どうも。続編で悪役令嬢になった元ヒロインです
菜花
ヒドインになりまして
続編で悪役令嬢になった乙女ゲームのヒロインに転生した。
いや何言ってんだって思うでしょう。私もそう思う。というか何かの嘘だと思いたい。
前世の記憶があるだけの普通の女の子だと思ってた。鈴倉秋乃(すずくらあきの)という名前も違和感なんてなかった。だって元のゲーム、ヒロインに決まった名前なんかなかったし。
けれどある日、地面に浮かんだ魔法陣に強制的に異世界に飛ばされた。飛ばされた先に見知った顔を見て全てが分かった。
――この人達、乙女ゲーム『ビューティフル・マインド』 の攻略キャラ達だ、と。自分は普通の世界に生まれたんじゃなくて、乙女ゲームの世界に生まれていたんだと。
まずいことに『ビューティフル・マインド』 は1とその続編も攻略キャラが同じという仕様なため、どっちの世界に転生したかで私の進退が決まる。
けど奥に攻略キャラ達の他に一人だけ、女性がいたのを見て分かった。
悪役令嬢からヒロインになったキャラ――ロゼ・アデナウアーがいる。
続編の世界だと知って私は軽く絶望した。
ビューティフル・マインド。ファンの間ではフルマイとか振る舞いとか略されていたのでそっちを使う。
この乙女ゲーム、1のストーリーはおおむね王道もの。
世界の危機を感じた女神が異世界から救国の力を持った少女を呼び寄せる。それがヒロインでありプレイヤーキャラだ。
少女はその身に眠る癒しと浄化の力をもって国を救う。その過程でイケメン達と出会いイベントをこなして上手くいけば告白されてハッピーエンド。されなかったらノーマルエンドで「こちらの用は済んだから早く帰って」 と地球に帰還。
が、フルマイはいかにもヒロインのための世界っぽいのに一人だけ妙に設定がごてついたキャラがいた。それが悪役令嬢のロゼだ。
まず誰もが見惚れるような一輪の薔薇を思わせるふわふわしたロングの赤紫の髪。そして太陽の輝きを映したような黄金の瞳という美少女デザイン。そして声優は今を時めく売れっ子アイドル。浄化の旅には公爵令嬢権限で強制的についてくるし、特にストーリーに関係ある訳でもないのに、常に肩に使い魔みたいな猫と狐を足したようなマスコットキャラがいる。それにヒロインの能力は唯一無二の物なのに、やたらめったら「でもロゼのほうが魔力量は上だから」 ってキャラ達に言われる。じゃあこの世界の危機はロゼに何とかしてもらったらいいんじゃないのと何度思ったか。
お約束としてロゼはヒロインに「元は平民以下の身分ということを忘れないように」 と嫌味を言うけれど、それを咎められることは一切ない。「ロゼの言うことは事実。実際君は現時点で戸籍も無いし」 と攻略キャラ達から擁護の嵐。
ロゼにもやもやを抱えながらプレイしてやっとエンディングを迎えると、ヒロインが攻略キャラとともに世界を救った英雄と表彰されるアニメが流れるのだが、そのシーンで主役誰だよってくらい登場シーンが多い。最初に美麗作画のロゼどーん。多分敵対したキャラも快く呼びましたってアピールだとは思うけど。そこからカメラが引いて王宮の全景を映し、中盤はヒロインらしきキャラの後姿とそのプレイで攻略した男キャラの後姿と王様と王妃様。「褒めてつかわす」 とお言葉を頂いている間にも居並ぶ群衆をチラチラと映すのだが、やっぱりいるロゼ。そして終盤光の中で見つめ合いこれからを誓う主人公カップル……に微笑みとも苦笑ともいえるような笑みを向けるロゼ。いくらなんでも出すぎでは……。
