エナ砂漠の一夜⑶

「西の国々には多産な魚を崇める風習があってな、祝い事には生きた魚を送ると言う風習があるのだが、高い山々の連なる臥龍山脈の山頂近く、雲を眼下に統べる二つの国が並び建っていてな、片方を麟紅香りんこうこうもう片方の国を薫蒼奏くんそうそうと言った。

この二つの国は長い間、付かず離れず上手いこと共存していたのだが、本当は互いに全てを己が統治下に統べる事が出来たらと両国は長きに渡り虎視眈々とその機会を狙っておった。

そんなある時、薫蒼奏に頭一つ抜きん出た腹黒の王が君臨した。時を同じくして隣国の麟紅香に玉のような王子が生まれた。

薫蒼奏の王は、祝いと称して誰も見た事のない珍しい黄金の鯉一万匹と己の美しいオメガの愛妾を王子の召使として共につけて隣紅香に差し出した。

愛妾は王子付きの召使として、黄金の鯉は豪華な部屋の豪華なプールに放たれ大切に飼育された。

王子はやがて妃を迎える年頃になると鯉も一層まるまると太って色艶も良くなったが、今を盛りのはずの王子の方はどんどん萎んでいったのだ」


「あ!わかったぞ!」


皆が話に聞き入っていた時、ポントが突然大声を出した。


「なんだ!驚かせるなよ」


話の腰を折られたアンクが眉を顰めるが、ポントはお構い無しに喋り続けた。


「そのオメガの召使だな?!その者に夜な夜な生気を吸い取られておったのだろう!」


得意げな様子がこの場に一人悪目立ちしていて滑稽だった。

「ブっ」とイヤッカルーが鼻先で小さく吹くと、皆もクスクスとせせら笑った。


「し、失礼な奴らだなっ!」


失笑された事に羞恥したポントがうっかり振り上げた手から盃が飛んでオメガの男の膝に落ちた。


「あっ…」


「こ、これは失礼したっ!」


そう言って慌ててポントはオメガの男の膝を自らの手拭いで拭いたが、偶然が否か裾が捲れて白い足が露わになった。


「こ、これは美しい御御足ですな…いやあ眼福眼福!」


アンクがふくふくとした顔で色めき立ち、ポントもタンダも邪な視線がその艶めかしい脚を舐め回した。

オメガの男は何かゾっと嫌なものが背筋に走り、素早く裾を取り繕った。


「お、お話の続きをお聞きしたいです」


何せここは砂漠のど真ん中。か弱いオメガ一人、何かあればここにいるアルファどもに食い物にされてしまうかもしれない。

ここは平静を装い上手くかわさねば危険な目に合いかねないと思ったのだのだろう。話している間は危険を回避出来る。そう思ったのかオメガの男はアンクに話の続きを催促した。


「とんだ所で話の腰を折られたが、まあ良いさ生憎お前さんの想像したようにオメガに生気を吸い取られた訳ではないぞ。

不審に思った王子の弟がオメガとねんごろになっているのではないかと下衆の勘ぐりを働かせ、夜中にこっそりと兄王子の臥所ふしどに忍び込んだ。

だが例の召使のオメガに見つかってしまうのだが…、召使いのオメガはそれを咎めるでもなく、弟王子の手を引いて鯉の住う部屋へと導いた。

そこにいたのは兄王子だった。それから夜な夜な二人は鯉のいる部屋で寝泊まりするようになり、そして弟王子も兄と同じようにどんどん生気が無くなっていったのだった。そしてそれを怪しんだ王子の叔父が、そして次の日には王自らが…と言うように、みなオメガの手に引かれて鯉の部屋へと通っていくようになっていた。その頃になると、皆青白い顔をして城をふらふらと歩き、王族の男どもはもはや使い物にならなくなっていた」

「ほらみろ!やっぱりオメガの召使が怪しいではないか!」


先の読める展開なのに、再びポントが声を張り上げた。


「バカめ、オメガの他にその部屋には何がいると思うんだ?」

「あとは鯉しかおるまい!」

「そうよ、鯉しかおらんな?」


アンクはニヤリと含み笑いに目を細めた。


「鯉と…まさか…!まぐわったのか?!」

「まあ当たらずとも遠からずだな。鯉にしゃぶらせたのだ男のナニを!餌を求める口は大きくて男の陽物など根本から丸呑みにする。そして鯉のぬるぬるとした鱗には媚薬効果があったのだ。その金の魚は鯉に似ていたがポロポイッシュという人の子種を糧とする幻の魚だ。人の性液は血液と同じ。そう言う意味では隣紅香の王家は鯉に内側から喰われのだよ。その鯉どもは長年かけて内側から王族を腑抜けにさせると言う隣国の姦計によって王とその愛妾のオメガとに陥れられたのだ。

城の皆んなが気がついた頃は時すでに遅し。一万匹の巨大な鯉のプールで鯉に全身くまなく吸いつかれ、嬉声を上げながら嬉しそうに浮き沈みを繰り返す王族達が出来上がっていたと言う訳さ。

そして頃合いを見計らって隣国から攻め込まれ一貫の終わり」


「なんと下らん!そしてなんたるオゲレツな!」


ポントが何故か熱くなって立ち上がる。

だがアンクは勝ち誇った顔で嬉しげだ。


「そうであろう?!そうであろう!ほらみろワシの話の方がオゲレツだと認めるのか?」


アンクは腕を組んで興奮した赤ら顔で鼻を膨らませた。


「しかしどんな心地だろうなぁ!一万匹に吸いつかれる心地は」

「たまらんなあ…あはっあはっ」

「ああまったくたまらん!うはははは!」


皆酔いが回ってきたのか妙にハイテンションだった。皆の風紀の乱れを感じる。その言動も呂律が怪しく目が虚ろだ。そんな中、ポントがオメガの男に色目を使う。


「ワシがもっと下らなくもっと下劣極まりない話をしてやろうな。ウヒャヒャヒャ!」


心なしか四人の男はオメガの近くへと集まって、ヤニ下がった下衆びた顔がオメガの男に今にも擦り寄りそうな勢いだ。

オメガの男はいよいよ嫌な予感が走って身を硬く縮こまった。

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