キンタとわたし

友未 哲俊

キンタとわたし

 キンタがニャーと鳴きました。

 見ると、一段高くなったとなりの棚(たな)のマットの上で、いつものように丸くなって静かに寝ています。

 でも、わたしが見ていると、急に首を上げて2秒くらいの間、きょとんとなりました。

 それから、わたしを見つけて、なぁんだというように、また頭を前足の上に置きなおして寝はじめました。

 わたしはもう七才ですが、ねこの寝言なんてはじめて聞きました。

 キンタはオスなのに、ふだんからとてもおしゃべりなのです。何もないのにフニャフニャひとりごとをつぶやきながら歩いていたり、高い所へとび上がるときも「ヨイショ」とねこ語で掛(か)け声なんかかけたりします。おりて着地をするときもやっぱり「ヨシッ」って言いますが、年寄りどころか、まだ大人になったばかりです。ねこは生まれてから最初の一年で人間で言うと二十才くらいになり、あとは一年に四つずつ年をとって行くらしいので、今、二十二才くらいだと思います。おととしの秋、庭に住みついていたカーニャというお母さんねこのおっぱいを一匹だけ、必死で吸っていたのですが、ゴリゴリにやせていたので、心配になってかってあげました。今もまだ庭にいるカーニャと同じ、黄色い体に、もう少し濃い(こい)黄色の輪っかのしまをかけたもようの子です。最初が庭ねこだったせいでとても用心深く、今でもわたしが体をなでる時は耳を寝かせて体を硬(かた)くしたまま、ななめになってがまんしています。本当は、テレビで見るほかの家のねこたちのように、もっとなついてほしいのですが、お母さんもお父さんもおばあちゃんも、ねこだから構(かま)いすぎずに好きにさせてあげなさいと言うし、逃げないでがまんしてくれるだけまだましかと思って、わたしもがまんしています。でも、目の間のおでこの所の毛がちょっと盛り上がっていて、たてじわみたいで、いつもおこっているように見えるのだけはやめてほしいです。

 キンタという名前はわたしがつけました。お母さんも、お父さんも、おばあちゃんも、みんな、ノラ坊とかキーちゃんとかいいかげんに呼ぶだけで、だれも本気で考えようとしなかったので、わたしがつけたのです。お日さまが当ったとき、金色に光っていたからそうつけました。ですが、去年の春くらいから、歩くときしっぽを少しうかせて金玉を見せびらかすようになったから、お父さんといっしょに「キンタマキンタ」と呼んで笑っていました。呼びやすくてとてもおかしい名前です。でも、いつもそう呼んでいたらお母さんにしかられたから、今はまた、ただのキンタにもどっています。

 だけど、去年の夏はもうちょっとで「きょせい」されそうになりました。お母さんが飼い(かい)ねこは「きょせい」した方がいいと言いはじめたからです。「きょせい」って何?ってきいたら、よそのメスねこに赤ちゃんを生ませないように金玉をとることだと言われて、わたしはすごくショックでした。だって、キンタはあんなにじまんして、得意そうなのに。かわいそうです。わたしとお父さんが「やめて」と反対しても、お母さんは「きょせいした方がうるさく鳴いたり、そこらへんにオシッコでマークを付けたりしなくなるし、長生きする」と、なかなかたのみを聞いてくれません。「どれくらい長生きするの」と聞いたら、「少しだけ」と言うので、じゃあ、やっぱりやめてあげてとたのみました。お父さんも「どうせ外には出さないんだし」と言ってくれました。最後にお母さんは、おばあちゃんにも意見を聞きました。わたしはドキドキしながら見ていましたが、おばあちゃんは「そうねぇ」と首をかしげたきり、あとは何も言わなかったので、2対1でキンタは助かりました。なのに、わたしとお父さんが「良かったね」と言っても、キンタは知らん顔でフニャフニャひとりごとを言っただけでした。

 きょうから一週間、家には人がいなくなります。ゴールデンウィークのあいだ、四人で九州を一周して来るからです。わたしは、沖縄は行ったことがありますが、九州ははじめてなので本当に楽しみです。でも、キンタが心配です。一緒に行ってペットホテルに泊(と)まれれば良いのですが、絶対に無理です。去年もおと年も、予防注射を受けに近くの動物病院へ連れて行く時、バスケットに入るのをいやがって、大あばれしてお父さんとお母さんのうでや手を引っかきまくりました。なれ方がたりないのでよその人にはあずけられないし、動物病院にあずけるのは病気がうつりそうで心配だし、ひとりでるす番させるしかありません。うえ死にしないように、お母さんの買ってきた大きなキャットフードのふくろの中身をぜんぶ、いつものお皿と、りんじのお皿にしたプランターの特大うけ皿に盛(も)り上げておきます。お父さんが、いつものトイレ以外にプランターのトイレを二つ用意しました。わたしはおふろから洗面器を二つ持ってきていっぱいに水をはりました。おばあちゃんも、キンタがたいくつしないようにと、新しいおもちゃを三つも買ってきました。これなら、ひとりでも大丈夫です。でも、わたしはまだ心配で、さっき家を出てくるとき、ないしょで、台所のうらの、ふだんだれも使わない木の戸を少しだけ開けておいてやりました。これで、もし地しんや火事になっても家から逃げ出せます。お母さんやお父さんに言うとしかられるので、わたしはバスに乗ると、おばあちゃんのとなりにすわって、そっとそうだんしました。

「どろぼう来ないかな?」

 私がきくと、おばあちゃんは「ぜんぶとられたら、一からやりなおすまで」と笑ったので、もう安心です。

 着きました。

 少し歩くと神戸港です。

 わたしは海と船が大好きです。昼のフェリーに乗ると、まず、船の中をすみからすみまでたんけんして、そのあとはずーっと外で海を見ることに決めているのです。

 バスをおりた時、リュックが少しずれていました。

「キンタはどうしているかな」

 わたしはリュックを背おいなおすと乗船口に向ってみんなと歩いて行きました。

「また夢を見るのかな」

 わたしはキンタの夢を見たことはまだありません。でも、キンタはきっとわたしのことを夢で見ていると思います。夢を見ても、わたしならそれが本当のことではないとわかりますが、キンタはわかるでしょうか。もし、わたしにいじめられたり、ごちそうをとられたりする夢を見たら、目がさめてからも本当にあったことだと思って、わたしをうらむかもしれません。だから、キンタには楽しい夢だけ見てほしいです。

                                (おわり)               

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