捨てた人、捨てられた星
星野 ラベンダー
第1話
文明の産物と象徴である、連なる大きな建物群は退廃し、ぼろぼろに朽ちており。
立ちこめる空気は、生き物が吸い込めるような代物ではなく。
天を仰げば、そこに広がるのは赤と黄と茶がどろどろに混ざり合った“空”だけ。
「もう、この星ともさよならだね」
隣を歩く君が言う。君の姿は防護服に包まれており、顔は空気中の毒素をろ過する呼吸装置がついたマスクで覆われている。
外に出るとき人は、ずっとこの格好でいなければいけなかった。そうせざるをえなかった。
「そうだね」
私は前を向いたまま応える。前方には、大荷物を抱えてばらばらに歩く人達がいた。皆俯いて、私達のように会話をするものはいない。
「寂しい?」
「せいせいしてる」
そこで咳き込んだ。いくらマスクを装着していても、毒素の混じった空気は入り込み、体を蝕む。
むせ続ける私の背中をさすってくれる君は、「どうして?」と尋ねてきた。
「遊ぶどころか、少しも外出出来ないし。すぐ具合は悪くなるし。それに、皆ずっと暗いし」
植物含む生物はとうに消え失せた。“自然”など、物語の中にしか出てこなかった。
そうしたのは他ならぬ人なのに、人は自分達が招いたその世界で、生きていけなかった。
人類が生み出した科学は暴走し、人類の手で制御されることを嫌った。そして気がついた時には、どうあがいてもどうにもならないところまで来てしまっていた。
自分達が生んだ問題を自分達で解決できず、挙げ句の果てに逃げようというのだ。その中に私も入っていることが、ただただ情けなかった。
でも、私はまだ子供だ。周りの大人に従うほか無い、何も出来ない子供なのだ。
まだ苦しかったが、私は歩き始めた。科学の残骸が残るこの場から、一刻も早くこの場所から去りたかった。
「君はどうなの?」
「ちょっと寂しい」
君はそう言って、おぞましい色合いの“空”を眺めた。
「僕は……本当なら、この星で、一生を終えたかった」
私達は、死んだも同然のこの星を捨てる。否、殺したも同然、といったほうが正しい。
目の前に、大きな宇宙船がある。様々な人が、荷物を抱えて、足早に乗り込んでいる。振り返る人は、誰もいない。
この星を殺した科学の産物の、唯一褒めるべき点は、この宇宙船だろうか。これがなければ私達は脱出できず、死に征くこの星と運命を共にしていたのだから。
でもその科学は、この星を救いはしなかった。救えなかった。
「私もだよ」
宇宙船に入り込む直前、私は言った。
少し前を歩いていた君ははっとしたように振り向き、そしてマスクの奥で、にっこりと笑った……ように感じた。
「次の星では、どんな生活が待っているだろう。空の色はどんな感じなんだろう。空気の味はどういうものなんだろう。もうこんな風に、いちいちマスクつけなくてもいいんだよね。自由に外出できるんだよね」
君の言い方は期待に胸満ちているのに、どこか取って付けたような響きが感じ取れた。
君は周りを見回した。ぐるりと。360度。時間をかけて。
そして最後に、“空”を見上げた。
私もつられて、見上げた。
「もし、次の星がどんなに素晴らしい星だったとしても」
どんなに汚くても。どろどろでも。本来の色と全く違っていたとしても。
「私は、この星を忘れることはできないと思う」
それでも、私にとっての“空”は、この“空”一つだけだ。
この私の言葉に頷いてくれたのは、君一人だけだった。
どうか次生まれ変わったときは、自分のことを大切にしてくれる住民と出会えますように。聞かれるかどうかわからない祈りを抱えながら、私は、“空”の色を焼き付けた。
ありがとうと呟いた。届いてほしい存在に届いたかどうかは、誰にもわからない。
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