卓球部走る
足袋旅
カクヨムコン 2題目 「走る」
昇降口で靴を学校指定の外用の運動靴に履き替える。
偏平足防止を狙ってか、土踏まずの位置がいやに盛り上がっていて痛い運動靴だ。
正面玄関から外へ出ると、すぐに走り始める。
準備運動はもう終えている。
今日走るのは校舎の外周。平坦な道。
コースはもう1つあって、それはグラウンドとその後ろに広がる山(丘というべきかもしれない高さ)中を含めたクロスカントリーコースになっている。
どちらを走るかはその日ごとに自分で決めているんだけど、なんとなくで今日は校舎の外周にした。
タッタカタッタカ。
アスファルトだったり土の上をひたすら走る。
走っている間は陸上部でもないから、タイムだったりペース配分だとかは考えていない。
ただ身体を温めるためのランニング。息切れしたりとかバテたりしないペースで走ればいい。
今考えているのは自分が所属する部活のこと。
部活に入らなければいけないというルールの所為で、僕は興味が薄いけれど楽そうだという理由で卓球部へと入部した。
オリンピック種目でもあるし、真面目に県大会やら全国大会を目指している人たちには申し訳ない。でも僕が通う中学は全くの無名校だから、きっと楽だと思ったんだ。
甘かった。
部活なんだから顧問の先生だって付くし、先輩だっている。
サボったり、
放課後はほぼ毎日のように練習があるし、試合が近ければ土日にだって練習日がある始末。
さらに何故か無名校だっていうのに、たまにどこぞの知らないおじさんが練習を見に来て指導までしてくる。
誰なんだろあのおじさん。めっちゃ厳しいんだけど。俺たち、先輩も含めて弱いんですけど。そんなに熱心に指導したいなら別の卓球有名校にでも行ってくれってんだ。「試合に勝ちたくないのか」とか言ってめっちゃ説教とかしてくるんですけど。勘弁してくれよ。勝ちたくねえよ。試合でもさっさと負けて帰りてえんだって。
不平不満を抱きながら、それでも部活を続け、僕ももう2年生だ。
小学校の時から足は速い方で、陸上部もあったんだからそちらを最初から選ぶか、さっさと卓球部を辞めて鞍替えしておけばよかったと今なら思う。
でも当時はそんなこと考えつきもしなかった。
「よっしゃーーーっ!
同じ部活、同じ学年の脚が遅い馬鹿の原田が僕を追い抜いて行った。
ぐだぐだと後悔の念を引きずりながら走っていたせいで速度が落ちていたようだ。
お前はさっき周回遅れにしてやったんだから、別に追い抜いても俺の方が速いってのに、馬鹿だからあんなに喜んでる。
俺は暗い気分なのに、馬鹿は楽しそうに笑って勝ち誇って……ムカつく。
「ぬおおぉぉぉっ。抜かれただとぉ!」
馬鹿を抜いて少し気分が晴れた。
それと同時に今更ながら、風を切って走ると気持ちがいいと思い出せた。
気分が良くなってきたんだから、もう悔やむのは止めにしよう。
うんうん。そうだよ。あと1年も続ければ部活なんて終わりだ。
受験シーズンには部活に出ないでいいことも考えれば、もっと短いかも。
受験かぁ。どうしよっかなぁ。みんなはもう進路決めてんのかな。僕はなんにも考えてないや。ヤバいかな。あっ駄目だ。これ考えてたらまた凹みそう。今は走ることに集中だ。
タッタカタッタカ。
更に走る。
「とおるー、頑張ってんねー」
「おーう。梢も頑張ってんなー」
「まあねー」
女子テニス部の梢が声を掛けてきたので、返事をしつつもそのまま駆け抜けた。
うちの学校テニスコートが2面しかないのに部員数が多いから、よくあぶれた部員が壁打ち練習のために校舎裏にいるんだ。使っているのは校舎の壁じゃなくてその向かい。覗き防止のために高い場所に造られたプール設備がそこにあって、窓もないから壁打ちにぴったりなんだそうな。
梢は仲が良い女子の友達の1人。
