人形の踊る街

松本まつすけ

キリキリ、クルクル、カラカラ

 石畳の道路が続く、ガス灯だけが辺りを照らす薄暗い街外れ。

 レンガ造りの建造物ばかりのこの通りは廃墟が多く、人通りが少ない。


 寂しげで儚げなこの夜道に、昼間のような賑やかさなどあるわけもなく、誰かが通りすがろうものなら靴底の音がよく響く。だから、その音はとてもよく聞こえた。


 キリキリ、クルクル、カラカラ。


 それは歯車の軋む音。

 それは歯車の回る音。

 それは歯車の擦れる音。


 人の居ない石畳の通りに、その音はけたたましいくらい、響いていた。

 その音の正体を知る者は多い。その音の主を知らない者は少ない。


 ガス灯に照らされ、ソレは踊っていた。

 まるでそこが自分のためだけにあるステージかのように。


 キリキリ、クルクル、カラカラ。


 誰に見せるわけでもない踊りを踊り続けるソレの正体は、人形だった。

 その等身大の人形は、暗がりだからこそ、一目見れば麗しい少女と見間違える。

 二目見れば命の宿らないガラス玉の瞳に気付く。


 その人形を知る者は多い。その人形を知らない者は少ない。

 だが、いつの誰がどのようにして作られた人形なのかはもう知る者はいない。


 人形はとても見事に踊る。

 人の身体には真似できようもない動きを繰り返し続ける。


 足の先は月を指し、石畳を突く。

 頭の先は螺旋を描くように回り、そしてピタリと止まる。


 それが人形でなければ、誰もが憧れた。

 それが人形でなければ、誰もが恋をした。

 それが人形でなければ、誰もが嫉妬に狂った。


 でもそれは、いつの頃からか、いつまでも踊り続けるだけの人形。

 かつて愛されてきて、今は愛想の尽かされた人形。


 キリキリ、クルクル、カラカラ。


 古ぼけて、砂ぼこりにまみれて踊る人形は、もう既に肌も傷み、関節もヒビが入り、見るも無惨だった。それでも感情のない人形は踊り続ける。


 いつまで踊り続けるのか、いつまで踊り続けられるのか。

 誰も知らない。誰も知ろうとも思わない。


 直そうとしても、直し方の分かるものなどとうにいない。

 どのようにして作られているのかすら誰も知らないのだから。

 ただ、いつか壊れてしまうであろうそのときまで、人形は踊り続ける。


 キリキリ、クルクル、カラカラ。


 歯車は、誰もいない夜道にその音を響かせる。

 誰に見せることもない踊りを続けて、夜も更ける。


 かつては沢山の仲間がいて、かつては沢山の観客に見守られていて、沢山の歓声を浴びていた人形も、今はたったの一体。


 人形の踊る街では、もう最後の一体。

 今宵もまた、人形は踊り続ける。

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人形の踊る街 松本まつすけ @chu_black

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