シザーおっぱい ~胸の谷間がハサミ~

kanegon

シザーおっぱい ~胸の谷間がハサミ~

【起】


 桜の花が散った頃。映画鑑賞同好会の部室に射し込む日差しが暖かいので、セーラー服の胸元をぱたぱたして風を送っていたら、一年生の男子生徒がノックとともに入って来た。

 どうせ見学だろう。あちこちの部活を見て回って、最終的には女子にモテそうなサッカー部あたりに入部するのが無難な青春学園生活だ。

「入部届の紙、書いてきました」

 紙には茂見啓助と名前が既に書いてあった。ふりがなは、もみけいすけ。

「本気で入部するの? ここは部といっても実質私一人しか部員いないから、友達もできないよ。サッカー部入った方がいいんじゃない? あ、ただし三年生の女子マネはキャプテンと付き合っているから好きになったらダメだよ」

 私は入部届の紙を、縦長に二つ折りにし、肩にかかる程度の髪の毛をさらっと撫でた。

「俺、運動はイマイチ苦手で。映画は好きです」

「映画なんて、家でアマゾネスプライムで視聴できるでしょ」

 部室には映画鑑賞をできるスクリーンも無いし、ネット接続できるPCも無い。予算が無いのだ。

 茂見くんと会話をしながら、私は気付いてた。彼の目線が私の胸に注がれている。

 私は、いわゆる巨乳だ。制服のセーラー服の上からでもズドンズドンだ。

「映画の面白さを語り合える相手がほしいんです。だから入部します。先輩のお名前は?」

「私は二年生の大谷波斯美です」

「じゃあ先輩のことは、はしみ先輩って呼んでいいですか?」

 いきなり下の名前とは。随分積極的な一年生だ。

 でも、それならば尚更警戒しなければならない。私は誰とも仲良くなってはいけない哀しい運命を背負っている。

「別に名前はどうでもいいけど、私と仲良くなろうとは思わないでね。間違っても、私と恋人になりたいなんて考えないで」

 茂見くんは間の抜けた表情をした。

「あと、恋人どうこう関係無く、私の胸には絶対に触らないで。絶対だよ」

 強い口調で言ったので、茂見くんも気圧されたようだ。

「いや、そりゃ、同意も無しに触ったらダメなのは当たり前ですから」

「そうじゃないの。私、呪いを受けてしまってシザーおっぱいになってしまったの」

「呪い? シザー?」

「映画のシザーハンズは知っているでしょう。あれは両手がハサミだけど、私の場合は胸の谷間がハサミなの。おっぱいで挟んだ物は、何でも切ってしまうの」

 縦長に細く折った入部届の紙を、自分の胸の谷間に差し込んだ。妙に鋭い音と共に、紙の下半分は切れてしまった。


【承】


 実際にシザーおっぱいを目の当たりにして、その切れ味の恐ろしさに顔面蒼白になった茂見くんに、私はこうなった哀しい経緯を語り始めた。

 それは、もう一年ほど前のことになるだろうか。

 私は、セーラー服の下でいつも首から下げている岩居神社の学業成就のお守りを無くしたことに気付いた。体育の授業の前に首から外したところまでは思い出した。

 偶然お守りを拾ってくれたのは、サッカー部の二年生のイケメン先輩だった。三年生になった現在はキャプテンだ。

 私はイケメン先輩に鄭重にお礼を言った。だが、その場面を先輩の彼女、つまりマネージャーに見られていたらしい。

 嫉妬深い性格のマネージャーさんは、いわゆるつるぺたで、私の胸部とは対照的だった。

 マネージャーさんは、どこぞの神社で丑三つ時に呪いの儀式を行った、……らしい。私は実際にはその場面は目撃していないが、噂で聞いた。

「巨乳恨めし。巨乳滅ぶべし。巨乳呪われろ」

 と、言ったのかどうかは知らないが、呪いは現実になった。私の胸の谷間はハサミになってしまったのだ。

 まず、最初に切れたのは、イケメン先輩が拾ってくれたお守りだった。次に、当時長かった私の髪が風に靡いて胸の谷間に入り込んだ時、髪がざっくり切れた。この時点で、私は呪いの恐ろしさに気付いて戦いた。

 先ほどの入部届のように、胸の谷間に何かを差し込む実験をしてみると、その切れ味の鋭さが理解できた。ロングヘアは諦めてショートにした。

 高校入学早々、私は過酷な運命に苛まれてしまった。これでは、仮に恋人ができたとしても胸を揉まれるわけにはいかない。もちろん、パイ○リなんてもってのほかだ。いや、こんな不気味な女に、そもそも恋人などできるはずもないだろう。映画のシザーハンズのようなものだ。

「……それ、呪いを解くことはできないんですか?」

「できるものなら、とっくにやっている。岩居神社に行ってお祓いも受けたけど、ダメだったのよねえ。どう、茂見くん、私のこと、怖くなった?」

 茂見くんは、一瞬言葉に詰まった。

「そ、その……なんて言っていいのか分からないですけど、要は怖いのは、胸の谷間に何か物を入れたら切れてしまうってことですよね? 胸の谷間に近づきさえしなければ、特に問題は無いんですよね」

