カウントダウン

鱗卯木 ヤイチ

第1話

「センパイ! これ!?」

「……あぁ、間違いない」

 近藤道仁と加藤将也は、『赤い月』が指定した通りショッピングモールの地下駐車場で、C-4、つまりプラスチック爆弾が仕掛けられているのを見つけた。


 数年前に突然現れた謎のテロ組織『赤い月』。関東都市部を中心に活動をしており、その目的や規模も一切不明であった。一説には単独の愉快犯ではないかとの憶測もあった。

 今から15分ほど前、『赤い月』を名乗る人物から道仁達が所属する機動隊本部に連絡が入った。その人物は道仁達が今いる場所に爆弾を仕掛けたと告げたのである。

 たまたま近くにいた道仁と将也はその場所にに急行したわけだが、おそらく偶然ではなく、『赤い月』は道仁が近くに居ることを知っての犯行だろうと道仁は考えていた。

 道仁は以前ある事件で『赤い月』のテロ活動を未然に防いだ事があった。それ以来『赤い月』は何かと道仁をつけ狙うようになったのだ。


 道仁は将也の顔を一瞥する。その顔は少し青ざめており、悲壮感すら漂っている。それも無理は無いと道仁は思う。

 将也は将来を有望視される若手ではあったがまだ25歳である。実務経験は元より、人生経験だってそれほど積んではいない年齢である。応援も期待できない爆弾処理で動揺をするなという方が土台無理な話であった。


 道仁は腕時計に目をやる。11時47分。爆破予告時刻は正午ちょうどである。残された時間はあと十数分しかなかった。

「ど、どうしましょう!」

 焦る将也と問いには答えず、道仁はその場に屈み込んだ。

 爆弾は駐車場の柱を伝う配管にワイヤーで何重にも結ばれており、簡単には取り外せそうもなかった。

 爆弾の量はおよそ500g。この量であれば建物自体が即座に崩れ落ちるようなことはまずないだろう。周囲の車両が巻き込まれた場合は多少厄介な事にはなりそうだが、既に付近の市民には避難勧告が出されているので人的被害は無いと思われた。但し、道仁達を除けばだが。

 爆弾にはデジタル式のタイマーがつけられており、1秒、また1秒とその数を減らしている。現在の表示は12分43秒。正午にはカウントは0になる様に設定されているようだ。タイマーからは複数コードが伸びており、爆弾本体と思える包みの中に達していた。おそらく時刻が来るとコードに通電され、爆弾が爆発する仕組みなのだろう。至ってシンプルな仕掛けである。

 そして爆弾には張り紙がしてあった。張り紙には赤い三日月の様に割れた口で不気味に微笑むピエロのイラストと、ひと言のメモがあった。


『十二し゛をきれ』


「……ふざけてやがる」

 道仁はそう吐き捨てた。

 爆弾の規模から言ってもビルの破壊を目的としたものではないだろう。これはあくまでも道仁への挑戦なのだ。

 本来ならばこの手の爆弾は液体窒素で起爆の仕掛けを停止させ対処するのがセオリーだが、本部から応援が来るのを待っている時間は既に無かった。しかし、このまま爆弾を放置するわけにもいかない。

 結局は『赤い月』の悪ふざけに付き合うしか選択肢はなく、いい様に弄ばれている状況を道仁は苦々しく思った。

「……ど、どういう意味ですかね、これ」

 隣から将也も張り紙を覗き込んでいる。

「おそらくこの爆弾の何れかのコードを切れと言う事なんだろうな」

「コードと言ってもたくさんありますよ? どれを切れば……」

 将也の言う通り、タイマーから爆弾へと伸びているコードは複数あった。数は全部で12本。それぞれに1から12までの番号が振られたタグが付いており、色も白や黄色、茶色や灰色や緑など様々であった。

「12時を切れ、と言っているから12番のコード……って、まさかそんな単純じゃないですよね」

「あぁ、おそらくな……」

 道仁は鼻の頭に手をやり考えに耽った。

 しばらくすると、将也が何かを思いついたように声を上げた。

「あ、もしかして、漢数字で書いてあるってことは10と2のコードを切るんですかね!?」

「うーん……、そうかもしれないし、違うかもしれない」

 道仁に他に考えがあるわけではなかったが、将也の考えにどうも腹落ちがしなかった。

 タイマーに目をやると残り8分を切っていた。

『十二し゛をきれ』

『どういうことだ? わざわざ漢数字で書いてあると言う事に意味はあるのか? 将也の言う通り10と2のコードを意味しているのか? 本当にそんな単純なのだろうか? このコードの色には意味はあるのか? 1番は灰色、2番は茶色、それ以降は黄色、白、緑、緑、茶色、白、茶色、白、茶色、茶色の順で色が付けられている。なんだこの順序は? まるで規則性が無いように思われるが……』

