星五つの病院
花 千世子
星五つの病院
ネットでの評判は良かった。
星五つの病院って、この近所じゃなかったし。
検査も寝ている間に終わって、痛くもかゆくもない。
おまけに検査結果は異常なし。
先生も看護師も親切。
この病院にはこれからもお世話になろう。
……と思うのだけど。
私は天井を見上げる。
蛍光灯が切れかけていた。
暗い。
この病院、とにかく暗いのだ。
天気の良い午前中だというのに、薄暗い院内は少し不気味。
これで明るかったら満点の病院なのになあ。
そんなことを考えつつ会計の番号を待つべく椅子に腰掛ける。
すると、背後でおじいさん二人が話している声が聞こえてきた。
「いやあ、これだから孫と遊ぶ時は気をつけんとなあ」
「本当な。ほら、子どもはやたらと顔に触ってくるだろう」
「そうなんだよ。昨日もおでこをべちべちと叩かれてなあ」
おじいさん二人の会話に、私はなんだかほっこりする。
ついつい耳を傾けてしまう。
「だからって、目まで叩かなくてもなあ」
「ま、額の目は子どもにとっちゃ、おもしろいもんだろうな」
「そうだなあ。でも、それで今日になって真っ赤になって病院にくる羽目になるんだからなあ」
「つっても元の目は大丈夫なんだろー?」
「ああ、額の目だけだ」
「じゃあ、まあ、不幸中の幸いってやつだなあ」
おじいさん二人が笑いだす。
私はその話の意味がわからなかった。
えっと、おでこにも目があるってこと?
それとも方言?
そんなことを考えていると。
「あ、呼ばれた。それじゃあな」
おじいさんの片方が立ち上がり、受付のほうへと歩いて行く。
そっとそのおじいさんの額を見れば、大きなガーゼが貼られてある。
ガーゼの隙間から目のようなものが見えた気がした。
私は驚いて持っていた診察券を落としてしまった。
いやいや、きっと見間違いだ。
そう思って床に落ちた診察券を拾おうとした時。
誰かの手が伸びてきて、診察券を拾う。
そしてこちらに差し出してくる。
「はい。落としたよ」
「ありがとうございます」
顔を上げて、お礼を言ったその瞬間。
私は叫び声を上げた。
目の前のおじいさんは、顔がなかったのだ。
目も鼻も口も、顔のパーツがない。
のっぺらぼうだ。
「あんた……。いや、なんでもない」
のっぺらぼうはそれだけ言うと、その場を立ち去った。
私は怖くなって会計を済ますと、逃げるように病院を出る。
もうこんな病院、二度と来ない。
妖怪がいるだなんて、誰に言っても信じないだろうけど。
でも、良かった。
妖怪に何もされなくて。
食べられたり、危害はくわえられたりはしてない。
それどころか検査をされただけだ。
検査の時は、眠っていた。
もしかしたら、その時に、何かあったんじゃ……。
いやいや、何かってなによ。
私が立ち止まると、すれ違う人がこちらを見た。
それから私を見て悲鳴を上げる。
そして一目散に逃げていく。
まさか。
私を見て叫んだ?
なんで?
私の顔、なにかおかしい?
私は震える手で、カバンから手鏡を取り出す。
鏡の中に自分の顔を映し出した。
「……は」
私は声も出せず、その場で立ちつくす。
手から落ちた鏡が、アスファルトに勢いよく打ちつけられてパリンと割れた。
星五つの病院 花 千世子 @hanachoco
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