突然メリーって奴から電話がかかってきたんだけど
無月兄
第1話
「もしもし。わたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの」
あなたのところに、突然こんな電話がかかってきたらどうする?
私の場合はこうだった。
「はぁ、イタズラ? 勘弁してよね」
ぼやきながら、即座に電話を切る。こういうのは関わらないのが一番だ。
なのにその直後、性懲りもなく電話が鳴り出した。
まったく、しつこいやつだ。またすぐ電話を切ろうかとも思ったけど、ムカついたから、文句の一つでも言ってやろう。
「ちょっとあんた。なに勝手に電話切ってるのよ! わたしよわたし。メリーさん!」
「イタズラしてくるようなやつが偉そうにいうな! だいたいメリーさんって誰? そんな知り合いいないんだけど!」
「あなたが持ってた人形のメリーさんよ! 引っ越しの時、いらないって言われて捨てられた、あのメリーさん!」
「えっ?」
言われてハッとする。彼女の言う通り、私は最近引っ越しをしたし、その際にもういらなくなったものを色々と処分した。その中にあった人形が、こうして電話をかけてきたというのだろうか?
だけど、それには一つ疑問がある。
「私、メリーさんなんて人形持ってなかったよ」
私は、処分したものもこっちに持ってきたものも合わせて、けっこうな数の人形を持ってはいた。だけどその中に、メリーなんて名前のものはなかったはず。
けどそう言うと、電話の向こうから聞こえてくる声から、よりいっそう怒気が増した。
「持ってたの。わたしは正真正銘あなたの持ってた人形で、名前はメリーさん! なのに、なのにね、あなたはわたしを手に入れて早々、『メリーなんて名前、なんかヤダ』って言って、勝手に別の名前をつけたのよ! 以来、一度もメリーさんとは呼ばれてないの!」
「なんだそうなの。だったら、メリーなんて気取った名前じゃなくて、わたしがつけた名前を言ってよ。でないとわからないじゃない」
「──っ!」
するととたんに、自称メリーさんは言葉につまる。だけどほんの少しの間をおいて、わかったと呟く声が聞こえてきた。
そして、電話の向こうからボソボソとした声が届く。
「──」
「なになに? よく聞こえない」
「──」
「だから、聞こえないって。もっと大きな声で言ってよ」
いい加減イライラしてくる。ちゃんと伝える気あるの?
だけどそこで、今まで聞き取れなかった小さな声が、ヤケになったような大きなものへと変わる。
「た──た──田吾作よ!」
「えっ? 田吾作って、あの田吾作? 白いドレスを着た、ブロンドヘアーの女の子の人形の、あの田吾作?」
呼び慣れた名前を聞いて、ようやく思い出す。処分した人形達の中に、田吾作と呼んでいたやつがいたことを。
たしか、縁日で射的をやったら、間違って手に入れてたんだよね。
「そうよ、その田吾作よ! って言うか、田吾作じゃなくてメリーさん! 勝手に別の名前をつけるにしても、なんで田吾作なのよ。国籍も性別メチャクチャじゃない! その名前で呼ばれる度に、こっちはずーっとハラワタが煮えくり返ってたのよ!」
「いやー、そのアンバランス感が逆にいいかなと思って。だけど、改めて聞いて思ったよ。田吾作ってクソダサいわ。ごめんね」
かつての私は、どうしてそんな名前にしたんだろう。認めたくないものだね、若さ故の過ちってものは。
「今ごろになって謝るな! よけいムカつく! とにかく、わたしの本名はメリーさんなの!」
さらに怒りを増す田吾作。いや、メリーさんだっけ? でも、そのメリーさんってのもやっぱりどうかと思うよ。
「あのさ、さっきから気になってたんだけど、自分で自分のことを『さん』付けするのって変じゃない?」
「えっ──そ、そうかな? 言われてみればそうかも」
「でしょ。絶対変だって。『あたしメリーさん』なんて自己紹介されても、そっちばっかり気になっちゃうよ」
「じゃあ、なんて言えばいいのよ?」
「うーん、『オッス、オラ田吾作』なんてのはどう?」
「悟○か! ダメに決まってるでしょ。だいたい、田吾作に戻ってるじゃない!」
おや、失敗失敗。慣れてるから、ついつい田吾作って言っちゃうんだよね。
しかもこの悟○発言。どうやら田吾……じゃなくてメリーの新たな地雷を踏んでしまったらしい。
「そういえば、あなたが持ってたドラ○ンボールの人形は、全部引っ越し先に持っていったでしょ、わたしと違って。あと、ウル○ラマンや仮○ライダーの人形も持っていったわよね、わたしと違って」
だって、そっちではまだまだ遊びたかったんだもん。しょうがないじゃない。けれど、メリーの怒りはおさまらない。
