例え義理でも

無月兄

第1話

 バスケ部の練習を終えた帰り道。激しく動いたおかげですっかり空っぽになってしまった腹を満たそうと、スーパーのお菓子コーナーによった時、そこには見知った顔があった。

 同じ高校の同級生で、女子の方のバスケ部員、涼宮だ。

 同時に、涼宮の方も俺に気づく。


「あっ、藤岡。今帰り?」

「ああ。腹へったから、何か買って帰ろうと思ってな。涼宮もか?」


 練習がきついのは、男子も女子も同じだし、その後腹が減るのも同じ。そう思って涼宮の持っている買い物かごを見ると、予想以上に大量のチョコレートが入っていた。


「ずいぶんたくさん食べるんだな」

「ちょっと。これ全部一人で食べるわけないでしょ!」


 涼宮が口を尖らせて抗議するが、実は言われるまでもなく、そうだろうなとは思っていた。

 何しろ、かごに入っているチョコは全て業務用。さらにその隣には、調理器具まで入っている。

 そして何より、お菓子コーナーの棚には、大きくバレンタインと書かれたポップがつけられている。今年ももう、そんな時期だ。


「冗談だって。バレンタインに手作りするんだろ。お前や周りの女子、毎年やってるもんな」

「うん。クラスの子や女子バスケのみんなに配ろうと思ってね」


 女子が好きな男に、告白と共にチョコレートを渡す日。日本ではそんな認識で定着していたバレンタインだけど、最近は恋だの愛だの関係なく、チョコを贈り合うことも多い。


 涼宮のこと小学生の頃から知っているが、こいつもそんな最近の流行りに漏れず、毎年バレンタインには手作りチョコを友達に配るのが恒例になっていた。


 だが涼宮は、それからさらに一人の名前を挙げた。


「あと、せっかくだから池面先輩にも渡そうかな」


 池面先輩。俺も入っている男子バスケ部の先輩で、イケメンでやたらと女子人気の高い人だ。当然バレンタインともなると何人もの女子からチョコをもらうし、本気で恋してるってわけじゃなくても、ファンがアイドルにプレゼントを贈る感覚で渡す奴も多いと聞く。涼宮も、どうやら後者のようだ。


 だがそれでも、それを聞いた瞬間、なんだか妙に胸の奥がざわついた。そして気づけば、こんなことを口走っていた。


「だったらさ、俺にも作ってくれない?」

「えっ──?」


 キョトンとする涼宮を見て、ハッと息を呑む。

 俺は何を言ってるんだろう。涼宮とはけっこう長い付き合いだし、男子の中だと仲がいい自覚はある。

 けどだからといって、いきなりこんなこと頼んだら困らせるかもしれない。図々しいと思われるかもしれない。


 冗談だと言ってしまおうか。そう思ったが、その前に涼宮が頷いた。


「いいよ」

「えっ──マジで?」


 思わぬ返事に、つい顔がニヤけそうになって、必死でそれを堪える。


「うん。って言っても、他の人にあげた余り物になるかもしれないけど、それでも欲しい?」

「ああ。こういうのは、例え義理でも貰うと嬉しいんだよ」


 そう言うと涼宮は、そうなんだと言って笑った。


「わかった。それじゃ、たくさん余るように、多めに作らなきゃね」


 涼宮との話はそこで終わり、それぞれ買い物を済ませた後、自分の家に帰っていく。

 その途中、さっき自分が言った言葉を思い出す。


「義理でも貰うと嬉しい、か……」








 それから数日が経ち、ついにバレンタイン当日。

 といっても、ただ余ったチョコを義理として貰うだけで、特別気負うようなもんじゃない。

 少なくとも涼宮には、そんな素振りは全く見られなかった。学校の靴箱でばったり出会うと、鞄からチョコの入った包みを取り出し、実にあっさりと渡してくる。


 こんなところで貰って、誰かに見られて冷やかされたらどうするんだ。そんな考えが頭を過ったが、幸か不幸か周りには誰もいなかった。


「はい、チョコレート。たくさん入れといたから」

「あ、ありがとう……」


 差し出された包みはきれいにラッピングされていて、その中には一口大のチョコレートがいくつも入っている。種類も、ビターやらキャラメルやら、いくつかの味があるみたいだ。


 本当にくれるんだと、今さらながらその事実にトクンと胸が高鳴る。


「中には口に合わないのがあるかもしれないから、その時は残してね」

「残さねーよ。本当に、嬉しいんだからよ。その……ありがとな」

「どういたしまして」


 もう一度お礼を言うと、涼宮は笑顔でそれに応え、それから一人で教室に向かおうとする。


 けど俺は、その後ろ姿に向かって声をかけた。


「あ、あのよ──」

「なに?」


 まだ何かあるのかと、不思議な顔をする涼宮。


「来月のホワイトデー、期待してろよ」

「えっ? 別にそんなのいいって」


 涼宮にしてみれば、たくさん作ったのを配っただけ。わざわざお返しを貰うようなことじゃないのかもしれない。

 けれど、俺は続ける。


「言っただろ。こういうのは、例え義理でも貰うと嬉しいんだって。礼くらいさせろ」


 改めてする、お返し宣言。それ聞いた涼宮は、一瞬目をぱちくりと瞬かせる。

 だけどその後笑ってこう言った。


「そう。それじゃ、しっかり期待してるから。忘れないでよ」

「忘れねーよ」


 忘れるわけがない。

 だって、好きな奴にプレゼントができるチャンスなんだ。忘れるなんて、そんなもったいないこと、できるわけねーだろ。


 俺は、ずっと涼宮のことが好きだった。って言っても、密かに好きだと思ってるだけで何もしない。ただのクラスメイトでいるだけの、ヘタレな恋しかしてこなかった。

 そんなだから、当然涼宮だって、俺の気持ちにはこれっぽっちも気づいてないだろう。


 だけど、ずっとそれを変えるきっかけを探していた。多分、そのきっかけが今なんだと思う。


「一ヶ月後、待ってろよ」

「うん。わかった」


 無邪気に頷く涼宮は、思いもしないだろう。俺が、どんな気持ちでこれを言っているかを。そして、さっき渡したチョコを、俺がどんな気持ちで受け取ったかを。


 例え義理でも、貰うと嬉しい。


 前に涼宮に言った言葉に嘘はない。嬉しいか嬉しくないかで言ったら、間違いなく嬉しい。

 けど、それだけじゃ足りないんだ。好きなやつから貰うなら、そのもっともっと先が欲しくなる。


 俺がこの先、涼宮から義理以外のチョコを貰う日がくるかどうかはわからない。

 けどそれを実現させるために、まずは一ヶ月後のホワイトデーをがんばらないと。


 何をやればいい? どうやって渡す? 一緒に、気持ちを伝えるべきだろうか?


 これからの一ヶ月は、色々悩めることになりそうだ。

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例え義理でも 無月兄 @tukuyomimutuki

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