第2話
その星の空の色は、青ではない。赤や、黄や、茶色。それらをふんだんに混ぜた色が、この星にとっての空だ。
文明が滅んだ星の調査に来ていた調査隊の一人は、そんな空の色を、呼吸装置を付けたマスク越しに見上げていた。
重い防護服に身を包んだその人間は、ゆっくりと辺りを見回す。
この地に住む命は、一つもない。様々な種類の、様々な命が、この地で生きるのに限界を迎えた。
空の色を変えた張本人でもある、たった一つの人間という種族は、それなりに生きながらえることに成功した。だが、長くは続かなかった。
あるとき、遂に見切りをつけ、彼らは、故郷を棄てた。空の色を元に戻すことは、しなかった。
淀みきった風が吹き抜けていく。誰もいない、文字通り枯れ果てた大地の上を、それでも風は吹き続ける。
人間が残した遺産の中で、原型をとどめているものは、ほとんど無い。風に晒され、時間に晒され、科学と文明と発展の象徴は、形を失っていく。
かつては、恐らく町があったであろう場所。人が行き交い、建物の中ではそれぞれの幸せが存在し、それぞれに興じていたであろう場所。
今、その地に、そのような面影は欠片も残されていない。あるのは、遺産の残骸と、降り積もった時間と。
一つの、大樹だった。
茶色い幹は、何千人という数の人間が、両手を広げて手を繋がないと一周できないほど太く。空に、緑という名前を模した葉を広げ。どんなビルよりも、高い背を持って。
大樹は、この荒れ果てた大地に、根を下ろしていた。
大樹の持つものは、この星のどこにも無いものだった。この星が、かつては持っていたものだった。
もう星から消え失せたと見せかけて、どこからか根を下ろした種は、様々な偶然と奇跡が重なった結果、どんどん成長を遂げていった。
どんな強風が吹き荒れようとも、ここから離れない。
枝を伸ばすこの樹に、もし口があったなら、そう言ったかもしれない。
その人間は、そう思った。
「ひいおばあちゃんに、見せてあげたかったな。この景色」
この人間の曾祖母は、かつてこの星に生まれ、途中までこの星で育った。
辺りに満ちる毒素の影響で発症した病気で両親を亡くした曾祖母は、ずっと思っていたそうだ。この星が自然豊かであったなら、と。
だが、いつしかやがて、人間の都合で汚したこの星に申し訳が無いから、ここを自然豊かな星に戻したいと、そう思うようになっていったそうだ。
この星がなかったら、自分は生まれていなかったと。自分が生まれていなかったら、あなたのおじいちゃんにも、お母さんにも、あなたとも会えていなかったと。病床で、曾祖母はよく言っていた。
風がまた吹いた。建物が少しだけ崩れた。ざわざわざわと、葉が音を立てた。
樹が見上げる空。その色に、ほんの少しだけ、青色が混じっていた。
その後、この星がどうなったのか。空の色は、戻ったのか。それは、時間しか知らない。
捨てた人、捨てられた星 星野 ラベンダー @starlitlavender
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