悪役令嬢にありがちな断罪劇? ないですよ。というかそういうの好きな乙女ゲー好きって結構ニッチだと思う。
絵、声優、演出、ストーリーと個人的には全てが平均以上の乙女ゲーム・フルマイだったのだが、ロゼ関連だけはモヤモヤが残った。あんまり言いたくないけど、ロゼって製作者に贔屓されてるよね……? でも公式のいうことが絶対だしなあ。自分が悪く考えすぎかもだし。
そう思っていたが、その考えは当たっていた。当たってほしくは全然なかったけど。
SNSで脚本家が爆弾発言をした。「あの世界の本当のヒロインは悪役令嬢ロゼ。ヒロインこそ邪魔者で異物で真の悪役令嬢」 だと。
それによるとロゼは幼い頃から王子の婚約者として厳しい教育にも耐えて来たのに、ぽっと出のヒロインに全てを奪われてしまった。ロゼが道中色々言ってきてうるさい? あれくらいで済んでいることに感謝していいくらいですよ! 使い魔みたいなキャラは実はこの世界の女神の母。娘が勝手に異世界から少女を召喚したけど、内心苦々しく思ってるんですよ。この世界の人間だけで解決させるのが筋なのに未熟者って。そしてその力はロゼこそが持っていると確信している。ゲームエンド後はまたお母さんが女神するんじゃないですか(笑) ヒロインがロゼに口うるさく注意されても誰も怒らないっていうのも実は伏線なんですよ。攻略キャラはみんな異世界から来たヒロインを珍獣みたいに思って一時的に興味を持っているだけで、本当に好きなのはロゼなんです。
炎上した。が、それ以上に納得したというプレイヤーが多かった。
そして脚本家がそう発言した頃には、神キャラデザと流行りの声優さんという恵まれたロゼというキャラにはファンが大勢ついていた。
「それならロゼがちゃんとヒロインしている乙女ゲームを正史として作ってくれ!」
そういう声が多かったのに驚いたのを覚えている。プレイヤーキャラに普通に愛着持っていた人達が「主人公ファンに失礼では?」 「最初からロゼをヒロインにしたゲームにすればいいのに」 と苦言を呈したけれど、ロゼの圧倒的人気(アイドルの事務所の圧力もあったんではと思ってる)とロゼファンの反論を前に黙ってしまった。「うるさいな不人気キャラ信者が」 だって。それが人気キャラのファンの言うことか?
結局そういう後押しもあって、フルマイ1のロゼ視点の続編「ビューティフル・マインド・True version」が発売となった。
1が好きだったから続編のツルバ(ファン略称) も買ったよ。買ったけど……。
1のヒロインは名前こそ「女神の使徒」 と統一されて出ないけど、物凄い改悪されていた。まずキャラデザは黒目黒髪で目が見えない仕様。言っちゃなんだけど完全にモブ。ロゼと並べるとプロの絵と子どもの落書きくらいの差があった。そして声もついてたけど初めて聞くような名前の人だった。そしてお世辞にも演技が上手いとはいえないという。それに加えて1では言ってないこともツルバでは言ったことにされていた。
「イケメンばっかりで嬉しい!」 「ロゼっていうの? お友達になってよ! そうお高くとまってないでさ」 「誰も何も言わないけど、私がいないと滅んじゃう世界ってやば~い」
SNSで「こんなキャラだったんだ」 「そりゃ攻略対象もロゼを好きになるよな」 「うわっなにこの真の悪役令嬢!」 という声が溢れているのがつらかった。
ロゼを素晴らしいキャラに見せたいにしても前作ヒロインをここまで貶す必要ある?
