている。

 そこにあったのは艷やかな肌と、生え揃った豊満な顎髭。あったはずの皺や白髪、眼鏡は存在しない。


「お、お前は一体……!?」

「ドラッケンじゃよ、紛れもなく。もっとも民衆共には分からんだろうがな。クックック……どうじゃ?これならわしの知名度でも逃げ遂せると思わんか?」

「部隊長!ただの変装です!恐れるに足りません!」

「待て!下手に動くな!変装だと?そんなはずはない……!」


 よく観察してみれば分かることだ。顔だけではない、姿勢や動作、声、さらに言えば全身から放たれる雰囲気そのものが、以前のドラッケンとは大きく異なっている。


「……若返ったとでも言うのか?」

「何ですって!?そんな馬鹿なことが……!」

「クックック……!」


 動揺する兵士たちを見て、ドラッケンは満足げに笑った。


「馬鹿なことかどうか?全てはこれを見れば分かることじゃ。どれ、挨拶せい」

「ギィ?喋って良いの?」


 どこからか声がした。場違いに明るい口調のその声はドラッケンの後方、部屋に置かれた棺から響いていた。

 次の瞬間、棺の蓋が起き上がった。まるで生物の口のように開閉する動きを見て、誰もがその正体を知った。


「部隊長!こいつは……!」

「こいつこそ、わしをこの姿に生まれ変わらせた魔物モンスターじゃよ!」

「ギィギィギィ!僕は肉食邪棺にくしょくじゃかんサルコファガス!箱型魔物ミミックって言えば君たちにも伝わるかな?僕はその上位種だよ!よろしくね!」

「な、何だか子供っぽい奴ですね……」

「油断するな!人間一人を若返らせるほどの存在だぞ、強大な力を有しているに違いない!」

「クックック……やはりお前たちの知能指数は底が知れるな。『火炎フレイム』!」

「むっ!」


 ドラッケンの詠唱に、ブライは咄嗟に身構えた。

 『火炎フレイム』、それは魔法の道を志す者が初めに挑戦するような下級呪文だ。

 恐れることはない、そう思っていた。


「ギャァッ!!」

「っ!?お、お前たち……!?」


 部下の悲鳴が木霊するまでは……!


「馬鹿な!?何が起きた!?」


 ブライの後方に構えていた兵士たちが数名、火達磨となって倒れ込んだ。相手の放った炎が、目に止まらぬ早さで広範囲を燃やし尽くしたのだ。


「どうなっている!?今のは下級呪文じゃないのか!?」

「下級呪文じゃよ、わしにとってはな。若返りなどという低次元な仮説に反論してやったまで」


 ドラッケンの不敵な笑みが場を支配する。


「理解が追いつかない顔をしているな、クックック……!仕方ないのう、お前たちのために特別に見せてやろう……サルコファガスのもたらす恩恵を!」


 その言葉に呼応するかのように、天井に穴が空いた。そして子供が一人、サルコファガスの中へと向かって落下する。言うまでもなく、連続失踪事件の最も新しい被害者だ。


「その子に何をする気だ!?やめろ!」

「やれい、サルコファガス!」

「了解!いくよーん!」


 棺の蓋が閉じる。


「……なっ……!」


 ブライは言葉を失った。その原因は棺から響いてきた音だった。

 その音は、ゆっくりと時間をかけて奏でられていた。

 聞いたことのない音だった。だから似ている音を探した。ブライの脳が彼の意思とは無関係に、記憶の音楽盤レコードを引っ張り出して比較し続けた。


「う……!」

「ぶ、部隊長……!?」

「うおおおおおおおおッ!ドラッケンッ!!」


 そして答えに辿り着いた時、ブライは叫んでいた。


胡桃クルミだ……固い殻の木の実を粉砕する時の……初めてで勝手が分からずに、時間をかけてヒビを入れていく時の音だ!ドラッケン!貴様は連れ去った子供をッ!!」

「はい、どーぞ!」


 サルコファガスが棺を開く。子供は消えていた。その代わりに赤黒いプールができていた。

 ブライは誰かの嗚咽を聞いた気がした。


「どれ、今回の出来はどうかな?」


 プールの内部から、光の球体がふんわりと浮かび上がる。ドラッケンはそれを掴み取ると、自らの胸へと翳した。


「クックック……悪くない、上質じゃな。こうやって子供たちから搾り取った物が、新たにわしの糧となっていくのじゃ」


 魔物モンスターの方がどれだけマシか。ブライは改めて思った。

 残虐で醜悪で、憎悪と悲痛を撒き散らす存在……どんな魔物モンスターよりも人間は……!


「許せん!ドラッケン!!」



-------------------------------------



 私の名前はモーテム・ドゥード。神の導きに従って来てみれば、何やらお取り込みの様子。

 今すぐにでも私の使命を果たしたい所ですが、今回は一筋縄では行きません。居合わせている人数が多く、妨害を受けることが予想されます。

 どうにかドラッケン様だけでも大人しくさせることができれば良いのですが、どうしたものでしょうかね。

 そんなことを思いながら、私はドラッケン様の館を歩き回っていました。


 ……おや、戦闘が始まったようです。屋敷中に伝わる振動が本棚から一冊の本を落としました。

 まぁ、気楽に構えましょう。焦る必要などありません、なるようにしかならないのです。我らが神がそう望むのですから。

 というわけで、私は本を読みながら事態の好転を待つことにします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る