君とシャベルカナヘビ

静寂

第1話

「そうなんです。

 このナミブ砂漠に生息する、シャベルカナヘビというトカゲは、日中、砂の上に出て来た時に、左右の足を交互にあげる“ダンス“を行うんですね。

 何をしているのかというと、砂の上があまりに熱いので、足を交互にあげることによって、体温調節をしているんです。

 因みに、砂の表面温度は、場所によって温度差があるので一概に言えませんが、おおよそ70度ほどあります。

 その上をシャベルカナヘビは、狩をするために砂の上に出て来るわけです。

 彼らは、主に草食ですが、時には昆虫なども食べます。

 また、環境の厳しいナビブ砂漠で生存するために、独特の進化をとげ…………

 更にですね、シャベルカナヘビは、あのダンスだけでなく、熱い砂の上をどんどん走るんです。

 走って、走って、走りまくります。なぜかというと、これも砂の上が熱いからです。

 懸命な彼らの生きる姿に、私はいつも勇気を貰うんです。そして…………」



 やってしまったなぁ……という、自覚は十分にあった。

 それは、地域のコミュニティセンターで珍しい生き物の生態について、幾人かの専門家が参加して説明を行い、子供達に生物に関心を持ってもらおう、という趣旨の講座だった。

 なのに、あまりにもシャベルカナヘビが可愛くて……しかも、そのカナヘビを見ている子供達の目がキラキラ輝いて見えて、ちょこっと触りだけ説明するつもりが、他の講師の先生の持ち時間まで使って、ベラベラ喋ってしまったのだ。

 それを、誰かが撮っていた動画を動画投稿サイトに流して、それがバズっちゃったんだ。

 私は、一躍時の人だ……。

 大学のただの助教職の私が……。

 地元のキー局を筆頭に、新聞や、Webの取材まで舞い込むようになった。


 そもそも、なぜこんな仕事を振られたのか、さっぱり理解できなかった。

 けれど、准教授に来ていたこの仕事は、教授と共に、海外で学会に出席されるという事で、回り回って私にやってきた。

 最初、私なんかが他の講師の方々を差し置いてと理由をつけて、断ろうとしていたのだ。 

 けれど、大恩ある教授に、これが上手くできたら、次の講師の募集で推薦してあげるよ〜と言われて、コクコク頭を振って引き受けた。

 講師になれば、お給料も増える。

 そしたら、うちで飼っているトカゲの水槽を大きくできる。それに、将来は教授とまでは行かなくとも、准教授は目指したい。そして、大好きな生物の研究をするんだ。

 なのに、失敗してしまった。当然、私に持ち時間を全て奪われた講師の先生は、子供達の前だから、大人気なく怒鳴りはしなかったものの、赤い顔で私を睨んでいた……。

 



 コワイ…………




 だって………、シャベルカナヘビが走ってるんだもん。


 いや、悪いのは私なんだけど。

 私の人生において、二番目に尊敬している(一番尊敬しているのは、ウチの両親だ)楢崎ならさき准教授は、アメリカから帰ってきたその足で、私の元にやってきた。

 お叱りを受けるだろうと、体を硬くした私の前に椅子を持って来て、どかりと腰を下ろすと、スーツのジャケットを脱いで、ネクタイを緩める。現れた喉元に、胸が苦しくなる。

 いや、胸が苦しくなっても決して、病気じゃない。

 キュンとしてしまう方の胸が苦しいだ。

 早い話が、この准教授、イケメンなのだ。

 私は、この准教授のお姿に、やられ気味なのだ。シャベルカナヘビへの愛も、ほんの少しだけれど霞む。

 で、そのイケメンは、長い足を綺麗に組むと、徐に、カバンの中からタブレットを出して、例の動画を立ち上げて見始めた。

 

 

 真剣に画面を眺めること数十秒、彼は大爆笑した。

 現状が受け入れられず、目をパチパチ瞬かせている私の前で、イケメンが体をくの字に折り曲げて、ヒーヒー言いながら笑っている。

「あ……あの、楢崎先生?」

 あまりにも楽しそうに笑っているので、口を挟むべきかどうか悩みながら、声をかけた私に、目の端の涙を拭いながら、彼は動画を指さす。

「お前、一体何分喋ったんだよ?

 お前の愛が重すぎて、子供達、だんだん引いてるじゃん。ヒー可笑しい」

「あの、す……すみません。

 折角、先生から回してもらった仕事なのに、私……」

 准教授とは、別の意味で涙目になりながら、謝った私の肩をポンポンと叩くと、楢崎准教授はクックックと肩を震わせながらこちらを見る。

「大丈夫だよ。お前が潰しちゃった講師の先生のところには、教授が電話してた。あのおっさん、今頃、上手いこと話を持っていってるよ。

 長い説明だったけど、これに食いついた子供達が結構いたって?

 それって、成功したってことでしょう。

 ネットで調べても出てくるような、サラッとした説明しても子供達は食いついてくれないよ。

 お前の、好きって気持ちが、子供達にも伝わったんじゃないの?」

 そう言われて、今度は嬉しくて泣きそうになった。

 泣かないように、口を引き結んで、何度も首を上下にブンブン振る私に、楢崎准教授は、更に、言葉を重ねる。

「お前、折角来てる新聞やテレビの仕事のオファー、断ってるって?どうして?」

「え?だって、今回の件で皆さんにご迷惑をおかけしてるのに、更にそんなお仕事なんて、お受け……」

「えー、受ければ良いじゃん」

 受けれないと、言い募ろうとした私の言葉をさらりと遮って、ちょっと口を尖らせながら、イケメンは仕事を受けろと言う。

「仕事受けて、またトカゲ愛を熱く語ればいいんじゃない?

 講師の推薦もらって、給料上げてもらって、トカゲの水槽、でかくしたいって言ってただろう?

 どんどんこの分野のことも発信して、将来的には、やりたい研究が、どんどんやれるように世間の人にも興味持って貰えば良いんじゃない?

 シャベルカナヘビみたいに、走って、走って、走りまくれよ」

 綺麗な笑顔でにこりと笑う彼に、またしても胸がキュンとする。

「は…………はい」

 どうにか、声を絞り出した私は、楢崎准教授に 勢い良く頭を下げると、スマホを握りしめてバタバタと部屋を飛び出た。

 幾つか貰っている、仕事の返事をするために。

 私も、走って、走って、走りまくるために……。

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君とシャベルカナヘビ 静寂 @biscuit_mama

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