前作の必要なことしか言わないヒロインが好きだった。サクサクプレイできるからプレイヤーに優しいし。
たまに出る選択肢でこの子優しいんだな、と思わせる発言が好きだった。開発者的にはそうじゃない選択肢が正規ルートみたいだけど。
いきなり異世界に連れてこられて愚痴一つ言わない姿を心の底から凄いと思った。脚本家的には能天気のバカだからってことなんだろうか。
というか、ロゼを正ヒロインに据えたゲームっていうから、てっきり前作ヒロインは出ないものかと思ってたのに。普通に出てるし。
ロゼこそがヒロインっていうなら浄化の旅で何度も遭遇するアレ。悪者達によって設置された瘴気の石とかロゼが触ればいいんじゃないの? 真のヒロインなのにここぞというところでいつも後ろで見てるだけなの? 結局直接触って浄化してるの前作ヒロインだし。前作ヒロインがいくら現場で「めんどくさい、こわい」 ってぶつくさ言ってても攻略キャラ達が言ってるみたいに女神の使徒が甘ったれな、とか思うより、そりゃそうだろうなとしか思えない。見るからに禍々しいデザインだし。現女神の顔を立てているってことなんだろか。
ロゼがヒロインっていうなら以前の女神の声を聞いたロゼが幼馴染達とともに浄化の旅に出発して、その功績が認められて聖女に……ってのが王道だと思うんだけど。いつも浄化する前作ヒロインの後ろでマスコット(元女神)モフモフしてる姿ははっきり言ってシュール。何しにここに来てるの? いやテキスト読む限り「私だって役に立ちたいのに(泣)」 「大丈夫よ私がついてるわ」 という心温まるシーンなんだろうけど。
あと個人的に許せなかったのはツルバではロゼの台詞として前作ヒロインの台詞が表示されてること。
浄化の旅で途中、孤児の子に財布を盗まれるイベントが発生する。屈強な攻略キャラが地の果てまで追いかける勢いで走って捕まえたけど、その時1では選択肢に「窃盗する人間は役人に突き出すべき」 「罪を憎んで人を憎まず」 とある。後者が攻略キャラの好感度があがる選択な訳だけど……。
ツルバでは前作ヒロインはどうしよっかなっとボーっとしてて、見かねたロゼが「罪を憎んで人を憎まずですわ」 と諭し、財布を盗まれた攻略キャラがロゼの台詞に感銘を受け、げんこつ一発で不問にするという。
二次創作で公式キャラの台詞乗っ取りはよくあるけど、公式が他キャラの台詞乗っ取りは初めて見たよ……。プライドないのか。ないのは違うイベントを出せないアイディア力なのか。
我ながら意地の悪い考えだと思うが、ロゼ大好きな開発者が汚いものをロゼに触れさせたくない、本物のヒロインなのにロゼ可哀想展開がしたい、あと前作で評判高かった台詞は全部ロゼのもの、との思いで前作ヒロインを出したのではと感じてしまう。要するに汚れ仕事は全部前作ヒロイン。そりゃ不満も口に出るよねとしか。
現地キャラからすると無神経発言を繰り返した前作ヒロインにキャラ達はすっかり呆れかえり、浄化の旅が終わると同時にこの世界に未練たらたらの前作ヒロインに「とっとと帰れよ!」 と強制送還。
旅の間中ずっと不安だったロゼはこれですっかり安心し、キャラ達と逆ハーを築くのでした。めでたしめでたし。
……いや、これヒロイン何のためにこの世界に来たの? タダ働き? そりゃ前作ヒロインだって、呪われた魔石を何度も触って浄化したり、何か月もあちこち歩き回ったり、いきなり家族や地元と離れさせられて仕事に従事したぶんの対価を払えよって気持ちになるんでは。あと書いてないけど日本での時間はどうなってるんだろう。召喚してすぐの時に戻れてるんだろうか。
そういう疑問の声もあったし、改悪された前作ヒロインに同情が集まったのだが、ロゼファン達は口をそろえてこう言った。「公式のやることが正義で絶対だ。不満があるなら黙って消えろ!」
ツルバだけ売り飛ばした。でも1を再プレイする気になれない。だってツルバに繋がると思うと……。
悶々としている間も買い手を良い意味で騙し切った(とてもそうは思えないけど) と大評判のフルマイの話題はそこかしこで出る。
脚本家は裏話と称してどうして最初は召喚ヒロイン主人公で出したのかを雑誌で語った。
