みんなで食べるおかしは美味しい

南雲 皋

どんなおかしだって

 おれは左右田そうだ幸也ゆきや、小学五年生。

 クラスではそれなりに中心人物だと思う。


 でも、最近はみんな転入生に夢中だ。

 遊びにさそっても、本が読みたいからいい、とか言うヤツなのに、なんでみんなはあんなヤツに構うんだろう。

 だけど、みんなの興味は学校を出てまでは続かない。

 授業が終われば、遊びに来ないヤツを追いかけてまで構うことはしないんだ。


 だから放課後になれば、おれの人気はもどってくる。

 みんなで遊んで、それから家に帰る前に寄り道をするのがいつもの決まりだった。


 学校からはなれるにつれて、いっしょに遊んでいた友達がひとり、またひとりと別の方向に帰っていく。

 おれがひとりになってから、その家は見えてくるのだ。


 へいに囲まれた大きな庭のあるいっけん家。

 一階しかないけど広い家に住んでいるのはおばあちゃん一人だけ。

 おばあちゃんはおれが来るといっつもおかしを出してくれる。

 ほとんど和がしなんだけど、ときどきケーキなんかも出してくれた。


 いつもはおれが門の前に立つと、おばあちゃんが「よくきたね」ってむかえてくれるのに、今日はなぜだかおばあちゃんの姿が見えない。

 門を開けておばあちゃんをよぶと、庭の方から返事が聞こえた。



「おばあちゃん! どうしたの、元気ないの?」


「おばあちゃんは今日も元気だよぉ」


「そっか、いつも門のところにいるのにいないから、具合悪くなっちゃったのかと思ったよ。今日のおかしは?」


「あらやだ、ゆきちゃん。お菓子ならさっき食べたでしょお?」


「え!? 食べてないよ!」


「えぇ〜? さっきお菓子出して一緒に食べたじゃない。忘れちゃったの?」



 とうとうボケてしまったのだろうか。

 おれは少し泣きそうになった。

 おばあちゃんは耳も遠くなったし、目も悪くなったし、体もずいぶん小さくなった。

 でも、頭だけはしっかりしていると思ってたのに。

 そのことをおばあちゃんに言う気にはなれず、おれは自分がかんちがいしていたと言って、家に帰った。


 その日はなかなかねられなかった。





 次の日、登校はんの集合時間ちょうどに目が覚めたおれは、あわてて家を飛び出した。

 父さんはたまにしか家に帰ってこないし、母さんはおれが起きるよりも早く家を出てしまうから、自分一人で起きなければならないのに。

 家を出てダッシュで学校に向かったおれは、最初の角で人にぶつかってしまった。



「ご、ごめんなさい! ……って、酒井さかい?」



 おれにぶつかったのは、転入生の酒井だった。

 びっくりしたけど、ぼけっとしている時間はない。

 おれにぶつかられたかっこうのままつっ立ってる酒井の手をつかみ、走った。


 なんとかチャイムが鳴る前に学校に着けたおれたちは、クラスメイトからさわがれた。

 校門から正面げんかんまで、手をつないで走っているところをバッチリ見られていたらしい。

 おれはうるせー!と一言さけんで、その話を打ち切った。


 休み時間、おれは酒井にあることを聞いた。

 今朝通った道を、帰りも通っているかどうかだ。

 酒井は、通っていると答えた。

 次におれは、一番聞きたかった質問をした。

 すなわち、おばあちゃんにおかしをもらったかどうかだ。



「あの庭が広いお家のおばあさん? うん、昨日声をかけられて、お茶にさそわれた」


「し、知らない人に食べ物もらっちゃいけないんだぞ。それに、あれはおれのおかしだったんだ」


「ごめん……でも、何回か話したことあったし、知らない人じゃなかったから……いや、ごめん」


「別にいいけど。なぁ、今日の放課後、ひまか? おばあちゃんに、おれたちが別人だってこと言いに行こうぜ。そしたら分かってくれるかも」



 ボケちゃってるかもしれないけど、とは言えなかった。

 酒井はすぐにいいよと返事をしてくれて、おれたちは二人でおばあちゃんの家に行くことになった。



「おばあちゃん。昨日おばあちゃんがおかしを出したのは、おれじゃなくて、こっちの酒井だったんだ」


「あらあら、そうだったのぉ。ごめんねぇ、ゆきちゃん」


「気にしないでいいよ、おれたち、似たような体格してるもんな」


「酒井くんはなんていうお名前なの?」


「ボクは、酒井晴人はるとです」


「そう、じゃあはるちゃんね。今日は二人にお菓子あげようねぇ」



 おばあちゃんはそう言って家に入り、和がしの乗ったお皿を両手に持って出てきた。

 おれたちは庭の見えるところにすわる。

 青くてキラキラした、すき通った和がしだった。



「あ、でもおれたちが食べたら、おばあちゃんの分がなくなっちゃうよ」


