地球最後の日『走る』

れなれな(水木レナ)

人数オーバー

 小惑星が地球に衝突すると報じられたのはいつ頃だったろうか。

 この危機的状況に対抗するには、人類は地球を脱しなければならない。

 しかし、地球上ですべての人類が宇宙に逃れるには、宇宙船が限られている。

 日本では脱出権利をもつものは、とくにとくに厳選され、主に若い者たちが選ばれた。

 なぜなら、遠く20光年先の星が地球と同程度の環境であると発表され、そこで人類が生きのびられるように、できるだけ若い活力と技能が必要とされたからだ。


 ここに、十八歳の恋人同士がいた。

 二人は長いこと愛を育んでいたが、宇宙の旅路に選ばれたのは彼女――スピカだけだった。

 不純異性交遊を避けて、清らかな交際を続けていた鮎川誠一は、苦悩した末、彼女との最後の別れを告げるため、たった一度結ばれることを望んだ。

 スピカは応じた。

 そうして、彼女が地球を離れる時が来た。

 鮎川はどうしても、忘れられないし、胸の衝動を抑えきれない。

 どうして、日本政府はこのようなむごいことをするのだ、と嘆いた。

 しかし、その時が来ても、彼の情熱は冷めやらなかった。

 宇宙船が、選別された人々を飲みこんでいった。

 スピカが乗る宇宙船は最後だ。

 鮎川はその前日から部屋にこもり、彼女の残したメッセージ付きのホログラフを眺めていた。

 そして、最後の日、彼はたまらず宇宙センターに押し入った。

 スピカは行ってしまう。

 思い出だけを残して、自分を置いて……。

 しかし、そんなことに耐えられるわけがない。

 鮎川は走った。

 それこそ、宇宙船の搭乗口に差し掛かったスピカを追って。

 なにを告げるべきか、わからなかった。

 ただ伝えておきたいことが、あった。

「スピカ、スピカ!」

 叫びながら走った。

 辺りには、娘や息子を送り出す親たちがひしめいていたけれど、搭乗口から、スピカがこちらを向いた。


 生きていてほしい。

 スピカは宇宙船の中で大人になる。

 そのうち誰かのものになるだろう。

 だけど、そんなのは嫌だ。

 20年後もそばにいて欲しかった。


 鮎川は走る。

 あらゆる障害物を乗り越えて。

 鮎川は走る。

 全身全霊をかけた、ラストスパートをかけた。


 スピカはどうしても鮎川が忘れられなかった。

 むしろ、一番に身近にいて欲しいと思っていた。

 そんな相手だからこそ、彼女はすべてを許したのだ。

 そして、鮎川が知らぬところで命は育まれていた。

 スピカは昨今流行りのヒールは脱いで、たっぷりとした布地をつかったドレスを着ていた。

 それは離れたところからも、鮎川には神秘に見えた。


「スピカ―!」

 スピカはハッとした。

 タラップに出ると、鮎川が走ってこちらまできている。

 駆け寄りたかった。

 でも、できなかった。

 鮎川は自分のできないことをして、この試練に耐えようとしている。

 そう思えた。

 ならば私も――スピカはついさきほどまで込み合っていたタラップを降りて、ゆっくりと彼の方へと向かっていった。

「誠一さん!」

 精いっぱい呼びかけた。

 誠一は、周囲の制止を振り切ると、最後の言葉をかけた。

「愛してる!」

 そして走った。

 スピカはそんな鮎川を受け止め、抱きしめた。

「私、宇宙船を降りるわ」

 鮎川は目を見張った。

「だって、この子を置いてはゆけないもの」

 そう言って、スピカは鮎川の手を自らの腹部に導いた。

 新たな命が、そこに息づいていた。


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地球最後の日『走る』 れなれな(水木レナ) @rena-rena

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