「実はですね、数年前に同じ乙女ゲーム界隈でヒドインって呼ばれるヒロイン出たじゃないですか。某タイムスリップゲーで。まあ作ってるほうがすると、むしろヒドインって言われないため、もしくはこの設定でこれは有り得ないと言われないために設定ゴテゴテになったんだろうなと分かるんですよ。結果プレイヤーからメアリースーって言われてましたけどね。この時代の日本を何も知らないということにするために帰国子女、敵と戦うスキル持ちって納得させるために剣道の段持ち。そんな一般人とかけ離れたキャラとかそりゃあ感情移入できませんよね(笑) とはいえフルマイも構想初期はまさにそう思われそうなヒロインだったんですよね。ロゼが。でもキャラクターは我が子みたいなものなんですよ。叩かれるとことか見たくないじゃないですか。だから考えたんです。叩かれないためにはどうしたらいいか。そこでロゼの防波堤を作ろうと。それが前作ヒロインだったんですよね。ヒロインなんて結局どんな設定でも叩かれる。反対にサブヒロインは多少設定の粗があっても擁護してもらえる。日本人の判官贔屓って凄いですもんね。で、第一作目を出したけどこれが期待通りでしたね。あのロゼって美少女が気になるって大評判。やっぱり真ヒロインはオーラが違いますからね。前作ヒロインにファンがいたのは驚きというか、最近の子って読解力がないんですね。自分の作品を明らかに間違った解釈されるとか書き手にとっては結構厄介なんですよねえ」
そこまで言うか。ってか防波堤って……私が好きになったキャラは最初から誰かの踏み台だったのか。
そんな感じで鬱々と過ごしていたら、暴走したトラックに巻き込まれて鈴倉秋乃に転生したのだが、この世界にフルマイはなくてホッとした。死んだあとに問題があるってなって消えたのかもしれない。
と思っていたけど召喚とは……。
1の時はプレイヤーキャラの前に攻略キャラ達がいるだけだった。そこに悪役令嬢が登場するのはツルバの方だ。なら、1のファンだった私がするべきことは……。
「……初めまして。私は何をすればいいんですか?」
極力、キャラ達と話さないように、そして真面目に任務をこなすのみだ。間違っても続編ツルバみたいな言動をするものか。私の中では1が正史なんだから。
「お前さ、最初の印象と全然違うのな」
旅の途中、そう言ってきたのは騎士団に属し剣の腕で団長にまで上り詰めたデニスだ。一応男キャラ人気一番。
「最初の印象とは? 召喚された時、貴方とは話しませんでしたよね」
「あ、いや……」
「ロゼさんですか? あの方は、時折未来が見えているかのようなことを仰いますし」
前作ヒロイン現真の悪役令嬢が転生者なら、前悪役令嬢現真のヒロインのロゼも転生者だった。
「秋乃さんって怖いわ。私が貴方達といると時々睨んでくるの」
「世界を救うために呼ばれているんだから多少傲慢になるのも仕方ないけど、貴方達はモノじゃないのね」
とツルバの原作通りの台詞を言って、皆からなんのこっちゃと思われてる。私は睨んだこともないしそもそも攻略キャラと話もしません。私はただ、必要最低限のことだけして、1ヒロインは叩かれるようなキャラじゃないってこの身で体現して帰るの。
召喚される前からロゼに完堕ちしてると思ったが、デニスはどこか迷った瞳で秋乃に話しかける。
「お前には悪いけど、俺達、ロゼが好きだ」
「存じております」
「けど、最近なんか違うんだよな。俺達ロゼの何が好きだったんだろうって何度も話してる」
「浄化の旅で不安定になっているのでしょう。公爵令嬢でなくともロゼさんは大切な幼馴染と聞いています。信じてあげてください」
ここでデニスにあいつこそゲーム脳の人間だって言うのは簡単だけど、戸籍も無い私と公爵令嬢じゃそもそもどっちが信用できるかっていう。
全てを諦めてひたすら浄化の旅で文句も言わず知り合いの一人もいない環境にて滅私奉公する秋乃を見て、デニスはふとロゼと比べてみた。ロゼは転移魔法と使い魔の力で旅の間も何不自由無し、公爵令嬢という身分、周りは秋乃以外友人以上恋人未満な関係しかいない。それでいて口を開けば特に何もしていない秋乃の愚痴ばかり。
女神の使徒に選ばれて調子に乗っているとロゼはいつも言っているが、果たして本当に調子に乗っているのはどちらだろう。
デニスはそこまで考えて、仮にも一度は本気で恋したロゼ相手にこんなことを思う自分に嫌気がさす。けれど何も気づかなかった頃には戻れない。
◇
「あんた、まさか転生者?」
普段は令嬢然としているロゼが荒っぽい口調でそう言ってきた。
「何のことでしょうか」