友達ではあるけれど、可愛いから出来ることなら付き合いたいって思ってる。
バレンタインには「チョコ欲しいでしょ。あげる」なんて気軽に友チョコを貰えるぐらいの関係なんだけど、どうにもそこから進展しない。
告白しても勝算は微妙なところだと予想してる。
だから振られるのが怖くて告白はできない。
失敗して気まずくなるのは嫌なんだ。100パーセント成功するって思えなきゃ無理。ヘタレなもので。
他にもバスケ部の葵。吹奏楽部の弥生。英語クラブの育美なんかも付き合いたい候補に挙がる。
可愛いって思った子のことが気になって好きになってしまう恋多き性分なんだ。
これはヘタレなせいだと思う。
誰にも好きだから付き合ってと言えないから、好きな子が増えるんだ。
とりあえずさっさともう1周しよう。
梢とまた喋れるかもしれないから。
タッタカタッタカ。
校舎裏に差し掛かる。梢の姿が見えてきた。
なんて声を掛けようか。とか考えていると別のテニスラケットを持った女の子から声が掛かった。
「亨先輩頑張ってー」
「えっ、あっ、おう」
突然のことに碌な返事ができなかった。
誰だろあの子。話した記憶が無い子だった。僕を先輩って呼んだし1年生みたいだけど。なんで応援されたんだろ。まさか僕に惚れてるのか。後ろで声を掛けてきた子とその友達らしき子がキャーキャー騒いでるし。
やべー。モテ期到来だろうか。
とりあえず急いでもう一周しよう。
タッタカタッタカ。
なんだよもう。いないじゃん。
女子テニス部の面々が誰も残っていなかった。
テニスコートの方に行っちゃったんだろうか。
肩を落としながら正面玄関前まで走り、もう十分体も温まったということでこの日は内履きに履き替えて体育館に戻った。
上手くなりたいとも思わないまま卓球の練習をする。
考えてるのは先程声を掛けてきた後輩女子の事ばかり。
悶々としたまま部活時間を過ごした。
翌日。
休み時間に梢と話す機会があった。
雑談しながら、さも今思い出したとばかりに昨日の出来事について聞いてみた。
「昨日さ、僕が走ってる時に梢の後輩が応援してくれたよね」
「してたねー。瀬奈ちゃんっていう子なんだけど、走ってる姿がかっこいいって言ってたよー」
「マジかー。そっかそっか」
「紹介しようか?」
「いや、うーん」
マジでモテ期がきてるっぽい。だけど付き合いたって思ってる子に女の子紹介してもらうってどうなんだ?………ダメだよな普通。でも彼女が出来るかもしれないって誘惑がかなりでかい。
「確かにとおるって走ってる時かっこいいよねー。なんていうかフォーム?キレイだし私も好きだもん」
えっ?これ梢もイケる感じ?
今『僕は梢のことが好きだから後輩は紹介しなくていいよ』とか言ったら付き合えたりするんじゃ。
っていうかさぁ。走ってる姿でモテるんだったらやっぱり卓球部なんかじゃなくて陸上部入れば今頃彼女できてたんじゃないのか、コレ。
ちくしょう失敗した!
もしも過去に戻れるなら、絶対に入部届を書いている自分をぶん殴ってでも止めに行きたい。
いやいやいや、今はそんなことはいいんだ。
卓球部だって走ってる姿が格好いいって思ってもらえてるんだ。どの部活に入ってるかなんて関係ない。
よし。今日からめっちゃランニング頑張ろう。
そう決意して頑張った僕は中学時代に卓球では何も成績を残さないまま、そして彼女もできないまま卒業を迎えた。
やっぱりヘタレて告白できず、そして告白もされなかったから。
それでも走っていればモテると理解した僕が高校では陸上部に入り、高校総体でいい成績を記録し、大学推薦、ひいては彼女ができたのは別の話。
卓球部走る 足袋旅 @nisannko
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