アンバランスなルームメイト

オオムラ ハルキ

溢れる

南窓から差し込む優しい光が部屋を静かに照らしていた。

「「あ、ここに住む。」」

僕らはそう直感して、この部屋で過ごしていく二人の空気感を直観した。

ここに二人分以上の幸せが詰め込めることを期待して少し奮発して買ったちょっと割高な3LDK。

ここでこの春から2人の生活が始まる。

なんだかワクワクした。


僕ら2人は大学の図書館で出会った。

それぞれ本が好きで、図書館にはだいぶ通い詰めていた。長く通っていると自然と周りにいる人とか、その人の定位置とかが分かったりする。彼女は南に一番近い窓際の一番端っこ、僕はその南窓から2ブロックほど離れた机の右から3個目の席。それぞれの落ち着く場所を守るようにほぼ毎日僕らはここに来ていた。彼女が先に来ることもあったし、僕が先に来ることもあった。通りすがりに会釈する、声はかけないけれど認知している、そういう仲。当時はお互いがお互いに対してそういう認識でいた。


授業と授業の間の時間を持て余してしまった、水曜日の昼下がり。例の如く僕は図書館へと足を運んだ。僕の目は自然と彼女を探していた。いつもの場所に彼女の後ろ姿。少し落ち着く。偶然にもそこには僕と彼女の二人だけしかいなくてとても静かだった。紙をめくる音が静寂を破り、時計の針がいつもよりゆっくりと回っていた。少し経つと、その紙の擦れる音が彼女の方からしなくなった。かわりに、本当に本当に小さな可愛らしい彼女の寝息が聞こえてきた。時計の針は2時半過ぎを示し、南窓からはぽかぽか陽気。本を戻すついでに彼女の顔を覗き込む。まるで猫のように彼女は体を小さくして眠っていた。開きっぱなしの本を見る限り、不可抗力だったみたいだ。そんなところも可愛らしい。


そこで予鈴が鳴った。彼女がパッと起き上がる。行き場を見失って慌てる僕、そんな僕に気づいて状況を察知し恥ずかしがる彼女。この後、連絡先を交換して交際に至るまでにはあまり時間がかからなかった。


「水族館に行こうよ。」と僕が誘うと、

「水族館の魚は美味しそうだからやだ。」と彼女は笑いながら答える。

「じゃあ、上野の美術館は?」という彼女に対して

僕は「芸術とかわかんない。」という。

そう。付き合い始めてから分かったけど、僕らは決定的に違う生き物だった。

でも、それでも何かこのズレ加減が心地よくてバランスの取れない関係性が僕も彼女も嫌じゃなかった。好みが似ているカップルはストレスが少なくて良いと、なんかの雑誌で言っていた気がするけれど、それはあくまでケースバイケースだと改めて実感する。


お互いの家に通い合い、愛を確かめ合うごとに、後朝の別れの寂しさが高まって、おはようからおやすみまで2人で一緒に時間と空間を共有したくなった。僕の部屋に彼女のものが、彼女の部屋に僕のものがどんどん増えていって、じんわりと互いのテリトリーが重なっていく。一人と一人が二人になればいいね、って二人暮らしを提案したのは僕だった。彼女もすぐにうんと答えてくれた。嬉しかった。


住む家が決まってから、週末は各々の部屋の整理と新しい家具探しに明け暮れた。僕は割と背が高くて、彼女は割と背が低かったから棚の大きさとか椅子の高さとかをあーだこーだ言いながら相談してちょっともめてを繰り返す。本棚は即決。食器類は彼女が、家電は僕が意見を通す。カーテンは南窓のスペシャリストである彼女のお墨付きのものを。彼女曰く、ちょうど、髪が透けるぐらいの光が部屋に差し込むカーテンらしい。


「南窓のすぐそばにさ、クッション置いてもいい?」と彼女が聞いてきた。

「別にいいけど…なんでそこに?」と僕は答える。

「だってあそこは気持ちがいいから。」と彼女はいった。続けて「一緒にお昼寝しよう。」と僕の顔を覗きながらはにかんでくる。

反則だ。

この時、僕は近い未来に彼女と結婚するだろうなと直観した。

幸せが溢れて僕の体をひたひたにした。

春の日差しが僕らを祝福している気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンバランスなルームメイト オオムラ ハルキ @omura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