エナ砂漠の一夜⑸&エピローグ

風に形を次々と変えていく砂漠の丘は月の粉を撒いたようにキラキラと光り輝いていた。

その丘を二頭のルヤクーがソリを履いた荷車を砂煙を立てながら引いていた。荷台にはどっさり戦利品。ルヤクーの手綱を操るオメガの男は意気揚々だ。


「何で俺を生かしておく気になったんだ?

それにーー…俺は荷物か!」


戦利品の山の中から声がした。

荷物と荷物の隙間にイヤッカルーが挟まるように長く伸び、体がまだ動けぬ身なれど口達者は相変わらずだった。


「貴方が気に入ったからですよ。僕は将来子を儲けたいと思っているのでね、貴方は強そうだし、僕と番になればきっと美しくて逞しい子供が生ます」

「ぬけぬけとよく言う!だが俺は逃出すかもしれないぜ?子供をお前に押し付けて」


そんな強がる言葉に、まるで貴方のことはお見通しだとでも言うように、オメガの男は微笑んだ。


「貴方の方が、先に僕に一目惚れしたんですよ?…僕たちきっとお似合いの番になります」


オメガの男の言う通りだった。一目惚れも本当だし悔しいが、似合いの番になるとイヤッカルー自身も感じて口を噤んだ。


「ま、…まあ、そうだとしてもだ。俺は連れ合いになる男の名前すらまだ知らないんだが?」

「あっはは!そうでしたね。…僕はガレリアと言うのです」

「ガレリア…。ふむ、悪くはない響きだな」

「僕をたんと愛して下さいね、あなた」


こうしてこの夜、エナ砂漠の真ん中で、三つの死体と一つの恋が生まれたのだった。

この夜の出来事を知っているのは二人と寡黙な月明かり。やがて二人を乗せた荷馬車は砂塵の中へと染み込むように消えて行ったのだった。






「それからその二人はどうなったのだ?」


ある夜、エナ砂漠の真ん中の、赤い巨石が折り重なる窪地で五人の旅人が燃える薪を囲んでさっきから一人の男がこの遥か昔の物語を皆に語って聞かせていたのだが、輪の中の一人が男にそう尋ねた。


「どうなったかだと?ふふっ、この砂漠の南にある一番大きな街の名前を何という?」


謎をかける眼差しで男は一同を見渡した。

皆は顔を見合わせていたが、一人の男が口を開いた。


「街の名前?…街の名前はイヤッガレリア…、ぁ…そ、そうか!」


その名を口にして男は気がついた。

アルファの名はイヤッカルー、オメガの名はガレリア。

そして町の名前は


ーーイヤッガレリアーー


「そう、二人は最初に見つけたオアシスに住み着いた。繁殖能力の強いアルファとオメガ。文字取り最良の番となって子供がボコボコ生まれたのだ。その子孫が子供を作り、さらにその子孫たちが子供を作り、気がつけば何百年、イヤッガレリアと言う街が出来上がっていたと言う訳だ」


ほぉ〜と皆が感心していたが、またもう一人の男が口を挟んだ。


「いやだが、そんな街や村の話など割とあるぞ?やれ何処そこの子孫だことの、何某の末裔の町だとかな」

「まあ、そうだなぁ、こんな話はこの世界には五万と転がっておるよ。ありふれた恋物語の一つに過ぎんのだ」


この夜、旅人達は和やかに笑いながら大いに飲んで大いに語り合ったのだが、こんな光景は今も何処かの砂漠、何処かの街、そして何処かの空の下で繰り広げられているのだろう。

こうして数多の物語達は旅人たちの一夜の慰めに連綿と語り継がれてゆくのかもしれない



そう、この物語はこの世界にありがちな、ありふれた一夜のありふれた物語の一つだなのだ。

           お終い






[エピローグ]


「え、お終い?これでめでたしめでたし?…で良い訳ないよね!だって死人まで出てるのに!後々栄えたかもしれないけど盗賊で人殺しの両親なんだよ?美しく終わってるけど何だか誤魔化されるなこのお話!」


ベッドに寝そべり足をバタつかせながら納得行かなそうに撫川は開いていた本を閉じた。


「どっから持って来たんだよ、そんなインチキくさい千一夜物語。最初はオゲレツ物語だったのに何で最後がラブストーリーみたいになってんだ?」


風呂上がり、Tシャツに着替えた久我が濡れた髪を拭きながらベッドに登って撫川の隣に寝転がって来た。


「図書館で借りてきたんだよ。何だか本に呼ばれた気がして」

「ハハ!お前呪われた本に見染められたんじゃ無いのか?」


そう言うと久我は撫川の手からその本を取り上げてベッドサイドに静かに置いた。


「暗がりで読むと目、悪くするぞ」


撫川は仰向けになった久我の肩に頭を乗せるともそもそと寄り添って来た。風呂上がりの久我の身体は熱かった。

久我にしてみればひんやりとした撫川の肌が心地良い。

二人で新居の天井を見上げながら撫川がボソリと呟いた。


「でも何だか良いな、オメガバースって。僕でも久我さんの子供が産める世界か…」


「・・・オレの子供が欲しいのか」

「え、いやそれは…そのっ」


撫川は自分で言った事に赤面して顔を布団に潜り込ませた。

久我も追いかけるように顔を布団に突っ込むと二人の吐息が布団の中に熱く籠った。


「一応オレ、努力してみるけど…」

「…ばか」


これはオメガバース。現実の世界ではあり得ない。でもやっぱり少しだけ撫川は羨ましかった。

やがてゆっくりと二人の唇が重なり合って、そこから先は……二人だけの千一夜物語だ。



※エピローグは「幻の背」より久我と撫川が登場してます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【OGB企画】この世界にありがちな僕等の Love story(ありがちでも無いけどね!) mono黒 @monomono_96

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