 タイマーの表示は5分26秒。

 道仁は焦燥にかられる。

『十二し゛をきれ』

「ん?」

 その時、道仁はメモに違和感を覚えた。

『なんだ? いま俺は何に違和感を覚えたんだ?』

 違和感の正体がわからず、道仁はメモを一文字ずつ確認する。

『十……、二……、し゛……、を……、き……、れ……』


「あ!!」

 突然声を上げた道仁に、将也がビクリと体を震わした。

「な、なんですか……? も、もしかしてわかったんですか?!」

 頭に電流が走ったような感覚だった。道仁はもしかするとと思い、改めてコードの色にも注目してみる。

『やはりそうだ!』

 規則性が無い様に思われたコードの色にもこうして当て嵌めると意味が出てくる。道仁は自分の考えが正しいことを確信した。

「……将也、俺はこれからコードを切る。お前は、安全な場所に避難していろ」

 道仁は日頃から持ち歩いているツールケースからニッパーを取り出した。残り時間は2分も無かった。

「で、でも、それじゃ、センパイが……」

「大丈夫だ。おそらく正解に辿り着いた。念のための用心だよ。……しかし、もし万一の事があったらお前が本部に状況を説明するんだ」

「でも……」

「早くしろ、もう時間がない。お前がいたんじゃ、俺もコードを切ることが出来ない」

 将也は道仁を残してその場を立ち去ることを躊躇していたが、道仁の言葉にその場を去ることを決めた。

「じ、時間が過ぎたら戻ってきます! そしたら、メモの意味を教えてくださいね! きっとですよ!」

 道仁はわかった、とだけ言って将也に笑みを送る。将也は泣くような表情をして駐車場の外へと駆け出した。

「さてと……」

 将也が駐車場から出た事を見届けてから、道仁は爆弾へと向き直った。残り時間はもう1分も無かった。

 道仁は慎重に目的のコードだけを摘まみ上げる。

 残り時間は20秒を切った。

「茶色の7番、1点買い! お代は俺の命だ! もってけ!!」

 道仁はニッパーを握る手に力を籠めた。

 プツリと軽い音を立てて、7番のコードが二つに割れた。



 12時10分を過ぎた頃、将也は駐車場の扉をそっと開けた。駐車場の様子は先程と変わっていない。将也は道仁がいた辺りにゆっくりと視線を動かす。視界の先に、両足を投げ出し、頭を垂れた状態で柱にもたれ掛かっている道仁の姿があった。

「センパイ!」

 将也は道仁の下へと全速力で駆け寄った。

「……よぅ、将也、戻って来たか」

 将也の声に道仁は顔を上げた。

「センパイ! 爆弾、止められたんですね! センパイ凄いです! ほんとスゴイです!」

「あぁ、なんとかな……。でも、疲れた」

 今にも泣きださんばかりの将也に、道仁はに力なく笑って見せた。

「……でも、どう言う事だったんです?」

「……知りたいか?」

 道仁はにやりと笑う。

「えぇ、ぜひ!」

 将也は何度も頷いた。

「将也、正午の由来って知ってるか?」

「え? 何です、突然? 知らないですけど……」

「まぁ、聞けって。正午って言うのはな、十二時辰、つまり昔の時間で言う『午の刻』の真ん中を示す言葉なんだ」

「? それが何の関係があるんです?」

 将也は道仁の意図がわからず首を傾げる。

「ほら、メモを見てみろ」

 道仁にそう言われ、将也は爆弾に付けられたメモを見る。

「『十二し゛をきれ』ですよね?」

「それを見た時、何か違和感を感じないか?」

「んん? うーん、強いて言うなら漢数字? 全部ひらがな? ……あとはなんか文字間隔が変と言うか……」

「それだ。俺も何かおかしいと思ったんだ。『じ』の文字がやたらと間延びしているだろう?『し』と『゛』が離れているんだ。『12時』と『十二支』をかけるためにな」

「あ! って、事はコードも12本あるから……」

「そう、1番目のコードから子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥と十二支が割り振られていたってわけだ。ご丁寧に色まで干支の色にしてあるようだが、丑が茶色とか、辰が緑とか苦しすぎるよなぁ。牛と言ったら白と黒のブチだろ。『赤い月』のセンスが窺い知れるよ」

 道仁はそう言って笑った。

「そうか……。だから12時を切る。正午である午の7番コードを切ったってわけですね。…いやぁ、センパイ、ほんとスゴイです!」

「あと、午年である俺への当てつけもあったと思うぜ。俺を切ってやるって、な。ほんと、センスねぇな」

 道仁は顔をしかめて鼻を鳴らした。

「……将也、センスがいいってのは、こういうのを言うんだぜ」

「?」

 道仁は顎で爆弾を指し示した。将也はそれに釣られて爆弾へと視線を移す。

 爆弾のタイマーは、道仁が切ったコードの番号と同じ、7を示して止まっていた。

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カウントダウン 鱗卯木 ヤイチ @batabata2021

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