自分との戦い

コアラ太

ただの通勤であり、非日常の通勤

 会社に勤め始めて早3年。

 体調も崩さず無遅刻無欠席をなんとか続けられている。

 たった3年かと思うかもしれないけれど、学生時代は結構な遅刻魔だったんだ。


 昨日は珍しくゲームで夜更かししてしまったせいか、起きるのが遅くなってしまった。

 少し嫌な予観もするけれど、まだまだ間に合う時間だ。

 鏡を見ると額に少し吹き出物が出来ている。

 前髪で隠せば良いだろう。


 食パンを食べながら今日の予定を確認。

 外部からのお客さんが来る日だった。

 その客はいつも「結婚しないのか」とか「相手は」とか聞いてくる。

 毎回思うのは、そんなこと良いから金だけ落として帰れだ。

 一緒に来る部下は良い人で、その人のお守りになっている。

 早く出世してあんただけで来てくれよ。


 夢想してたら電車の時間が近い。

 牛乳を流し込んで出ないと。


 なんとか電車には間に合ったが、これから1時間も揺られなければいけない。

 そう考えるとすでに疲れてしまう。


 いつもはこの時間に本を読んだりするんだが、遅れたせいか混んでて座れなかった。

 せめてポールに掴まりたかったけど、吊り革だけ。

 仕方ないので、カバンを肘に掛け、片手でスマホを弄る。


 なるほど、そんなところに隠し宝箱があったのか。

 芸能人の離婚話とかどうでもいいわ。

 また汚職事件か。

 いつも何かしら問題が起きているな。


 中間地点まで来て、あと30分で到着というところで、自分にも問題が起きた。

 ヘソ直下辺りからゴロゴロと音が鳴る。

 弱い痛みと腹部に何かが走る感覚。

 だけどあと30分だけ。


 あと25分。

 5分でこれだけしか進まないのか。

 扉よ早く閉まれ!


 あと20分。

 痛みは徐々に強くなり、先ほどまでヘソ直下だったのが、若干左へ移っている。

 こんな痛みには負けないぞ!

 気合いと力を入れ直して姿勢を正す。

 窓に映る自分の姿は今までにない程の立ち姿。

 その立派な直立を乱す電車の揺れが憎らしい。


 あと10分。

 気合いを入れ直した直後は一度おさまったんだ。

 なのにお前は再びやってくる。

 いっそのこと一緒にロケランで吹き飛ばしてくれと思ってしまう。

 腹の中の蛇が暴れ回って早く出してくれとせがむ。

 まだだ。

 まだお前の出番じゃない!

 額に汗を滲ませながら、下半身と腕に力を込める。


 あと5分。

 あと1駅。

 誰か助けて。

 汗が冷えて余計に痛くなってきた。

 窓に映る表情は真っ青で、どこのゾンビかと見紛う程。

 あと少しだけ、頑張ってくれマイホール!


 やっと駅に到着した。

 姿勢を維持したまま個室を探すも、駅は満杯。

 5人も並んでいては間に合わない。

 改札を出て近くのコンビニへ直行。

 店員に会議室を貸してもらい、すぐに対応準備。

 なんとか間に合った。


 ここから会社まで徒歩で10分。

 あと5分で始業時間。


「あ、もしもし。〇〇課の〇〇です。先輩でしたか、スミマセン。鼻血が止まらなくて、少し遅れていきます。」


 啜る音を入れるのも忘れない演技力。

 遅刻になってしまったが、これで一安心だ。







「〇〇が遅刻ですって」


「朝一の仕事は無かったわよね。じゃあ良いんじゃない?」


「ほほう。寝坊からの駆け込み寺だな!」


「駆け込みって、トイレですよね。リーダーわかるんですか?」


「あたりまえだ!俺の直観がそう言ってる!」


「全く自慢にならねぇ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自分との戦い コアラ太 @kapusan3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説