「ほら! そういうとこ! 私の知ってるヒドインはもっと性格が悪いんだからあんたは転生者でしょ!」
ヒドイン。最初見た時は目を疑った。主にツルバから入ったフルマイファンは前作ヒロインを指してそう言うのだ。正真正銘の悪役キャラにそう言うならまだしも、仮にも同じシリーズの前作ヒロインにそう言うのはどうなんだ。マナーとして。
「だとしたら? 別に貴方の邪魔はしていないじゃないですか」
「やっぱり転生者だって認めるのね!? 言っとくけどあんんたみたいなブスが攻略キャラ達とくっつこうなんて思い上がりも甚だしいのよ! ま、ブスだから最初から可能性なんてなかったけどね~。キャラ達み~んな私の虜だし。あんたの無神経行動が無いからイベントが発生しなくても関係ないわ。この世界はロゼのためのゲームなんだもの。みんな最初から私に夢中だし~? だから調子に乗らないでよね」
「はぁ……」
「は? 何その態度? 私が先に攻略してたからやる気なくした?」
「いえ、別に。お気に触ったなら申し訳ありませんご令嬢」
「いちいち嫌味ったらしいのよ。ヒドインはもっと頭悪いのに。もしかして不人気ヒドイン信者? 本当はロゼがヒロインだって明かされて公式のリプ荒らしたんでしょ? キャラも信者もキッモ。私はツルバからこのシリーズ始めたんだけど、ロゼが可哀想でとても1なんてやる気になれないしやらなくて正解だったって感じ。あんたみたいな自己中信者もいるし。不人気キャラに価値なんてないんだから旅終わったらとっとと帰ってよね、いい?」
言いたいことだけ言ってロゼさんは帰っていった。そして、私の背後の大木の後ろで震えていた男は……。
「俺、俺は……」
「デニスさん、ロゼさんは何も気づかなかった振りをすればそのまま夢を見させてくれる人だと思いますよ」
「……! 君は……旅が終わったら帰るのか?」
「ええ。ここに居場所はありませんから」
「でも君は……いきなり違う世界に連れてこられて、実質タダ働きで……」
「最後に無事に帰れるならもうどうだっていいんです」
デニスはそれ以上何も言わなかった。それからのデニスは口数が少なくなり、黙って何かを考え込むことが増えたように見えた。
そして浄化の旅が終わった最後、まだこの世界に居たいと駄々こねる前作ヒロインに切れた他のキャラが強制送還させるという流れだったのだが、ロゼさんにとって結果が同じなら過程はどうでもいいいはず。
「終わったんだから早く帰らせてください。一分一秒だってこの世界にいたくないので」
魔術師キャラがなんとなく後ろめたそうに魔法を発動させる。その後ろで「なにあれ! 今まで一緒に旅してきた仲間相手にひっどーいこっわーい」 とロゼさんがデニスさんに抱き付いて……振り払われていた。魔法陣の中にデニスさんが走ってくる。
元の世界に戻った。一人おまけ付きで。気づいたら元居た通学路。騎士姿のイケメンは浮きまくっていた。
「デニスさん……私、一般家庭だから貴方を養うことは無理かと……。あと下手したら不法滞在者を匿ったって警察沙汰になりそうで」
「分かっている。ただ、あの世界にこれ以上いられないと思ったんだ。あの世界に居る限りロゼが関わる。違う世界に行きたかった。君を頼ろうなんて思っていない。一人でもなんとかやっていくさ……一人でも」
これってヒロインから攻略キャラを寝取る悪役令嬢なんだろうか。いや、キャラ本人は私が好きっていうよりロゼが怖いって感じだけど。
デニスのうずくまって震える背を撫でる。その体温を感じながら、リアルだとゲームが終わったあとも生きていかなくちゃいけないんだよなあとぼんやり思った。
◇◇◇
秋乃がそんなことになっている頃、乙女ゲーム・フルマイを作った会社は先細りになっていた。
二作目からは一作目と続編ツルバの貯金も多かったし、満を持して自分達の好みのヒロイン――ピンクゴールドの長髪にブルーサファイアの目、白磁の肌に有名声優の鈴を振るような声付き――を作って発売したのだが、ファンからの第一声は「で、この子はいつざまぁされるの?」 だった。
一作目がヒロインと見せかけてざまぁ対象だったのだ。二作目もそうだろうと考えるファンは多かった。おまけになまじピンクの髪だったのもあって尻軽ヒロインと思われた。
