ミステリはおいしい、ホラーは苦い
篠騎シオン
作家大募集
私が緊張しながら入ったそこは応接室だった。
見るからにふかふかのソファに豪勢な調度品。
国の機関であるにも関わらず、ここは随分と羽振りがよさそうだった。
その日私が訪れていたのは東京ひがし電気局、新たなクリーンエネルギーを国全体に供給している国営組織だ。
なんでも、そこのお偉いさんである局長が私に興味を持ったらしい。
「どうぞ、お座りください」
優雅な手つきで局長は私にソファに座るよう勧める。
私が座るとすぐに秘書のような方がお茶を出してくれた。
少しの間、沈黙がおりる。
局長は自分の前に出されたお茶を飲まないし、話もしない。
緊張してきた私は、そのお茶で少しだけ喉を湿らしてから、局長に向かって話を切り出した。
こういうときは思い切りが大事なんだ。フリーランスには度胸も必要だ。
「それで今回は私の作品に興味を持っていただけたということでしたよね」
私の言葉に局長は大きくうなずいた。
「そうですそうです。あなたの作品は素晴らしい、ぜひともうちで書いてはいただけませんかね」
その言葉に私は少し混乱する。そして当たり前のことを聞いてしまう。
「ここは出版社ではないですよね?」
「もちろん、私はこの東京ひがし電気局の局長です。ああ、名刺を渡しておりませんでしたね」
私はここが電気局とわかっていてこの場にいるし、受け取った名刺にも間違いなくそう書かれていた。
少し混乱する。
つまり私は電気局にうちで書かないかとスカウトされていることになる。
冗談で遊ばれているのではないかとも思うが、相手は立場もあるいっぱしの社会人。
それ相応の対応をしなければこれだからフリーランス気取りのニートがと叩かれてしまいそうだ。慎重に下手に出る。
「こちらで書く、というのは具体的にどのようなお仕事、契約になりますでしょうか」
私の言葉ににっこりと笑った局長は秘書から一枚の紙を受け取って私の方に渡してくる。
「お仕事はあなたの好きなように書いていただくだけです。年間契約でこれだけお支払いします。それプラス評価によって報酬上乗せということでいかがでしょうか」
渡された紙には売れない作家である私が考えたこともないような金額が書かれていた。私が印税で得ていたお金、それを補うためにしていたバイト代と桁が一つ違う。
あまりのことに疑問をもつが、そもそも売れない作家である一人の人間捕まえて出来ることなんて限られている。遠い寒い地でカニの漁でもさせるか、地下で馬車馬のように働かせるかと言ったところ。
しかも仮にもここは国の施設だ。そんな犯罪まがいのことをするはずがない。
となると、ありそうなのは……
「好きなように書いていいとおっしゃってましたけど、お仕事は広報関係とか……ですよね? 国に都合の良い記事を書いたり、野党のネガティブキャンペーンをしたりみたいな」
「いえいえ、そんなことはさせませんよ。あなたには、あなたの好きなように物語を書いていただく。本当にそれだけですよ。ささ、サインの方よろしくお願いします」
せかされてサインの手が動きそうになるのを慌てて踏みとどまる。
なんだこのうますぎるおかしい話は、信じていいはずがない。
でも次の瞬間私は襲われた。悪魔のささやきに。
「本当にあなたの作品は素敵なんですよ。私らのあいだじゃ大人気です」
疑う気持ちはその一言で靄のように消え失せてしまった。
自分の作品が素敵と言われて心動かない作家がいるだろうか。
ここの人たちが滅茶苦茶私の小説が好きで、国の施設だけど私のこと裏で囲っちゃおう、独占しちゃおうとか思ってるのかもしれないんじゃん。こんだけ羽振りがいいわけだし、それならこの超好待遇もうなずけるよね。
私の作品を褒めてくれる人がだまそうとしてるなんてそんなことないよね!
「わかりました」
妄想をしながらにやける顔を押さえつけ、手を動かす。
はっと正気に戻った時には目の前にサイン済みの書類が完成していた。
「これで契約完了ですね」
そう言うと局長さんは秘書に契約書を渡してすっくと立ちあがった。
「今日から大丈夫ですよね? 職場を案内します」
「あ、はい」
扉の外に出ようとする局長さんを慌てて追いかける。
今日からなんて急だな、そう言えば契約金とか職務内容については見たけど、労働条件って確認してないんじゃ……!
