チョコレート・ドストライク
青条 柊
赤い糸 詐欺師の様に 投げるチョコ
まだ寒い。
マウンドの上でふと思った。
この背番号を背負ってから早半年。秋季の大会ではさしていい成績を残せず、春の大会には出られない。それでも、夏の大会―――最後の大会へと向ける気持ちは少しも減ってやしない。
ふぅと息を吐くと、白い。
今年最初の練習試合。
初詣は甲子園出場の祈願をしてきた。
審判は会場になっているウチの学校の副監督だ。だからと言って有利な判定をしてくれるわけなんてない。
俺は、ここで一意専心。一球入魂だ。
ただそれだけを繰り返すのだ。
キャッチャーをやってくれてる相田が出すリードは基本的に正しい。
アイツは人を見るのが得意な男だ。
マウンドの上で、土を蹴る。投げやすいように足場を整えるふりをして心の足場を整える。
たとえ練習試合だろうと、勝利と敗北が刻み込まれる。
引き分けだったとしても、自分の失敗を思い返して苦しい思いになったり、成功を喜んでニヤついたりするだろう。
だからこそ、この一打席一打席、一球一球は妥協できない大勝負だ。
よし。
心の準備は出来た。
あとは今までやってきた努力の成果を魅せるだけだ。
―――努力は、実を結ばなければ意味が無い。
一度、大きく白い息を吐いた。
帽子をかぶりなおし、相田を見た。
キャッチャーマスクの中で笑っていた。
―――――よし。
ゲームスタートの声が響く。
一球目。振りかぶってど真ん中。
自分を信じてドストライクにドストレート。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
みんなは食らいついた。
九回表、ツーアウト。
二塁にランナー。
バッターは相手方のキャプテン、松村。六番打者で、堅実な守備をする内野手。
―――二対三で負けている。
ココで打たれたら、士気が下がってしまう。
分かっている。
だがそんなのは関係がない。
いつも通りだ。
俺がやることはたった一つだ。
一意専心、一球入魂。
盗塁なんかは気にしない。
ツーストライクは取っている。
これで三振を取ればいいはなし。
相田の要求はインローに落ちるカーブ。
―――俺は首を振る。
インローのストレート。首を振る。
インコースのチェンジアップ。首を振る。
アウトコース高めのボール球。首を振る。
相田が手を何度か開いたり閉じたりして、ゆっくりと指し示す。
ああ、そうさ。ここで勝負せずに何時するって言うんだ。
自分の自信を誇らずにどうするって言うんだ。
ワインドアップ。走り出すランナー。
知らないさ。
相田のミット以外に見るべきところなど何もない!
踏み込め、振り込め、投げつけろ!
一生で一度の一球だ。
カケラ一つも後悔の無い、ドストレートをぶん投げろッ!
松村のバットが風を切る音が聞こえる。
もう俺の手にボールはない。確かに最高の一球を投げた。
―――松村のバットが空を切る音が聞こえる。
相田のミットがボールを掴む。ああ、確かに最高の一球を投げていた!
「しゃぁあああああああっ!!」
心から吼えろ。
これが俺のプライドだ、そう誇れ。
俺がグローブを叩く音が響き、セカンドの吹田が背中を叩いてくる。
ベンチ前、相田が手を伸ばしてくる。拳を。
―――こつんと合わせて笑い合う。
さぁ、勝ちに行かなきゃな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ヤバいね・・・」
マネージャーの隅野がポツリと呟いた。
ピッチャーが代わった。
右ピッチャーだった坂本から左のアンダースローの大野になった。
感覚が分からなかったのだろう。
この回のトップバッターである吹田は三振した。
次の相田はフォアボール。
そしてライトの久利がピッチャーフライ。
ツーアウト、一塁。
俺はネクストバッターボックスに入る。
だが次バッターが打てなければ、俺に出番は回ってこない。
もう、祈るしかない。二点取らなきゃ勝てない。
一意専心、一球入魂。
目をつぶっていた俺の耳に、軽やかな音が届いた。
ハッと目を開いた俺の目に映ったのは俺の前に打っているキャプテンの高木が振り切っている姿。
そして、大きく後ろを振り向く大野。
―――遠くに飛んでいった白球。
歓声がグラウンドを包んだ。
三塁ベースに食いついた高木の姿。
らしくなくガッツポーズをとる高木の姿。
かっこいいな。
ホームランにはならなかった。
だが、相田が帰ってきた。
相田のハイタッチが俺を襲ってきた。
「お前が打て」
監督は言った。
「相田が帰ってきたらお前が打て。お前がこの試合決めてこい!」
でかい掌は、俺の肩を優しく叩いてきた。
「頑張って!」
隅野は赤くなった鼻を推して応援してくれた。
バットをしっかり握り込む。バットでホームベースをコンコン叩く。
さぁ、一意専心、一球入魂。
一球一球を悔いなく振り切るんだ。
……………
三球目。
二球連続でファウルして追い詰められた。
手汗が酷い。
いったん打席を離れて手首を振る。
打席に立った。
大野を見ろ。
心の中に無駄な想いは要らない。
打つ。ただそれだけ。
マウンドに立った。
手が、グイッと引き絞られる。
考えるより先に体が動いた。
―――――ど真ん中。
いや、落ちるッ!?
寸前だった。すぐさま叩きつけるように軌道を変えた。
だが、追い付かなかった。
ガスっと気持ちの良くない音を立てて、転がっていく。
三塁側に転がったボールを大野が拾いに行く。
全力疾走した。吐くぐらい走った。頭から一塁に滑り込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――そろそろ切り上げて帰れよー」
「おう」
バシンと音を立ててミットにボールが入った。
「ありがとう、相田」
「かまわねぇさ」
ミットを閉じて片付ける相田はこちらを見ずに言う。
「お前の頑張りは皆知ってる。気に病むな」
………………
暗くなり、ボールを片付けるのは俺だけになっていた。
自主練だったから、仕方がない。
「うわ、まだいたんだ」
隅野がグラウンドに降りてきた。
「おう。隅野こそどうしたんだ?」
「いや、別に?」
取り敢えず、このボールを倉庫に運ばないと。
そして、倉庫を開けて電気をつける寸前。
「おーい、もう一個あるよー!」
隅野が声を掛けてきた。
「おー、ありがとー!投げれるかー?」
答えは隅野なりの大遠投だった。
その白い球は俺の持っていた籠に入った。
「スットライークッ!!」
元気よく隅野は叫ぶと「じゃーねー!」と背を向けて走っていった。
籠の中を見ると、なんだこれ、ボールじゃない。
包み紙?何か書いてある・・・
開いて、そっと閉じた。倉庫にボールを入れて閉めた。
包み紙は大事に持って帰った。
帰りの駅の中、パクパク食べながら帰った。
今日は二月の十四日。
―――ナイスラン―――
チョコレート・ドストライク 青条 柊 @aqi-ron
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます