第2話 メッキに覆われて
私の名前はモーテム・ドゥード。毎日を同じ服装で生きています。別に一張羅ではありません。同じ服を何着も所持しているだけです。なのでいくらでも替えがききます。
私にとっては衣服が個性的である必要はありません。初対面の方に、私の役割を一目で把握してもらう必要があるのです。私は神父ですから。
「どうだい神父さん?この光り輝く純金の鎧は?」
「…………」
冒険者の場合は事情が異なるようです。
たった今、アナスタシス教会を訪れたこの冒険者はグルーヴォム様。獅子のたてがみを思わせるかのように大きく広がった金髪が、私を見下ろしています。髪型だけでなく装備品にも強いこだわりがあるようです。
「見たことのない鎧ですね」
「あっはっは!そうだろうとも、神父さんに分かるはずもない!これはオーレム山の奥深くに生息する
彼の発言からは教会への敬意を感じられませんが別に構いません。たとえ心の奥底で何を考えていようとも、祈りを捧げるのであれば私は受け入れるだけです。
「ねぇ?自慢話はそれくらいにして早くお祈りを済ませてくれないかしら?」
「あぁ、悪かったねフローレ。僕としても不本意なんだが……なぁに神父さんの視線に応えてやったまでさ」
教会の外からグルーヴォム様を呼ぶ女性の姿が見えます。さらさらとした長髪と、裾の長いドレスが風になびいています。パーティーにでも行くのでしょうか?少なくとも冒険者の服装ではありません。
教会には関心が薄いようです。祈ろうとする素振りは微塵も見えません。
「僕の
グルーヴォム様は得意げに会話を続けます。フローレ様とは対照的に、教会でのんびりと時間を費やすつもりはなさそうです。
「今からデートなんだよ。もう一度オーレム山に行く所なんだ」
「……オーレム山に?何をしに向かうのです?」
「デートだって言っただろ?神父さん、人の話を聞いているのか?」
「…………」
苛立った表情でグルーヴォム様は言いました。
オーレム山のような
とはいえ、深く聞き出すことはしません。私はただ、グルーヴォム様の名前と現在時刻を書き留め、彼らの背中を見送るだけです。
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「どうして男というのはこうも見栄を張りたがるのかしら?」
フローレは大きく溜息をついた。彼女の冷めた視線の先では、巨大な黄金の塊に翻弄されるグルーヴォムの姿があった。
グルーヴォムは必死に剣を振るうも、その圧倒的な硬度の前に傷一つ付けられずにいた。
「クソッ!なんて大きさだ!僕が倒した
それが
一鎧程度の質量でしかない
そうとも知らないグルーヴォムは、その巨神を倒して指輪を作ってあげる、などと言い出したのだ。全てを知る彼女にとっては実に滑稽で、同時に腹立たしい言葉だった。
「ぐはっ!」
倒れ込んだグルーヴォムを巨神の片足が踏みつけた。迫りくる黄金が彼の視界を覆い、その肉体はメキメキと圧迫されていく。
「思い知ったかしら、ボウヤ?」
フローレはそう言いながら、上品な佇まいで巨神の足元へと歩を進めた。
「よ、よせフローレ……!危ないぞ、近づくな……!」
「これが実力よ。あんたのくだらない世間体のために侮辱された、あの
「が……ぐ……!せ、せめて君だけでも逃げ……!」
「ふん!まだ私を人間だと思っているなんて、つくづく間抜けなことね!私は魔王様の……」
「がはっ!」
それが彼の限界の瞬間だった。
巨神の足に埋もれて絶命したグルーヴォムの姿は、フローレの瞳から完全に隠れてしまっていた。
「……言いそびれたじゃないのよ!」
フローレの足が巨神の足を蹴りつける。
「何よ!せっかくなら絶望して死になさいよ!最期の最後まで本っ当に腹立たしい奴だわ!」
何度も何度も、巨神と共に踏み躙るように。フローレはただひたすらに思いの丈をぶつけていく。
「デートは終わりましたか?」
「……は?」
後方から声がした。フローレが振り向くと、そこにいたのはグルーヴォムが祈りを捧げていた教会の神父だった。
「やはり
「な、何よこいつ……!」
その神父は顔色一つ変えることなくフローレの傍に立ち、じっと足元に埋まる冒険者を見つめている。
「まぁ、ちょうどいいわね」
フローレの目がギラリと光る。巨神が神父の方を向いた。
「ムシャクシャしていた所よ!あんたで憂さ晴らしさせてもらうわ!」
「それはそれは」
神父が膝をつき、巨神の足元に手を添えた。
「はっ!?」
フローレは思わず素っ頓狂な声を上げていた。
自慢の一品である
「すみませんが、私はこれからやらなければならないことがありますので」
綺麗な放物線を描いて巨神が頭部から落下し、地面が大きく揺れた。
唖然とするフローレには目もくれず、神父は袋を取り出すと、ぺしゃんこになった遺体を仕舞い始めた。
「純金の鎧もこれでは使い物になりませんね」
歪に折れ曲がった鎧はそのままに、神父は遺体だけを袋へ詰めていく。
そうしてやることを終えた神父は立ち上がると、ようやく横で立ち尽くす女性へと声をかけた。
「フローレ様」
「は、はいっ!?」
その表情は教会で見たときと同じだった。全く感情が揺れていない、フローレの目にはそう映った。
「私は教会へと戻ります。一緒に来るのであれば、後ろをついてきてください」
神父はそのまま振り向くことなく歩き出していった。
フローレの足は震えるばかりだった。無防備に晒された背中でも、襲う気にはなれない。返り討ちにされるのが目に見えていた。
ただ、あの神父は彼女自身に興味は無いらしい。そう推測できることだけが救いだった。
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「動くな!大人しくしろ変質者め!」
その日、アナスタシス教会は別の意味で賑わっていました。なんと全裸の男性が付近で騒ぎ立てているのです。
「ひぃぃぃッ!た、助けてくれぇぇぇッ!」
バジス帝国の兵士に剣を向けられ、その男は必死に命を乞いていました。
普通であれば、丸腰の人間を相手にすると大した抵抗はできないだろうと油断するはずなのですが、あそこまで開放的だと逆に警戒心が強まるのです。不思議ですね。
「モーテム神父、お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫です。変質者はどうなりましたか?」
「先程、引っ捕らえました!」
「それはそれは……これで一安心ですね」
「えぇ!全く無礼な男です!神聖な教会に全裸で来るなど……!」
兵士の方はこう言いますが、私は気にしていません。どのような服装であれ、来訪者の祈りは受け止めますから。
ただし他の来訪者の祈りを妨げるとなれば、私も対処せざるを得ません。帝国側にとっても我がアナスタシス教会は重要な施設であり、私の要請に対していち早く兵士を派遣してくれました。ありがたいことです。
それにしても、純金の鎧の下に何も身につけていないとは。グルーヴォム様の服装事情は、やはり神父の私とは大きく異なるようです。
私の名前はモーテム・ドゥード。本日も変わらぬ服装にて皆様の祈りをお待ちしております。
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