第3話 極楽リターン

 私の名前はモーテム・ドゥード。神への祈りには時間も労力も惜しみません。

 この姿勢を努力家と評する方もいますが、そうではありません。私の場合はアナスタシス教会の神父として、教会を訪れた誰よりも強く、そして大きな祈りを捧げる必要があるのです。

 これは私の役目であり、使命でもあります。もっと大袈裟に、法則と言っても良いでしょう。

 よって努力ではないと分かるでしょうか?努力という行為には、続けるか止めるかという選択が生じますからね。私は努力などしないのです。




「頑張り屋って怠け者なのよ。この意味が分かる、神父さん?」


 そう問いかける女性の冒険者はローザ様。さらりとした山吹色の短髪を際立てるように、真っ黒な保護眼鏡アイガードが存在感を放っています。白虎の毛皮で作られたコートの下には、動きやすさを重視したボディスーツが見えます。


「すみませんが、私には分かりません」

「じゃあ人間がどうして頑張るのかを考えてみたらどう?例えば、あそこ!」


 そう言うとローザ様は、教会の外を歩く人々の姿に人差し指を突きつけます。


「どうして彼らは頑張っているの?巡回中の兵士、物売りの商人、あるいは図書館から書物を借りて帰ってきた青年。仕事にしろ勉学にしろ、どうして努力を重ねているのかしら?」

「どうしてですか?」


 私は深く考えずに答えを促します。

 予測しようとは思いません。ローザ様のような冒険者の考え方など私には備わっていないのです。私は神父ですから。


「国の平和を守るため?自身の生活のため?勉強して夢を叶えるため?えぇ、もちろん人それぞれの理由があるのでしょうね。でもね、神父さん?そんな理由は表面的な物に過ぎないのよ!」

「表面的……その奥がまだあると」

「その通り。平和になった国でのんびりと暮らしたい、裕福になった身で自由に暮らしたい、蓄えた知識で他人より優位な立場でいたい。各々の理由を掘り下げていくとね、将来的に怠けたいという欲求が見えてくるの!」

「なるほど、だから頑張り屋は怠け者……ですか」


 教会の外を見ると赤ん坊を抱く母親の姿が見えます。彼女のような、自分以外の存在のために頑張る方々は、ローザ様の持論に当てはまるのでしょうか?

 ……そう思っても、私は賛同も否定もしません。ローザ様の話をじっと聞いて、その名前と現在時刻を書き留めるだけです。


「そういうわけで、あたしはまた頑張ってくるから!神父さん、次もよろしくね!」


 ローザ様は鼻歌交じりに教会を去っていきます。次に彼女が教会を訪れるのはいつになるのでしょうか。



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 呪鏡じゅきょうの洞窟、それがそのダンジョンの呼び名だ。

 この洞窟では壁や天井の至る所に、鏡のように反射する鉱物が存在する。その鉱物には発光性があり、太陽の沈みきった夜間であろうとも洞窟内部が暗闇に染まることはない。

 しかし羽虫の如く洞窟に迷い込めば、その者は地獄を見ることになる。鉱物自体に備わった呪いの性質チカラが、映り込んだ人間の精神を徐々に汚染していき、最終的には発狂して死に至るのである。

 そのため洞窟を冒険する場合は何らかの魔法や道具アイテムを用いるなど、呪いに対する十分な策を求められる。多くの冒険者がこの事前準備を忌み嫌うこともあり、洞窟の奥底は前人未踏の地となっていた。


 そして今、その未知なる空間を歩み続ける一人の女性がいた。

 ローザ・フェルムと言う名のその女性は何十匹もの吸血蝙蝠ブラッティバットに取り囲まれていた。

 だが彼女に焦りは見られない。不敵に……不自然すぎるほどに笑いながら周囲の蝙蝠コウモリたちを睨みつけている。


「あはっ!アははハはっ!」


 ローザの口から漏れた高温の美声が洞窟内に響き渡る。その精神は既に崩壊寸前だった。

 財宝に目が眩んだ無謀な冒険者の末路は決まって同じだ。魔物モンスターの糧となって生涯を終える。

 今回は血だ。吸血蝙蝠ブラッティバットにとって人間の血液は何にも増さる褒美である。


「ケキャキャキャッ!」


 痺れを切らした一匹の蝙蝠が獲物に向かって飛びかかっていった。


「『花殻切ハードピンチ!』」


 ところが、そうして流れた待望の血は蝙蝠の物だった。蝙蝠の右翼が、その腕の根本から綺麗に切断されていたのだ。

 ローザの右手には刃が宿っていた。単なる武器ではない、彼女の魔力によって生成された凶器だ。その鋭さは彼女自身の実力と体調コンディションによって変化する。

 ……奇妙だ。何匹かの蝙蝠は思った。

 これほどの力を出せるほどの実力者が何の対策もせず、無防備に自身の肉体を呪いへ晒しているとは……!?


