読者の思いで奇跡を起こせ

無月兄

第1話

「くっ……どうやら、これまでのようね」


 悔しそうな言葉を吐きながら膝をつく私に向かって、黒衣の剣士は悠々と歩み寄ってくる。そして手にした剣をかざすと、一切の躊躇なく切りつけてきた。


「!!」


 それが私──女騎士レベッカの、あまりに呆気ない最期だった。




     ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「えっ。レベッカ、これで死んじゃったの? 出番、もう終わり?」


 興味本位で、自作の小説をネットの小説投稿サイトに掲載するようになって早数年。今は異世界を舞台とした、剣と魔法のファンタジー作品を連載中なのだが、これが思いの外大当たり。嬉しいことに、俺の作品の中では、過去最高の評価とPVを稼ぎ出していた。


 こうなると、書くのがますますたのしくなってくるもの。しかしいつものように、投稿前にまずは友人にできあがったばかりの原稿を読みませたところ、不満そうな声があがった。

 今回書いたのは、主人公の仲間の一人レベッカが敵の手にかかって殺される場面なのだが、どうやらその展開に納得がいってないらしい。


「レベッカといったら、この話の中でも一番の人気キャラだよ。それをこんな風にあっさり殺すなんて、もったいないんじゃないか?」


 不満げな理由は、やはりそれか。確かに友人の言う通り、レベッカは本作きっての人気キャラで、この友人だってファンの一人だ。いくら小説の中とはいえ、好きなキャラが死んでしまうというのは面白くないかもしれない。

 しかし、作者の俺にだって言い分はある。


「そんなこと言っても、今までのストーリーを見てたらだいたい予想がついただろ。そもそも、レベッカは元々ここまで重要なキャラになる予定じゃなかったんだ。活躍どころ考えるのも難しくなってきたし、いい加減この辺が潮時だよ」


 そう。元々レベッカは、単なる脇役の一人としてその出番を終える予定だった。それがなぜか予想外の人気が出て、それならと少しだけ出番を増やしてみた。するとますます人気は高まり、それに比例して出番もより増えていった。

 だけど、そうやって予定とは違う展開にしていくのもそろそろ限界だった。ならばいっそのこと、スッパリ殺して有終の美を飾った方がいい。そう考えた末のこの展開だ。


「まあ、君がそうしたいって言うなら反対はしないけど、本当にこれでいいの?」

「ああ。レベッカは死んで、これで彼女の出番は終わりだ」


 友人には悪いが、俺の決意は固い。結局、レベッカが殺される展開は変わることなく、そのまま小説投稿サイトへと投稿する。

 さよならレベッカ。今までありがとな。


 しかし、この話を公開してからしばらくのことだった。

 俺の使っている投稿サイトでは、作品の感想を書き込むことができる、コメント欄というものがあるのだが、レベッカが殺される話に書き込まれたコメントの一部が、これだ。


『レベッカが死ぬなんて、ショックだ』

『この後どうにかして助かるんですよね。信じてますから』

『このまま退場なら、続きを読むのやめるかも』


 コメントは他にもまだまだあるが、根本的な内容はどれも同じだ。この話を読んだ読者達は、ものの見事にレベッカの死に対するショックや不満を溢れさせていた。


「ほら、やっぱり人気キャラは簡単に殺しちゃダメなんだって」

「むぅ……」


 友人が、ほら見たことかと言ってくるが、悔しいことに反論できない。正直、不満意見は出てくるだろうなと思ってはいたが、さすがにここまでとは予想外だ。


「みんながレベッカの死を嫌がってるけど、どうする?」

「どうするって、死んだものは仕方ないだろ。もう公開したから、今さらなかったことにはできないだろ」

「けどこのままじゃ、下手をすると作品人気そのものにも影響が出てくるんじゃないか?」

「それは……」


 否定はできない。というか、その可能性は大いにある。

 どうする。何しろこの作品は、俺の中でも最大のヒット作。それが瞬く間に人気を失うかと思うと、まるで身を切られるかのようだ。

 とはいえ、今さら公開した内容は変えられない。どうしたものか…………よし、これでいこう。





     ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「レベッカ。これで貴様も終わりだな」


 黒衣の剣士に切りつけられたレベッカ。受けた傷は致命傷となり、このまま息絶えるはずだった。しかし……


「なにっ!?」


 その時不思議なことが起こった。

 死んだと思われたレベッカの体は突如光に包まれ、受けた傷はたちまちのうちに回復。しかも、それまで全く歯が立たなかった黒衣の剣士を遥かに上回るパワーアップをはたしたのだ。


「ちょっとまて、いったいなんだそれは! いくらなんでもご都合主義が過ぎるだろ。どうしてそんなことになった!?」


 目の前で起きた不思議なこと、もとい奇跡が信じられず、狼狽える黒衣の剣士。そんな彼に向かって、レベッカは言い放つ。


「仲間が私に力をくれたのよ。運命さえもはねのける力をね」

「仲間だと? ここにいるのはお前一人ではないか。いったい何を言っているのだ?」


 黒衣の剣士には、レベッカの言っていることが理解できない。だが彼女の言う通り、確かにこの奇跡には、多くの仲間たちの力が引き起こしたと言ってよかった。


 読者という仲間の思いが、彼女の危機を救ったのだ。





      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「あれ以来、人気が急降下していってるな」

「うむ。やはり展開に無理がありすぎたか」


 皆さんも、人気キャラを殺す時はご注意を。

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