モーテム神父の故勇者搬送記

青山風音

第1話 思わぬ強敵

 私の名前はモーテム・ドゥード。大陸一の活気を誇るバジス帝国にて神父を務めています。

 私にとって信仰は欠かせないものです。数日間を飲まず食わずで祈りに費やすことも珍しくありません。

 そうして祈り続けた結果、私は年齢を忘れました。なので常に見た目で判断されるわけですが、年上と見られることはありません。私の肌質は常に艷やかで皺は皆無ですから。

 それは頭皮も同じです。私には髪という物がありません。宗教上の理由で、断髪を余儀なくされるからです。初めは毎日の断髪が日課となりますが、祈りを重ねる内に不要になっていきます。帝国医学の研究によると、心労に起因する脱毛らしいです。


「本日も皆様に神の御加護がありますように」


 アナスタシス教会には連日、多くの冒険者が祈りを捧げに来ます。魔物の討伐や物資の収集など、各々の冒険の成功を願っていきます。

 神の御加護を信じている方がどれほどいるかは分かりませんが、たとえ気休め程度だとしても私達はその祈りを迎え入れます。

 年齢、性別、生まれ育ち。そんな垣根はありません。祈り方もまた然り、どのような祈り方であっても誤りはありません。皆様が祈りを捧げる限り、私たちは応えるのみです。


「神様ぁ……神様ぁ……助けてムニャムニャ」


 最近は天気が良いせいか、このように眠りながら祈りを捧げる方も多く見受けます。


「ムニャムニャ……んが?」

「おはようございます」

「うわっ!?」


 彼は慌てて飛び起きると、周囲を見渡しながら一つ息をつきました。


「ここは……教会か」

「アナスタシス教会です」

「そうか、俺は助かったのか。死んだと思ったが……祈っておいて良かったな」

「助かってはいません。あなたの命は一度、この世を去っています」

「分かってるよ、神父さん。頭の中に声が聞こえたんだ。『勇者よ、まだ死ぬときではありません。そなたに再び命を与えましょう』とな!」

「…………」


 私たち人間の中には勇者と呼ばれる者がいます。神によって選ばれしその生命は重大な使命を果たすことを運命づけられ、その使命を果たすまで死を免れることができると噂されています。


「くそっ!俺としたことが解毒薬を切らすなんて!あの辺りの魔物モンスターは弱小種族ばかりなんだ、毒を持つ奴らなんて数えるくらいしかいない!だから俺は……」


 武勇伝を語りたがるのは冒険者の特徴ですが、私の場合は失敗談を聞かされることがほとんどです。

 助言はしません。そんな立場ではありません。私は神父ですから。


「まぁいいや!今度はもっと上手くやるさ!勇者ネグロに生まれたからには一度や二度の失敗を引きずってはいられないもんな!」


 一頻ひとしきり話し終わると彼は再び旅立ちます。私はネグロ様の名と現在時刻を書き留め、その背中を見送ります。



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「これが勇者だと?」

「そのようです、ガガーテス様」


 魔王の側近ガガーテスは目の前で倒れ込むネグロを訝しげに見つめて言った。黒い甲冑に包まれた青白い肌と、血のように赤く光る鋭い目つきは邪悪という言葉が何よりも相応しかった。