 私は無言で頷いた。それだけでも巨乳なので微かに揺れる。

「だったら、波斯美先輩は波斯美先輩ですよ。俺は間違っても先輩の胸に触ったりしませんから」


【転】


 春になって暖かくなったら変質者が出現する、とは、よく聞く話だ。

 最近、高校近辺に痴漢が出没するらしい。

 薄暮の時間帯に女子生徒の背後からそっと接近し、後ろから胸を鷲掴みにして、女子生徒が驚いて動揺している間にダッシュで逃げるらしい。被害に遭っているのは胸の大きい子ばかりらしい。許せない卑劣な犯罪者だ。

 そういえば、あのサッカー部の三年生のマネージャーさんが呪ってくれればいいのに、と思った。だけど、それは無理筋か。犯人は胸の大きい子ばかりをターゲットにしている。マネージャーさんはつるぺた貧乳だ。まず狙われることは無いだろう。自分が被害に遭わない限り、呪いの力を発揮できるような強烈な憎しみを抱くのも難しいだろう。

 と、他人事で義憤を抱いている場合じゃない。それって、私もそのうち狙われるかもしれない、ということだ。

「波斯美先輩、それですよ。先輩が囮になって、痴漢に胸を揉まれたら、どうなります?」

 茂見くんがとんでもないことを言い始めた。

 後ろからおっぱいを鷲掴みにしたら、指先が胸の谷間の方へ入り込む形になるだろう。

「でもそれって、私が痴漢に胸を揉まれちゃうってことでしょ。イヤよ、そんなの。茂見くんは、私のおっぱいが見ず知らずの痴漢に揉まれてもいいの?」

「良くはないです。でも先輩にとってシザーは恐ろしく哀しいことかもしれないけど、それが役に立つ成功体験があれば、前向きに捉えて行けるかな、って思ったんですけど、どうでしょう?」

 茂見くんは茂見くんなりに、私のことを心配して一生懸命考えているのだけは理解できた。

「分かったよ。やるだけやってみるよ、囮」

 決断を実行に移したのは、ゴールデンウィークに入る直前だった。

 カラスの鳴き声が寂寥感をいざなう夕暮れ時、私は胸の大きさを強調するデザインの黒いTシャツを着て、学校の周辺を歩いた。少し離れた場所で茂見くんが何かあった時に備えて見守ってくれている。

 背後に気配を感じたと思ったら、後ろから回された両手で、胸を強く握られた。「きゃっ!」

 私の悲鳴と、異音は同時だった。後ろから胸を鷲掴みにすると、親指以外の指八本は胸の谷間に入り込むことになる。そこにシザーが発動したのだ。

「ぎゃぁぁぁぁぁ! ゆ、指が、指がぁっ!」

 大きな悲鳴を挙げて、痴漢は地面をのたうち回っていた。見ず知らずのオッサンだった。

 犯人の指八本は第二関節あたりで切断されていた。顔に浴びた返り血が気持ち悪く、私は泣きそうだった。

「これじゃスプラッタホラーだよ……」

 痴漢は撃退した。だが、そこに達成感は無かった。


【結】


 実行の日をゴールデンウィーク直前にしたのは、何かあったとしても、すぐに学校が長期の休みに入るので、時間的余裕を得ることができるからだった。

 昭和の日も憲法記念日も、私は家で落ち込んで泣いていた。このシザーという恐ろしい呪いと、一生付き合って行かないとならないのだろうか。

 五月四日のみどりの日になって、茂見くんから電話がかかってきた。いや、電話もSNSの連絡も、それ以前から幾度も来ているのは知っていた。

「やっと繋がった。波斯美先輩、俺、先輩をかえって傷つけてしまったのかなって責任を感じていたんですよ。それで、罪滅ぼしというか、シザーの呪いを解く方法を発見したんですよ」

「どうやってやるの?」

「発想の転換です。呪いを解くのではなく、もっと大きな呪いで上書きすればいいんだって気付いたんですよ。今夜の丑三つ時に岩居神社に行って実行してきますので、明日の朝を待っていてください」

 言うだけ言って電話は切れた。呪いって、実行することを他人に話したらダメって噂があったような。でも、私だってマネージャーさんから呪いを受けたという噂を聞いているけど、やっぱりシザーで苦しんだから、他人に聞かれても関係ないのかも。

 翌朝、起きてみると私は、昨日までの巨乳がまるで嘘だったかのように、つるぺた貧乳になっていた。

_.__._

 こんな感じで、真っ平らな胸にぽっちりと乳首が二つくっついているみたいな感じになってしまった。

 だが、貧乳ということは、谷間が無い。谷間が無ければシザーも発動しないのでは。

 不要な紙や髪の毛などを、平らになってしまったおっぱいの間に挟んで実験してみた。おっぱいを両腋から寄せて無理矢理谷間みたいなものを作ってみても、シザーは発動しなかった。電話が鳴った。

「先輩、貧乳になる呪いをかけてみました。どうですか?」

「貧乳になったよ。それで、シザーも無くなった」

 自分のアイデンティティだった巨乳が無くなった喪失感はあるが、シザーが消えた安心の方が大きいように思えた。

「茂見くん、入部届はシザーで切っちゃったから、正式受理されていないんだよね。連休開けたら、改めて入部届を書いてね」

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