「だいたい、元々アイツらと私とじゃ扱いに差があったわよね。あんたが人形遊びをする時、アイツらはかめはめ波やスペシウム光線やライダーキックをうつ役。それに引き換えわたしは、それでやられる敵の役。ひどい時には、人形の可動域をフルに活かして、パワーボムやコブラツイストをおみまいしてくれたじゃない。あんまりよーっ!」
いや、怒りじゃなくて悲しみか、とうとうメリーはおいおいと泣き出してしまった。
こうして並べられてみると、確かに私は、彼女にたいしてけっこう酷い扱いをしてきたのかもしれない。こんなにも泣かれては、さすがに良心が痛んでくる。
「ごめんね田吾作……じゃない、メリー。で、あんたこれからどうするの? 私のところに復讐に来るの?」
こういう話では、何度も電話をかけてきては、「今、○○にいるの」と言って徐々に近づいてきて、最終的に私のところにやって来て殺そうとするのが定番だ。そしてやはりと言うべきか、彼女もまたそのお約束を外す気はないようだ。
「そうよ、復讐よ。絶対アンタに復讐してやるんだから、待ってなさい!」
そんな怒鳴り声と共に、電話が切れる。やれやれ、なんだか大変なことになってしまった。
このままメリーがやって来たらどうしよう。元々私のしてきたことにも問題あるんだし、いざ戦うことになったら、ケジメとして最初の一発はおとなしくもらってやろう。けれど、その一発でメリーの気が晴れたのならそれで手打ちにするつもりだけど、そのまま殺そうとするなら話は別だ。
それからは、一切手加減なしのガチのタイマン。どちらかが倒れるまでやり合おうじゃないか。
ウォーミングアップを兼ねて、何度かシュッシュッと拳を振るっていたその時、またも電話が鳴り出した。
「もしもし。私、メリーさん──」
「いちいち名乗らなくてもいいから。それより、今どこにいるのよ?」
「今、郵便局の近くにいるの。だけど、だけどね……あなたの引っ越し先って、どこにあるの?」
なんと、知らないで復讐に来るつもりだったのか。とんだおっちょこちょいだ。
一瞬、教えないでおくかとも思ったけど、いくらなんでもそれは薄情すぎるか。仕方ない、ちゃんと伝えよう。
「しょうがないわね。私がいるのはブラジルの──」
「えっ、ちょっと待って? 今、ブラジルって言った? それって、地球の裏側にあるあのブラジル?」
「他にどのブラジルがあるっているのよ?」
「なんでそんなところに引っ越したのよ!」
「なんでって、お父さんの仕事の都合よ」
その瞬間、電話の向こうで、ガクリと崩れ落ちる音がしたかと思うと、涙ぐんだ声が聞こえてきた。
「ブラジルなんて行けるわけないじゃない。わたし、飛行機代もパスポートも持ってないのよ」
あっ、人外の存在でも、キチンとそういうのは必要なんだ。いったいその辺の設定はどうなっているのか気になるところだけど、そんなの訪ねる余裕もないくらい、メリーのショックは大きかったみたいだ。
「そんな。せっかく、せっかく復讐に行こうと思ってたのに。あんまりよー。ふぇぇぇぇぇ~ん」
とうとう声をあげて泣き出すメリー。よっぽど悲しかったんだろうな。
「まあまあ。私だって、ずっとこっちで暮らす気はないんだしさ。いつか日本に戻った時、ゆっくり復讐に来なよ。私なら、いつでもOKだからさ」
「ぐすっ……それ、本当?」
「本当よだからもう泣かないで。私が日本に戻るまで待っててよ」
「うん、わかった。絶対、絶対戻ってきてよ。約束だよ」
「はいはい。約束するから」
これが、かつて私の身に起こった不思議な出来事の全てだ。自分の元に復讐に来ると宣言した人外の存在相手にあんな約束をするなんてどうかとも思うけど、あんなにも泣かれたんじゃ仕方ない。
だけど、ゴメンねメリー。あれから私は、ブラジルで理想の彼氏をゲットし、そのまま結婚。以来一度も日本に帰ることなく、もう数十年が過ぎました。
最初のうちは、メリーからも時々、いつ帰って来るのかと電話をもらっていたけど、それもなくなってもうずいぶん経つ。
今、彼女がどうしているかはわからない。だけどできることなら、いつまでも復讐なんてものに囚われていないで、彼女なりの幸せを見つけてくれていたら嬉しいな。
そう思った時、ふと、電話が鳴る。通話ボタンを押すと、電話の向こうから、懐かしい声が聞こえてきた。
「ハァ……ハァ……わたし、メリーさん。なんとか太平洋を泳ぎきってブラジルまで来たわ。今度こそ、復讐しに行くから」
突然メリーって奴から電話がかかってきたんだけど 無月兄 @tukuyomimutuki
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