この子はざまぁ対象などではない、一作目が特殊だったのだといくら口を酸っぱくして言っても無駄だった。二次創作投稿サイトを見ると先走ったファンが二作目ヒロインざまぁ小説を書いていてランキングに載る有り様だった。その感想に「やっぱりあの子むかつきますよね! 公式でも早くざまぁされないかな! 調子に乗ったヒロインが続編でざまぁされるの見たい!」 とついていて読んだ開発者は軽く宇宙猫状態になった。
二作目は王道乙女ゲームものでざまぁものではないと周知される頃には売り上げが右肩下がりになった。ざまぁがない二作目は売れなかったのだ。
なにせ最初にやり方がまずいと苦言を呈するファン達を読解力の無いプレイヤー扱いして追い払ったのだ。後に残るのはざまぁ好きのファンのみ。
一番売れた一作目とその続編の廉価版を出すと一作目のほうは全く売れない。そりゃあそうだ。誰が好んで続編でざまぁされるプレイヤーキャラになりたがるだろう。
SNSでファンなら一作目も買って……と頼りなく呼びかけるも「ロゼが可哀想で一作目なんて出来ません>< 私なんか存在自体許せなくて周りに一作目は駄作だから買うなってアドバイスしてますし、買ってあった一作目はお父さんの煙草を借りてパッケージのヒドインの部分だけ黒焦げにしてやりました(笑)」 と自分で蒔いた種がかえってくる。そのリプに「何それ引くわ」 とコメントがつくとコメ主は「だからそれだけ一作目がヒドインなんでしょ何で分からないの!?」 と切れ散らかす。買うかどうか迷っていた人達はこの様子を見てそっと去っていく。
一作目ヒロインが馬鹿にされてるのを笑っていたのに、どうして「買うなと吹聴するのは営業妨害だやめろ、製作者として製品をわざわざ壊すとこ聞くのは気分が悪いからやめろ」 とか言えるだろう。
仕方なくロゼ主人公の続編の完全版を何度も出したり、有名ライターに小説を書いてもらったり、人気絵師にコミカライズしたもらったりしたが、二作目の人気にはまったくつながらなかった。
それどころかロゼファンは二作目のヒロインを「ロゼと違って苦労もしてない」 「ロゼのほうが美人」 「二作目の攻略キャラはロゼが現れたらみんなロゼに惚れるんじゃない?」 と踏み台にする。さらに同人で一番人気が神絵師と評判の高い人が描いた二作目攻略キャラ×ロゼというのだから恐ろしい。ファン界隈の空気がそうだから誰も「二作目のヒロイン可愛い」 なんて言わない。というか言ったら追い出される勢いだ。「このシリーズはロゼから始まったのに何故ロゼを敬わない、好きにならない」 と。
結局フルマイシリーズが好きなのではなくロゼだけが好きな人間は足を引っ張るだけだった。次々シリーズを打ち出せばヒロイン交代の所業の記憶も薄れるだろうと思ったが、ロゼファンを名乗る輩がいつも商品のレビューで「二作目は甘ったれヒロイン。ロゼみたいな苦労をしてないから嫌い」 「三作目はお花畑ヒロイン。どうして公式はロゼみたいな思慮深いヒロインを描かなくなっちゃったの?」 「四作目は電波ヒロイン。苦労してて頭が良ければ良ヒロインになると思ったか。どうしてロゼみたいな塩梅にできないかなあ」 と後続ゲームのプレイヤーキャラを叩きまくる。製作者の一人が呟きで「このシリーズ、ファンに新規を必ずドン引かせる天才がいるんですよね」 と思わず本音を呟いて慌てて消していた。
というか乙女ゲームなんて攻略キャラ達が最重要なのにプレイヤーキャラが一番人気ってそもそも履き違えてるような……と開発陣は理解し始めた。
五作目になってようやく一作目のヒロインに対する仕打ちがあんまりだからこうなったと開発者は理解した。仮にも一度はヒロインとして公表したキャラに対する扱いではなかった。
だが今更「一作目のヒロインごめんね!」 なんて口が裂けても言えない。まだ金を落としてくれるロゼファンを裏切ってまでそんなの言えない。
とはいえどんな会社でも世代交代は進む。新しい社員が入ってくると、ロゼファンの顔を立てつつ、ロゼの態度はよくなかったと暗に匂わせるようなシーンがゲームに盛り込まれた。そして一作目ヒロインは過小評価されすぎていたとのちの学者キャラにも言わせた。ずいぶん遅くはなったが、一作目ヒロインの名誉は回復されたのだ。
ロゼファンはこれをロゼに対する侮辱と考えてジャンルから去ったが、代わりにやっとまともなファンが新規で入ってきた。
◇
デニスに置いていかれたロゼ――中身は転生者だが――は茫然としていた。
なんで? なんで私を捨ててヒドインに走ったの?