致命的な自分のミスに気付き慌てた私に、局長が落ち着いた様子で話しかけてくる。
「本の虫、という言葉を知っているかね?」
「はい?」
いきなりの言葉と、自分がどうなるのか心配でたまらなかった私はぶしつけに聞き返してしまう。
そんな私の様子にも怒らずに、局長は静かに続けた。
「世間一般では読書好きの人を表す言葉でしかないけどね。ここでは違うんだよ」
話しているうちに、いつの間にか一つの扉の前にたどり着いていた。
局長は私の目をじっと見つめてから、その扉をゆっくり押し開けた。
窓がある小さな部屋。部屋の中には何の変哲もなさそうなデスクが置いてある。
私はデスクには目もくれず、引き寄せられるように窓の近くに寄った。
なにかが、いる。
「契約してくれた君には、私たち電気局が世界一クリーンなエネルギーを提供できる秘密が明かされる。これだよ」
「これ、芋虫?」
窓の向こうでうごめいていたのは、人間の子供大の芋虫のような生き物だった。
口を動かして、何かを懸命に食べている。
一匹じゃない。
見えるだけで数匹いてそれぞれ一心不乱にもっきゅもっきゅとやっていた。
「あれは何を、食べているんですか」
「食べているのは本。つまり人間が作った物語さ。あれが私たちの言う本の虫だ。物語を食べることで、彼らはエネルギーの塊である石を生み出してくれる。二酸化炭素も出さず有限でもない、最高のエネルギーの作り手たちだ」
普通ならあんな大きな虫、おぞましいと思っただろう。
でもなぜかそんな気にならない。不思議と愛着が湧いてくる。
相槌も打たずに虫に見入っている私の隣で局長は話を続けた。
「そして、君の物語は彼らに好評でね。君の出版作品はすべて食べてもらったんだ。でも彼らは一度食べた物語は受け付けない。複数に見えて、種すべてで情報を共有しているらしいから全然量が足りないんだよ」
もっきゅもっきゅ。
「そうそう、彼らはミステリのような手の込んだ作品を好むよ。ホラーは個体によっては苦いと感じたりするようだ。面白いね。種としてのつながりはあっても個体によって好き嫌いがあるなんて。我が国のエネルギー源を担ってくれているからね、彼らについての研究も進んできているんだよ」
局長の長い話はあまり頭には入ってこなかった。
けれどこの虫たちが好む物語について私の耳はしっかりと拾っていた。
そうか、私はミステリをかけばいいのか。
私はそのためにミステリ作家になって、ここに呼ばれたのか。
彼らに奉仕するために。
私は彼らのために物語を書きたくてうずうずしてきていた。
「あの、私は書けばいいんですよね!」
デスクの上にある紙とペンをちらちら見ながら私は局長に尋ねる。
「ああ、そうだ」
局長の言葉が終わるか否か、私は机に飛びついて頭の中に浮かんできた物語を書き殴っていった。
彼らのために書いているのだと思うと、多幸感に包まれた。
「局長、終わりましたか」
「ああ、終わった」
後ろ手に扉を閉め、ほっとして小さくため息をつく。
今日も無事、彼らに食べさせるための物語の書き手を補充することができた。
「今回は持ってくれるといいのだが……」
「虫の体液は効果絶大すぎますからね」
そう、あの男の飲んだお茶には我々が仕えるべき虫たちの体液を混ぜていた。
だからこそ、あんなふうに虫たちのために必死に創作を始めたのだ。
体液を体内に取り込むことで、私たち人間はあの虫たちを愛しいと思い、尽くすようになる。
あの虫たちが美味しいと思う物語を創り、彼らが生きやすい環境を整えるように動いていくのだ。
その変わり、彼らは私たちにエネルギーをくれる。
なんとWin-Winな関係だろうか。
数匹の虫で、日本中を補って余りあるほどのエネルギー。
今や日本はクリーンエネルギー大国と呼ばれ、外国からもエネルギーを要請する声が届いているのだ。
作家は虫たちのために懸命に物語を書く。
ただ奉仕したい気持ちが強すぎて、限界まで書き続けた作家が体を壊すのだけがむずかしいところ。
これではいくら変わりがいても足りない。
そう嘆きながら私は歩き出す。
これから私はまた、新しい物語の書き手を探しに戻らなくてはならない。
クリーンなエネルギーを生み出すために、いや心の中くらい建前はよそう。
私はあの虫たちに、美味しい食事をとってもらうために、作家を探すのだ。
ミステリはおいしい、ホラーは苦い 篠騎シオン @sion
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