「う、ぐ……なぜ……」


 ネグロは絞り出すように言う。後に続く言葉はガガーテスまで届かなかったが、その意図は容易に理解できた。


「なぜこのガガーテスがここにいるのか?その答えはこうだ、今日が貴様の厄日であった……とな」

「いやいや、我々も驚きましたよ。まさかガガーテス様がこのような辺鄙へんぴな場所においでなさるとは」


 ガガーテスの横で一匹のゴブリンがへらへらと笑う。


「ふん、貴様らの不甲斐なさが人間どもを活気づけているのだ。放っておくわけにもいくまい」

「え、えへっ……面目ないです」

「このガガーテスが力を分け与えてやろう、これまでの無念を存分に晴らすがいい」

「そうは……させるか!」


 がくがくと震える足でネグロは辛うじて立ち上がる。

 ガガーテスはそれを一笑し、右手をかざした。


「『漆黒の投槍ジェッティ・ジャベリン』!」


 びりびりという耳障りな音と共に空間が歪み、黒い粒が溢れ出す。ガガーテスの右手に集まった粒は四角錐ピラミッド状へと変わった。


「がッ!」


 次の瞬間、ネグロの胴は貫かれていた。もっとも放たれた槍の大きさを考えれば、肉体が上下に分断されたと表現した方が正しいだろう。

 ゆっくりと後方に倒れた下半身を覆うように、上空に吹き飛ばされたネグロの上半身が落下する。

 ガガーテスは、さして面白くもないといった表情でゴブリンを一瞥した。


「この程度の生物をいくら葬った所で、勇者の肩書きが無ければ手柄にもならぬわ……!」




「これで二度目ですか」

「む……?」


 物陰から声が聞こえた。

 ガガーテスが目をやると、ネグロの亡骸へと近づいていく一人の男の姿が映った。


「我らが神の導く声に従って来てみれば……ネグロ様、何とも変わり果てた御姿で」

「何だ貴様は?こいつの仲間か?」

「しかし真っ二つの体を一箇所にまとめてあるとは、何とも親切な死に方です。一度目の服毒死もそうですが、ネグロ様は手間がかかりませんね」

「おい!貴様、何をやっている!?」


 ガガーテスには目の前の男が何をやっているのか理解できなかった。彼はネグロの分断された体を袋へと仕舞い始めたのだ。

 服装を見る限りは神父だろう。冒険者には到底見えない。ただその頭皮を光らせ、無防備に背中を向けて死体と向き合っている。

 それがガガーテスの逆鱗に触れた。


「何たる侮辱か人間風情がッ!このガガーテス様に隙を見せるとは!その傲慢な態度を地獄で悔いるがいいッ!!」

「『集光融解ソル・ファネス』」


 ゴブリンの視界が一瞬、眩しさに染まった。それと同時に耳に入ったのは、ジュウという何かが焼けるような音だった。


「少しくらい静かにしていてほしいものです」

「ガ、ガガーテス様……!?」


 事態は一変していた。

 先程まで横に立っていたガガーテスの姿が見えない。何事かと首を振るゴブリンを尻目に、神父は死体を詰め終えた袋を担ぎ、歩き始めた。


「さて、教会に戻りますよネグロ様。我らが神のお望み通りに、あなたは再び立ち上がるのです」

「ガガーテス様!どこへ行ってしまわれたのです!?ガガーテス様ァーッ!」


 ゴブリンの足が何かに当たる。

 それが唯一、残ったガガーテスの足首と気づくまでには、しばらくの時間が必要だった。



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「おはようございます」

「うわっ!?」

「ここはアナスタシス教会です」


 眠りながら祈りを捧げるネグロ様に、私は二度目の起床を促します。


「一体何が……!?そ、そうだ!手先……魔王の手先がいたんだ!」

「側近では?」

「どっちでもいい!とにかくヤバい奴だ!このままだとこの町も危ない!」


 どうやら目覚めは良さそうです。慌てふためいてはいますが、ネグロ様はしっかりと記憶していますね。


「王宮の場所を教えてくれ!本来なら奴の討伐を勇者ネグロの偉業に加えたい所だが、今の俺には手も足も出ない!国王に知らせて対策を練らなければ……!」

「教会を出て左手方向に三十分です」

「ああ!分かった!」


 私の言葉が終わるや否やネグロ様は再び旅立ちます。

 彼が恐れている魔王の側近は既に蒸発しています。太陽光の力を一点に集める魔法なので、文字通りの意味で蒸発です。ですが、この事実を私から言うことはありません。

 冒険者に物を言える立場ではありません。私は神父ですから。

 たとえネグロ様が人騒がせな笑い者になろうとも、大嘘つきだと激怒した国王がネグロ様を投獄しようとも、私の姿勢は変わりません。


 私の名前はモーテム・ドゥード。本日もアナスタシス教会にて皆様の祈りをお待ちしております。

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