ショックを受けて固まるロゼを他の男達が慰める。肩にいるマスコットキャラも語りかけてくる。
『大丈夫よ。私が選んだのは貴方なんだから。デニスという男は見る目がなかったわね』
どんなに慰められても、一番好きなキャラに手酷く拒絶されたことでロゼの心は深く傷ついた。
どうして私から逃げたんだろう? ……他の男を侍らせてるのがまずかったのかな? でもそんなの元のゲームだってそうだったし。でも本当は嫌だったのかな。こんなことならデニス一人に絞っておけばよかった。
そう落ち込むロゼに追い打ちをかけるかのように、王都に戻ってからは世間の人々の噂が彼女を傷つけた。
『自分は男を侍らせて、聖女にだけ仕事を押し付けた我儘お嬢様』
なんでよ! 仕事をするのは聖女だけってゲームでもそうだったじゃない! 何でゲームが終わったあとにそんなこと言われなきゃなんないの! 可哀想なのは高貴な身分なのに異世界人に負けるロゼのほうでしょ!?
転生者の中ではロゼは常に迫害される可哀想なキャラなのだが、傍から見て何もしていないどころか聖女としての役割を忠実に果たす鈴倉秋乃を、一方的に敵視して攻略キャラの誰も近寄らないようにしていたのは転生者のほうだ。転生者の中では自衛のため、ヒドインだから何しても良い、ということになっているが。
当然そんな状況は普通の人から見ればドン引きものだ。両親やら他の高位貴族やらに「どうして女神様の使徒にそこまでつらくあたったのか」 と聞かれると「使徒というだけで傲慢だったので!」 と元気よく返すロゼだが、周りの目は完全に危ない人を見る目つきだ。
そもそも中身転生者のロゼはゲームヒロインに転生したのに浮かれて王妃になる努力など一切していない。生まれただけで勝ち組だと信じていたからだ。今までずっと暇さえあれば男の尻をおっかけていた貴族令嬢が女神の選んだ少女をいびりぬいた。そこに悲劇にヒロイン要素などないのである。ゲームにだって王妃として努力したのにちゃらんぽらんな聖女に全てを譲らなければいけなかったという事情があったのに。そこが最大の同情と共感要素だったのに。貴族社会ゆえにあからさまに非難されることはないが、全ての人間がロゼに腫れ物を触るように接した。それはロゼには耐えがたいことだった。
どうして真のヒロインの私がこんな目で合わないといけないの? 女神様なんとかしてよ!
しかしマスコットキャラと化した女神はバツの悪そうな顔をするのみ。異世界人を頼ったことに娘である現女神にチクリと嫌味を言ったのだが「安全圏から批判しか出来ない過去の遺物は引っ込んでて。大体この方法が駄目っていうけど、あんた代替案いつ出した? 何しても文句しか言わないから私が女神になったんじゃない。大体、類は友を呼ぶっていうけどあんたが後見してる少女の評判知ってるの?」 と追い返された。
世間の批判を受けて攻略対象キャラの態度も変わってきた。いつの間にか遠巻きにされている。
ロゼは耐えきれずに遠方の避暑地に行ってそれ以降王都には戻らなかった。それでも貴族であるから平民よりは恵まれた生活を送ったようだ。心の中がどうだったかは別として。
どうも。続編で悪役令嬢になった元ヒロインです 菜花 @rikuto
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