カーナビの導く先

きょんきょん

カーナビの導く先

 あれは、真夏の夜に起きた、今でも忘れられない出来事です。


 あの日、わたしは横浜での仕事を終え、翌日は朝一番で千葉に向かわなければなりませんでした。

 自宅に帰るよりも千葉で一夜を過ごした方が時間的にも身体的にも楽だったので、近場のホテルに事前に予約を入れ社用車で横浜から千葉まで車を走らせていました。


 その日はハードワークだったので疲労も蓄積していたので、ホテルに着いたらすぐ寝よう。そう決めていました。

 道中は渋滞もなく順調そのもので、千場に入ってもラジオから渋滞情報が流れてくることはありませんでした。

 これなら予定より早く目的地に到着する――そのときはそう思っていたのですが――


 高速を降りて一般道を走り始めると、それまで順調に目的地までの方角を指していたカーナビの挙動がおかしくなり始めたのです。

「あれ、本当にこっちであってるのか?」

 土地勘がないわたしには、そのときはおかしいなと思う程度の異変だったのですが、カーナビの指し示す方角が急に変わったのです。

 もしかしたら気づかないうちに違う道を走っていたのかも、と、そのときは自分の誤りとして片付けました。

 カーナビを信じて走ること二十分。あたりは都市部をとっくに抜け、住宅街へと入っていきました。

 そろそろホテルに到着しても良さそうなのですが、なかなかホテルは姿を現しません。

 それどころからカーナビの挙動はより怪しくなり、矢印はあっちを向きこっちを向き、まるでわたしを迷わせて遊んでるような、そんなあり得ない動きをしだしたのです。

 それでもカーナビに従ってひたすらハンドルを握っていたわたしは、今思えばナニかに操られていたのかもしれません。

 真夏だというのに車内は冷たい空気が車内に漂い、首筋には脂汗が滲み、両手はハンドルから離せませんでした。


 時計に目をやると、かれこれ一時間はさ迷っていました。本来ならもうホテルに到着して寝ていてもおかしくはない時間です。

 外はいつの間にか住宅も少なくなり、あたりは田んぼや鬱蒼とした林が目立つような田舎へと景色を変えていきます。

 いつまでも辿り着くことができないのか――本気で心配し始めたその時、急にカーナビの指す方向が安定したのです。


「良かった……やっとホテルに辿り着ける」

 深く息を吐き、指示通りハンドルを右に曲げると、そこは真っ暗な暗闇の先へと伸びる畦道でした。

「嘘だろ……こんなところ通れってのかよ」

 目の前の畦道は車一台がやっと通れるような幅で、両脇は田んぼに挟まれていました。

 この先の道路に通り抜けられる道なのかと、先を確認するためにハイビームに切り換えたのですが――


 辛うじて明かりが届く先に見えたのは道路ではなく、うっすらと、闇のなかに浮かぶように立っている朱色の鳥居でした。


 それを見てしまったわたしは本能的に危険を感じ、急いで車をUターンさせようとギアをバックに入れ、その場を離れようとしたのですが、


 アハハ


 なにかの嗤い声が聴こえると同時に、頬をナニかが撫でるような、そんな感触がしたのです。

あまりの恐怖に卒倒しかけましたが、アクセルを踏み込み難を逃れ、それから先の記憶は一切ありません。

 ただ、気づいたらホテルの近くを走っていました。


 あのカーナビの挙動はなんだったのか、わたしはどうして逆らえなかったのか、そして、あの朱色の鳥居はなんだったのか――今となってはなにもわかりませんが、あのとき、最後までカーナビに従わなくて良かったと、心底思います。


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カーナビの導く先 きょんきょん @kyosuke11920212

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