エナ砂漠の一夜⑵

薪が火の中で転がると一際高く炎が上がる。

それを合図にしたように、先ずは言い出しっぺのタンダがまるで内緒話でもするように、低めた声で語り始めた。


「ここから遥か南のグアナラ湿地帯のさらに奥のジャングルに、艶声国と言うそれは豊かな国があるのをご存知かな?」


知るわけがあるまいと言う顔つきでタンダは皆を見渡した。

知らないと答えるのも癪に触る。

皆は曖昧に首を横に振った。


「その国は裕福ではあったが子宝に恵まれなかった。世継ぎは目の見えない王が一人。

この王様が繁殖能力が高いとされるオメガばかり男女合わせて十人の貴妃を娶ったのだ。

これだけのオメガが居れば世継ぎなどたんと生まれて来る、王室存続などすぐに脱却出来るだろうと皆一様に考えていた。

だが、待てど暮らせど吉報は訪れては来なかった。

そうやって呑気に構えていたせいで王はどんどん歳を取り、もはや王のナニがおっ勃つのも若い頃の勢いにはとうに及ばず、目が見えぬせいで、貴妃達がどんなに官能的な媚態を繰り広げようとも全く王には通じない。さてご一同、考えた王はどうしたか…」


タンダが男達を見回すと、誰かが「声だ」と呟いた。タンダはご名答!と指を立てると話を続けた。


「その通り、男ならばご一同も分かるであろう?アノ時の声が、どれほどの威力を秘めておるのかを。

王は目が見えない分耳が良い。貴妃達の発する甘い吐息や肌を吸った時に上がる小さな呻き、王の厳つい指が、秘部を掻き乱すとあらぬ声を上げてよがり、ことに王の熱い肉棒で嬲られ絶頂に達した時に発する貴妃達の艶かしい声だけが、王を熱り立たせることの出来る手段だ。

そこで国中から王の最も興奮する艶声の持ち主を新たに娶る事になったのだが、王が全てのオメガ達と交わって決める事など無理な事。その間にも王の子種が尽きてしまえば本末転倒。

そこで広間に千人の貴妃候補を並べさせ、そのオメガの数だけの家来を集めて一斉にまぐわせたのだ。

想像するがいい、千人のオメガと千人の家来、総勢二千人の人間が王宮のだだっ広い広間で淫らな行為に耽る様を!

その者どもが上げる淫らな声は国中に響き渡り、その月に身籠る者が国中に溢れかえったと言う逸話も残るほどだ」


タンダは一区切りをつけて茶を啜ったが、皆はその話の続きを急かした。


「それで、どうしたのだ?見事貴妃は選ばれたのか!」

「選ばれたとも。まずは千人から五百人、五百人から三百人が選ばれ二百人、百人になり、そうやってひと月をかけて貴妃選びはとうとう一人に絞られた。

その者の上げる悦声は実に悩ましく、聞いた者全てが腰砕けとなるような雄の本能をくすぐる官能的な声だった。

家来とのまぐあうその切なげな声だけで王の陽物は久々にかつて無いほどに漲った。

その者を余の新たな貴妃に迎えると王は皆に公布したのだったが、王も想像つかない出来事がこの舞台裏で起こっていたのだ。

オメガの相手を務めていた家来と、その最後に残ったオメガが恋仲になっていたのだ。

オメガの相手は最初から同じ者が務める事になっていたのだが、それが完全に裏目に出てしまったのだ。その都度に不特定に相手をさせれば良かったものを、回を重ねる毎にそのオメガと家来の仲は深まったのだ。二人は偶然にも番となり得る相性の二人だったのかも知れぬが、それも今となってはすでに遅く、そのオメガは泣く泣く王の新しい貴妃となった。だが家来の恋心が何故か王に露見し、その家来は鞭打たれて投獄の憂き目にあってしまったのだ。

初夜の閨房で王はオメガに艶声を上げさせる事にいつに無く没我した。肌に吸い付けばか細く啜り泣き、震えながら勃ち上がるオメガのソレを口に含むと乱れてあらぬ悦声が花弁のように振り散った。王の陽物が華奢な躰を抉ると得もいわれぬ愉悦の叫びを上げて咽び泣く。その声の淫猥なさまに王は夢中で快楽に没我し、激しく貪るあまり何と腹上死してしまったのだ」


おおぉ〜と、男達の間で微かなどよめきが沸いた。

ここでイヤッカルーが持っていた酒を五つの盃へと注ぎ入れ、それぞれ皆の前へと置いた。


「それで、その王室はどうなったのだ?世継ぎもいないまま王が死んだのだろう?」


そう言うと、イヤッカルーは長いキセルに煙草の葉を詰めて焚き火の中で燻らせた。ふわりと甘い紫煙が辺りを包んだ。


「王が死ぬと、新しいその貴妃は愛するかの家来を牢から解き放ち、その王国を我が物としたのだよ。家来はその貴妃の夫となった。艶声一つでそのオメガは一国の主になったのだ。それからその国の名前が艶声国となったのだ」


そこまで語るとタンダは満足そうに目の前の酒を煽りあけた。


「これは上手い酒だな!」


皆も後に続くように盃を煽り、口々にその酒を褒め称えた。

オメガの男も目の前の盃に手を伸ばしたが、その時イヤッカルーの長いキセルがそっとその手元から盃を遠ざけた。誰にも気付かれぬように。

酒の盃をそこに置いたのは他ならぬイヤッカルーだと言うのにも拘らず。

不思議に思ったオメガの男がイヤッカルーを見ると意味ありげにうっそりと微笑んで紫煙をたなびかせている。

オメガの男はそれきり酒に手を伸ばそうとはしなかった。


「確かにオゲレツな話ではあるが似たような話を俺は聞いたことがあるぞ。確かあれは…」

「いや、私も同じような話を北方の国で聞いたことがある」

「ふむ、そんなにあちこちある話しと言うことは、これはさして珍しい話ではないのかもしれないぞ?」


皆が口々に珍しい話では無いと言い出すと、タンダはムキになって口から泡を飛ばした。


「な、なら、これよりオゲレツで珍しい話を聞かせて欲しいものだな!」


そう言うと、隣に座っていたアンクを睨んだ。アンクは満を辞してと言う顔つきで自ら酒甕から酒を注ぎ足すとくいっと煽ってから話し始めた。


「では私が旅から持ち帰ったとびきりオゲレツな話を聞かせてやろうじゃ無いか」


そう笑う赤らんだ顔は何処か下衆な臭いが鼻をついた。


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