「いいんだよぉ。これ、パチパチしてて面白いから、二人で食べなぁ」



 はるとと目を見合わせてうなずきあうと、おれたちは和がしを半分くらいに切って、口に入れた。

 おばあちゃんの言う通り、口の中がパチパチする。

 ちょっと酸っぱくて、美味しかった。



「うまい」


「うん、それにパチパチしてる」



 おれたちはおかしを食べながらくだらない話をした。

 はるとは、おれが思っていたよりも面白いヤツだった。

 本をいっぱい読んでるからか、おれよりいろんなことを知ってたし。


 昨日まではほとんど口も聞かなかったのに、今はこんなに仲良く話しているなんて。

 なんだか不思議な感じだった。





 次の日、はるとが街案内をしてくれと言ってきた。

 おれは張り切って、公園とか、だがし屋とか、空き地なんかを案内した。

 とちゅうでおばあちゃんがよく出してくれる和がし屋さんがあったから、立ち止まってしょうかいした。

 ガラスに貼られたポスターには昨日食べたキラキラの和がしの写真。

 『さわやかはじける初夏しょかあじ』と書かれていた。

 お店から出てきたお姉さんが、おれたちに気付いてにっこりと笑う。



「これ、昨日から食べられるようになったんだよ」


「昨日から?」


「うん、新発売ってやつだね。ふたりでちょっと味見してみる?」


「おれたち、昨日食べたんだ! なっ?」


「うん、美味しかった」


「おおー! 作った人に伝えておくね。食べてくれてありがとう!」



 お姉さんにバイバイして、おれたちはまた歩き出した。

 図書館の場所を教えてあげて、せっかくだから貸出カードも作った。

 おれも作り方は知ってたけど持ってなかったから、いっしょに作ることにする。

 それからはるとのオススメの本をさがして、おれはそれを借りた。

 シリーズものらしくて、はるとは続編を借りていた。


 オススメされたのは、おれたちと同じ小学五年生の男の子二人が、周りで起こる事件を解決していくっていうお話だった。

 短めのお話がいくつも入っていて、面白かった。

 最後まで一気に読みたかったけど、またねぼうしたらいやだから、とちゅうで読むのをやめてねた。





 次の日、目が覚めたおれは、まるで自分が読んだ本の主人公になったみたいだと思った。

 それに、すっごくうれしかった。

 おばあちゃんがボケてないって分かったから。


 おれは早くおばあちゃんに会いたかった。

 授業中もずっとそわそわしてて、はるとがどうしたのって聞いてきたけど、おばあちゃんに確かめるまでは言うわけにはいかない、と思う。


 やっと放課後になって、はるとといっしょにおばあちゃんの家に行った。

 おばあちゃんはまた庭が見えるところにおれたちをよんで、おかしを持ってくる。

 今日のおかしは三つのショートケーキだった。



「おばあちゃん、はるとが一人でいたから、おれと友達になったらいいのにって思ったんだよな」


「え?」



 はるとが、何を言っているの?って顔でおれを見た。

 おばあちゃんは、相変わらず笑顔のまま、おれを見ている。



「ほんとは、おれじゃないって分かってたんでしょ。おれが、おれのおかしを食べちゃった犯人を見つけて、話したら友達になれるかもって。次の日から、おれがいつはるとを連れてきてもいいように、おかしも三つ用意してたんだよね? おれはいつも台所まで行ったりしないけど、用心して自分の分は先に食べちゃったんでしょ。だから、あの和がしがパチパチするって知ってたんだ」


「あらぁ、食い意地がはったのバレちゃったわねぇ。恥ずかしいわぁ、ほほほ」


「お、おばあちゃん……」


「おれ、はるとと友達になったよ。いっしょに図書館にも行ったしね。だから安心してね」


「ゆきちゃんはいい子だからね、はるちゃんときっとお友達になれると思ったのよぉ。だからおばあちゃん、ちょっとお節介しちゃった。ごめんね、はるちゃん」


「え、あ、ううん! ボク、最初に遊びにさそってもらえた時、うれかったのにはずかしくて断っちゃって……それからどうしたらいいか分からなくなっちゃって……だから、ありがとう、おばあちゃん」


「さぁ、みんなでお茶しましょ。今日はポポラのショートケーキなのよぉ」


「ポポラ、今度案内するな」


「うん!」



 三人で食べたショートケーキは、いつもより美味しかった。




【了】

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みんなで食べるおかしは美味しい 南雲 皋 @nagumo-satsuki

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