創作落語【お化け長屋殺人事件】

鮎河蛍石

お化け長屋殺人事件

出鱈目でたらめ市市民ホール 2021年3月14日 宇曽月亭うそつきてい一門寄席よせにて収録】


 ワタクシ前座を務めさせていただきます宇曽月亭法螺吹うそつきていほらふきと申します。以後お見知りおき頂けるとこれ幸いにございます。

 さて春の陽気が頭のネジをいい具合に緩めて遣わす今日この頃でございます。毎年この時節になりますと宇曽月亭総出で、頭が春めいた創作落語を披露する会を毎年開いておる訳です。「法螺坊よ、お前は噺の準備ができてるかい?」なんて出番を控えていなさる師匠の印知奇いんちきに、白湯をワタクシが持っていくとお尋ねになった。「もちろんでございます」「だったらお前、前座をやってみな」てな具合に今さっき急に決まってワタクシがこの高座に上がっているのでございます。

 目敏いお客さん方ならもうお察しが付いていること思います。ワタクシの額をテラテラと照らす汗の滝、そうです噺の準備ができてない。いやはや参った参った。しかし高座に上がった手前、引っ込む訳にはございません。

そろそろ一席打たせて頂きます。


 江戸の下町てのは不貞ふてえな輩の巣窟で、例に漏れずこの長屋、住人達が空き部屋にガラクタだのなんだのと家主に無断で押し込んでおりました。そんなある日、家主が言った「この部屋はお前たちの物置部屋じゃないんだよ!今すぐ荷物を引きとって貰おうか!この空き部屋に新しい借り手が見つかるまでに片づけとくれ!でないと部屋の中身、全部ほっぽり出すからね!」

 だども荷物を引き取ろうにも、長屋の住人達の部屋は住むにやっとの間取りでもって、荷物を入れたら自分が入る隙間もない。

 困り果てた住人達は長屋一番の古狸、杢兵衛もくべえの知恵に頼った。「だったら幽霊が出るってことにして、次の借り手が付かないようにしちまおう」そいつは良いと長屋の住人達は嘘の幽霊話を作り上げた。

 手筈はこうだ。長屋に住みたいと言う者が現れたら、家主は遠方に住んでいる。だから代わりに杢兵衛が空き部屋へ案内をする。そして嘘の幽霊話を吹き込み、良いころ合いで長屋の住人たちで音を鳴らすだの、濡れた手拭いを怪談にびくついて目を覆った見学人の顔目掛けてそっと撫でつけてやる。

 そうやってあの手この手で新しい住人が居着くのを防いできた。何ならガマ口財布を落としていく見学者もおり、中身を皆で山分けしたりやりたい放題。

 ある日、威勢の良い職人風の大男が長屋にやってきた。「おい!この長屋に空きはあるのか?」「ちょいと待ってくれ、相談役を呼んでくる」「おう」

 ややあって杢兵衛が大男の相手に立つ。

「お兄さん、空きは一つあるんだが断っておかにゃならんことがある」「なんでえ断りってのは」「ええこの長屋出るんです」杢兵衛が両手をしな垂れブラブラ振って見せる。「なんだその手は」「幽霊ですよ幽霊、この空き部屋はね押し込み強盗が昔あって、殺されちまった嫁さんの幽霊が恨めしい恨めしいって、毎夜毎晩泣くんでさ」「そいつは良い俺は独り身なんでな、夜は寂しくって寂しくってよ、幽霊でもなんでも居てくれた方が助かるってもんよ」どうやらこの大男、頭がおかしいようで杢兵衛は参ってしまった。

「不味いね」その様子を空き部屋の隣から見ていた源さんが、慌て腐って物音を鳴らす。

「ほほう!こいつは賑やかでいい長屋だ!気に入った!おっ!手拭いかい気が利いてるな!」杢兵衛が用意していた濡れ手拭いをむんずと奪った大男、顔をひとしきりぬぐうと「決めた!ここに住む!」

 手拭いを杢兵衛につき返した大男、空き部屋の引き戸を一気に開け放った。

「いけねえ!」

 杢兵衛が言い終わるのを待たずにガラゴロと空き部屋からガラクタだのなんだのが一気に転がり出てくる始末。

「い痛痛痛つつつ……」ガラクタの雪崩から這い出た大男、空き部屋の中に何かを見つけると「ぎゃあああああああああああ!!!!!!!」と叫んだ。「なんだ!?」「どうした!?」と騒ぎを聞きつけ長屋の住人が皆飛び出てくる。


 空き部屋の中に残ったガラクタの山にやがる。

「ひい!」「どどどど同心を呼んでくる!」

 いよいよ雲行きが怪しくなってきやがった。


 ややあって同心たちが長屋に到着すると早速検分が始まった。

 ガラクタの山を通りに運び出し、御座ござへ仏を横たえた。

 御座の横には桶が並んでいる。

 この桶から仏は転がり出たと判断された。桶の大きさはちょうど人、一人が入る大きさときた。

 しかしこの桶、だれの持ち物やら見当がてんでつかない。

あっしの桶です」なんて言おうもんならお縄に掛かる。

 長屋の住人たちは一向、押し黙って下を向いてるし、さっきまで威勢の良かった大男とくりゃガタガタと歯の根が合わず話にならない。無理もねえ出鼻でばなに死体を見ようもんなら誰だってこうなる。

「こりゃらちがあかねえ口寄せはいるかい」

「ここに」

 この人こそ同心きっての隠し玉、口寄せ同心その人だ。

 口寄せ同心は遺留品に触れると亡者の声なき声を聞くことができる。

「ははあこの仏さんは夜鷹よたかだな」口寄せ同心こと惣兵衛は桶に触れるや否やまくし立てる。「仏さんに一通り聞いた限りじゃ杢兵衛おまえがったと俺は踏むね。何よりこの長屋に一番長く住んでるのはお前さんじゃないか、聞かなくたってわかるよ、この辺を見回ってんのは俺なんだから、それにこの仏さんを見たらわかるが、こんな木乃伊みいらになるまで相当時間が掛かるだろ? こんなになるまで仏さんの入った桶を隠しおおせるのは、一番長く長屋に住んでるお前さんしか居やしないんだよ、さしずめ夜鷹を弾みでっちまって慌てたお前さんは」「もういい!」杢兵衛が叫ぶ。「俺がったんだ」

 杢兵衛はポツリポツリと経緯を語る。

「恨めしい恨めしいってあの夜、っちまった夜鷹が毎晩毎晩、枕元にたつんでさ、だからだから……」

 杢兵衛は床下に隠した夜鷹の亡骸を桶に詰め蓋をして空き部屋にガラクタと一緒に片づけた。そんな事情があるとはつゆ知らず、長屋の古狸の様子を見た他の住人達もガラクタを空き家に一切合切押し込んだ。しかし大男が無理やり戸を開けたもんだから、崩れた出たガラクタの山から、夜鷹の亡骸が飛び出したって寸法だ。

 ふんじばった杢兵衛の縄を引きながら口寄せ同心が、やっと落ち着いた大男にこう尋ねる。


「そんでどうするよ?部屋がもう一つ空いたが、お前さんこの部屋に住むのかい?」


 お後がよろしいようで。

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創作落語【お化け長屋殺人事件】 鮎河蛍石 @aomisora

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