人がゾンビに見えてしまう人

関根パン

人がゾンビに見えてしまう人

 診察に訪れた男は、医師の方を見ないように視線を床に落としていた。


「症状が出始めたのはいつからですか?」


 医師の質問に、男は震えるような声で答えた。


「一ヶ月ほど前です。自動車の運転中、追突事故に巻き込まれて、頭を強く打ったんです。幸い外傷が酷く残るようなことはなかったのですが、それ以来……」


「どんな症状が出ているんです?」


「その……、人間がみんなゾンビに見えるんです」


「ゾンビ?」


「ええ」


「ゲームや漫画に出てくるようなものですか」


「はい。皮膚はただれ肉が腐り落ち、目玉が飛び出し骨が剥き出しになっている、腐った死体のような……」


「私のことも、そう見えていますか」


「はい……。それに、自分の手足や体も……。だから、鏡もずっと見ていません」


 それが嘘でないことは、真夏だというのに男が手首まで隠れる丈の長い服を着て、手袋まではめていることからも頷けた。顔は不精髭に覆われて、髪もぐしゃぐしゃだった。

 

 ろくに風呂にも入っていないらしく、体も臭う。はたから見れば彼の方がゾンビに近かった。


「周りに話しても信じてもらえないのです。そもそも、相談したい家族や友人も、みんな化け物のような姿に見えてしまって……」


 男は伏し目がちに言った。


「先生。治りますでしょうか」


「まずは検査をしてみましょう」


 男は脳波の測定やCTスキャンなど、各種の脳検査を行った。検査にあたる技師や看護師、誰に接する時にも男は怯えた様子であった。


 検査の結果を見た医師は男に言った。


「感覚器をつかさどる脳神経の一部が、損傷を受けているようです。おそらく原因はそれでしょう」


「感覚器?」


「わかりやすく言えば、俗に『第六感』と言われるような、現代の医学では未解明の部分です」


「治りますか?」


「正直に言って手術では難しいでしょう」


「そんな……じゃあ、このまま……」


「ご安心ください。うちは最先端の医療を研究している病院です。催眠療法を試してみましょう」


「催眠療法?」


「視神経には何も異常が出ていません。第六感を直すことは難しいですが、視神経に錯覚を起こすことはできます。ゾンビを知覚しても、肉体をともなった人の姿に脳内で変換できるよう、脳を騙すのです」


 それから専門の医者が来て、男に催眠療法を施した。


「いかがですか」


「驚きました。きちんとみんな元通りの、人の姿に見えます」


「ひょっとしたら、もともとゾンビであるキャラクターや扮装が、人の姿に見えてしまうようなことが起きるかもしれませんが」


「人がゾンビに見えるよりはずっとましです。先生、ありがとうございました」


 男は晴れやかな顔で帰っていった。


 一ヶ月後、経過の報告のために男はまた病院を訪れた。以前とは違い、髪も髭も整えて綺麗な身なりをしている。


「その後、いかがですか。生活に支障は出ていませんか」


「ええ、問題はありません。妻や息子の笑顔もまた見られるようになって、元通りの生活が戻りました。ただ、ひとつちょっと気になることがありまして」


「なんでしょうか」


「私の家は鉄筋のマンションなのですが、なんだか壁に、人間の顔や手足が浮き上がって見えるような気がして――」




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