女の直観

烏川 ハル

女の直観

   

 女の直感という言葉がある。

 一目惚れするようなイイ男ではないのに、出会った瞬間に運命の相手だと見抜けたり。

 彼氏や夫が浮気している時に、何の根拠もないのに察知できたり。

 そんな色恋沙汰とは無縁の私にも、優れた直感力が備わっているのだろう。

 昔から学校のテストでは、選択肢のある問題が得意だった。数学や物理では、きちんと計算する前から「たぶん正解はこれ」と見当がついた。

 地味で暗くて可愛くない私だって、こういうところは立派に『女』なのだ!

 そう思っていたのだが……。



明子あきこちゃんのそれ、直感じゃなくて直観なんじゃない?」

 友人の麗華れいかがそう言ったのは、大学受験に備えた模擬試験の帰り道だった。

 彼女は才色兼備を絵に描いたような女の子であり、テストの成績だって、いつもトップクラス。ただし私も、マークシート方式のテストの時だけは、彼女と肩を並べる点数がとれていた。

 ちょうどそういう形式の模擬試験だったので「選択肢あるのは得意」という話題になっていたのだろう。

「直観って……。感じるんじゃなくて、てるってこと? もしかして、他人の答えがえちゃってる、とか?」

「違う、違う。それじゃカンニングになっちゃうでしょ」

 キョトンとする私に対して、麗華は軽く笑いながら説明してくれた。

 彼女に言わせると、直感とは勘。すなわち、根拠もなくピンとくるやつだ。

 一方、直観はひらめきと言い換えられる。論理的な考察を抜きにして一瞬で答えに辿り着いているので、閃いた瞬間は「勘で答えた」というように感じるかもしれないが、実は無意識のうちに頭の中で『論理的な考察』をおこなっているのだ。

「いわゆる女性の直感ってやつは、根拠ゼロだよね。でも明子ちゃんのマークシートは、そういう当てずっぽうじゃないでしょ?」

 意識せずとも、頭の中では素早く計算している。その計算の過程で、いくつか「これは違う」とわかってしまうから、それらを消して行く。そうすると正解が浮かび上がってくる……。

「記述式だと、意識して最後まで考えないといけないからね。でも選択式でも、きっと、そうやって考えてるんだよ」

 麗華にしてみれば「当てずっぽうではなく、きちんと考えているのだから実力!」と言いたかったのだろう。悪気はなかったに違いない。

 だが直感力こそが『女』である証。そう思っていた私にしてみれば、容姿端麗の少女から、私が『女』であることを否定されたような気持ちになってしまった。



 そんな私にも、運命の相手が現れた。

 大学のサークルで知り合った、一年先輩の紀藤きとうさんだ。

 優しく爽やかな好青年であり、女の子たちからもキャーキャー言われる存在だった。そんな彼が、なぜか私を選んでくれて……。

 初めての男女交際で舞い上がった私は、周りの友人たちが簡単に付き合ったり別れたりするのを見ていたくせに、

「このまま私、彼とゴールインするのかな? 紀藤明子になるのかな?」

 などと考えてしまうくらいだった。

 同時に「でも『きとうあきこ』という名前は嬉しくない」とも感じたのだが、それこそ根拠のない不安だ。

 いわば直感。自分には備わっていない感覚であり、全く信じるに値しない。心の中で、そう笑い飛ばすのだった。



 そして……。



「おぎゃあ、おぎゃあ!」

 大学卒業後すぐに彼と一緒になった私は、結婚生活三年目に、彼の地元の病院で子供を出産。待望の第一子だった。

 世俗から隔離されたような、山奥の田舎の病院だ。そんなところに入院するのは、ずっと都会で育ってきた私としては、気が進まなかったが……。

「たぶん遺伝的な理由だと思うけど、僕の家系は、出産の際に苦しむことが多くてね。僕の一族に慣れている病院の方が、色々フォローしてもらえるから」

 と彼に説得されて、それを受け入れたのだった。

 実際、陣痛の苦しみは噂で聞いていた以上だったし、それが彼の家系に由来する――紀藤家の子種を宿したから――ならば、きちんと世話してもらえる『慣れている病院』で良かったのだ、と私にも思えた。

 いずれにせよ、こうして母親となったことで、ようやく私も一人前の『女』になったのだ、という実感が胸に広がる。

「はい、抱いてあげてくださいね。あなたの赤ちゃんですよ」

 若い看護師の手から我が子を受け取る瞬間、私は幸せに包まれていた。

 私のために用意された個室には、彼だけでなく、彼の両親も駆けつけている。みんな、優しそうな笑顔を浮かべていた。

 そうした人々を見回してから、生まれたばかりの子供に目を向けると、

「えっ!」

 私の口からは驚きの声が飛び出し、心の中は一気に真っ暗になるのだった。



 確かに、抱きかかえた腕に伝わってくるのは、赤ん坊の感触だ。

 生まれたばかりでクシャクシャの顔には、彼や私の面影があるような気もする。

 だが何よりも目を引くのは、その頭に一本のつのが生えていること。こぶとは明らかに違う、昔話に出てくる鬼を連想させるような『つの』だった。

 硬直した私の表情を見て、彼が優しく声をかけてくる。

「心配しなくていいよ、明子。僕の家系は、そうやって生まれてくるんだ。でも、よちよち歩きが出来る頃には、引っ込めたり出したり、自分でコントロールするすべを覚えるから……」

 私を安心させるためだろうか。彼は実際に、自分の頭につのを生やして、すぐにしまってみせた。今まで何度も私が触れたことのある彼の頭に、一度も見たことがないつのを。

「明子さんには、それくらいの時期まで、この村で過ごしてもらいましょうね」

「これで明子さんも、名実ともに、鬼の頭の一族の一員だな!」

 彼の両親が、嬉しそうに言葉を交わしている。

「気にしなくていいよ、明子。ただつのがあるというだけで、別に鬼でも何でもないからね。名前だって、今は昔と違って『紀藤』なんだし……」

 そんな彼の言葉は、どこか他人事のように聞こえて、右から左へと流れていく。

 でも「今は昔と違って『紀藤』」というところだけは、私の耳に引っ掛かった。


 昔と違って。

 ならば、昔は『紀藤』ではなく『鬼頭きとう』だったのではないだろうか?

 かつて私が『きとうあきこ』という名前を嫌がった時、無意識のうちに『鬼頭』という文字を当てはめていたのであれば……。

 あの不快感は、直感ではなく直観によるもの。私に備わった、信頼に足る能力だったのかもしれない。




(「女の直観」完)

   

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