「『突刺荊棘ベーサルシュート!!』」


 ローザが右手を地面へと向ける。

 次の瞬間、何十本ものいばらが上方へと突き出し、蝙蝠たちを貫いた。


「足りなイ……まだマダ足りナいッ!!」


 逃げ惑う蝙蝠をローザの魔法が襲う。彼女の繰り出す茨は敵への攻撃だけに留まらず、壁や天井へと突き刺さっていく。


「あはハははハハはハハハハッ!!」


 ガラガラと崩れ落ちる岩石を前に、彼女は最期まで笑い続けていた。



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「おはようございます」

「あら、神父さん。ここは……!」

「アナスタシス教会です」

「そう……うふっ!」


 目を覚ましたローザ様は自身の手元に目を向けると、途端にご機嫌な表情になりました。


「よく覚えてないけど、あたしったらまた死んじゃったのね?」

「はい、呪鏡の洞窟の地下十階にて瓦礫に噛みついていました。呪いによって凶暴化したのでしょう、同時に脳神経が深く損傷して……」

「あぁ、どうでもいいわそんなの。大事なのはがあるかどうかよ!」


 ローザ様が持っているのは大きく膨れ上がった革袋。その中には洞窟で手に入れた金銀財宝が詰まっています。


「あたしの命だけに留まらず……うふふっ!ご苦労さま、神父さん!」

「いいえ、亡くなった方の遺志を尊重するのは当然のことです」

「そうよね!あなた神父だもの!」

「…………」


 このご機嫌なローザ様は、決まって遺書を所持したまま亡くなるのです。


 『私、ローザ・フェルムが冒険の途中で手に入れた財宝は全てXに渡すこと』


 妹や父など、相続先は日によって変わりますが、文面はほぼ固定されています。

 私の目的はローザ様の遺体だけで彼女の所有物は不要なのですが、遺書を無視するわけにはいきません。そのため彼女を運ぶ時は毎回、彼女の冒険の成果もまた付随してくるのです。


「うふふっ、今回のあたしも頑張ったわ!面倒臭いのは嫌だけど、帰り道リターンが楽だとやる気も出てくるってものよ!だってあたしったら頑張り屋だもん!……ところでさ」


 ローザ様の右手がぼんやりと光り始めました。どうやら何かしらの魔法を使おうとしているようです。


「ねぇ、神父さん。聞きたいんだけど、あなたはどうしたの?」

「どうしたというと?」

「呪鏡の洞窟よ。あなたはもちろん呪いの対策をしたのよネ?」

「その通りです」

「『花殻切ハードピンチ!!』」


 ローザ様の右手に剣が宿ります。

 繰り出された刃は私の首元へと直進し、すんでの所で停止しました。


「『光冠障壁オーレオール』……肉体を光の縁で囲む魔法です」

「なるほド、それが呪いを防イダ手段というわケ?でも……あれ?待って!どうシテあたしはアナタに斬リかかッテ……!?」


 ローザ様は執拗に私を斬りつけようと腕を振り回します。

 いずれも私の頭部まで至りませんが、彼女は諦めることなく攻撃を続けます。


「何か変よ!体ガ勝手に!どうシテ!?足リナイ!足りない!?血ガ足リナイッ!」

「ローザ様、何も変なことなどありませんよ。あなたは既に呪鏡の洞窟で経験済みではないですか」

「経験済み……!?」


 その時、ローザ様の荷物から何かが零れ落ちました。

 カシャンと鳴った音に目を向け、そこで彼女も気づいたようです。


「これは……呪鏡の洞窟ノ……!」

「映り込んだ者を狂わせる呪いの鉱物です。ローザ様の荷物に入っていました」

「神父……お前!マサカ一緒に持ッテ帰ッ……!?」

「神父様!ご無事ですか!?」


 教会のドアを開け放って現れたのはバジス帝国の兵士たちでした。

 ローザ様が呪いによって暴走すると予想し、彼女が目覚めるよりも前に通報していたのです。


「オ前エエエッ!ヨクモコンナ!アタシニ何ノ恨ミガアルトッ……!?」

「全員で引っ捉えろ!抵抗するようなら攻撃して構わん!」

「はっ!」

「殺シテヤル!殺シテヤルゾォッ!」

「神父様、ここは危険です!こちらへ!」


 避難誘導に従う私の耳に、死の淵へと逆戻りリターンしたローザ様の恨み節が聞こえてきます。

 どうやら呪鏡の鉱物は彼女の道具に数えられていなかったようです。わざわざ遺書に記すまでもなく、私が取り除くと思ったのでしょうか。

 生憎ですが、私は冒険者の価値観など持ち揃えていません。私は神父ですから。


 私の名前はモーテム・ドゥード。本日もアナスタシス教会にて皆様の祈りをお待ちしております。

 ちなみにローザ様が所持していた呪鏡の鉱物は避難の際に回収しておきました。

 彼女が所持した物はその一つだけですし、呪いの被害がこれ以上に拡大することはありません。

 そういうわけですので、皆様は安心してアナスタシス教会へとおいでください。

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