第78話「夏休みがやってきた」
「言っていいと言われてたから言うけど、夏休みになったよ」
と配信がはじまって最初に告げる。
【コメント】
:高校生の夏休み、だいたい同じ時期だからな
:地方によって多少ズレるかもしれないが、身バレリスクは低め
:高校生って明かしているなら大丈夫な範囲だろうね
「夏休みの宿題、いやだー」
心底うんざりしているので、感情が乗ってしまう。
【コメント】
:すげーいやそうww
:わかる
:自分も宿題ある…
:宿題、なつかしい
:学生も見てるのか
:何となくだけど社会人が多いイメージだった
:いまは夏休みだし、見てる子はいるだろうな
「みんなで今度遊びに行くらしいけど、俺は宿題がはかどってないって理由で留守番になりそうだ」
これも言っていいと言われている。
はっきり言い切るほうが勘繰られないだろうと。
【コメント】
:かなしみ
:まあ男ひとりなんだし、混ざるのもきついだろう…
:男女比1:5だっけ? 肩身狭そう…
:オンとオフじゃ雰囲気も違ってるかも?
俺のリスナーだけあって同情してくれる人たちが多い。
実は俺も混ざる予定だよ、配信には出ないだけなんて言えない。
「モルモは優等生だけあって、どんどん片づけてるみたいなんだよね。最悪、相談しようかな」
と冗談まじりに言ってみる。
学校が違うので見せてもらうという王道が使えないのはつらい。
今回の配信ではまったりと雑談をしながらゲームもやっていく。
長時間やらなかったのは、宿題の進捗がダメだから。
ウソはついていないんだけど、みんなと遊びに行くためである。
いざとなったら桂花に泣きつくことになりそうだけど、あんまり使いたくない。
桂花ならきっと快くつき合ってくれそうだから。
そして当日になって、何度か行った紗世さんの家の前に9時に行く。
参加メンバーはヘーファル先輩、ボア先輩、ラミア先輩、俺と同期たち、そしてなぜかしずりさんだった。
日焼け対策か、長袖のトップスにジーンズである。
ファッションだけ見たらオシャレじゃないのに、着てるのがしずりさんなのでカタログモデルみたいな印象になっていた。
「初めまして。雪眠ラチカの奏者、若佐木しずりと申します。紗世とはむかしからの友人で……」
そしてみんなにあいさつしている。
「あなたが! 話には聞いてますよ」
とボア先輩が笑顔で対応し、すぐにきゃっきゃっと盛り上がり出す。
初対面でいきなり打ち解けられるのは強いなぁ。
感心していると紗世さんと桂花のふたりが俺のそばに来る。
「おはようございます」
柔らかく微笑む紗世さんは清楚な水色のワンピースドレスに白のストール、白い帽子だった。
「おはよう。宿題何とかなった?」
からかうような笑顔の桂花はチノパンに青の半袖シャツだ。
この中で半袖を着てるのは俺と彼女のふたりだけ。
彼女のほうは日焼けを気にしないんだろうか?
「何、わたしの腕を見て」
視線に気づかれたらしく、桂花が聞いてくる。
「いや、桂花だけ長袖を着てないから」
いやそうな顔をしてないので素直に質問した。
「日焼け止めばっちり塗ってあるよ。どうせ塗らなきゃだしね」
と桂花は笑顔で答える。
まあ、海にも行く予定だもんな。
回ってきたスケジュールによると、紗世さんが持ってる別荘に泊まる予定らしい。
いまから向かうんだけど、安全性を考慮してリムジンだというから庶民にはすでについていけない。
唖然としていると紗世さんが、
「この人数を一台で行くとなるとリムジンが一番なんです」
と説明してくれる。
「そうなんですね」
紗世さんの家ならプライベートジェット機でも持ってそうだけど、何となく聞くのはためらわれた。
リムジンの内は黒い高そうなソファーみたいな椅子が設置されていて、この人数でも楽々乗れる。
きれいな女性たちに囲まれると気後れしてしまうんだよなぁ。
なんて思ってたら左隣に桂花、正面にボア先輩、右側がドアという位置になった。
しずりさんが残念そうなのは気づかないフリをしよう。
俺にしてみれば同い年の桂花が近くにいてくれるのが、一番リラックスできる。
「せっかくだから何か遊びでもしませんか?」
と桂花の左隣に座った紗世さんが提案した。
「この人数でできる遊びって何があったっけ?」
と首をかしげたのはボア先輩。
「実はボードゲームを用意してあります」
紗世さんはそう言ってどこからともなく、黒い紙のバックからボードゲームを取り出す。
見てみたら〇生ゲーム系だった。
「たしかにこれなら七人でも遊べそうですね」
と桂花が賛成する。
プレイヤーが操作するコマがあれば問題ないだろう。
「それにしても紗世さんってこの手のボードゲームで遊ぶんですね」
意外と言えば失礼かもしれないけど、聞いてみたかった。
「いえ……今回の企画が持ち上がった段階で、せっかくだから遊んでみたかったものを、と思ったんです」
紗世さんは照れくさそうに答える。
美人が恥じらうとメチャクチャ絵になるんだなと思った。
「じゃあさっそくやってみましょう」
とラミア先輩が手を叩いて、みんなでボードを広げてコマを準備する。
「ルールのおさらいしておいたほうがいいんじゃない?」
と桂花が言ったことで確認をおこなう。
ルールは単純でゴールしたときの資産の合計が多い人が勝ち。
「全員がゴールするまで勝負はわかんないのか」
と俺はつぶやく。
誰がゴールしただけじゃあゲームが終わらない点は注意かな。
「まあそんな激戦になることってまれだけどね」
と桂花が微笑む。
「そうなんだ」
友だちがいなくてこの手のゲームをやった経験がない俺は知らなかった。
「ではさっそくやっていきましょう」
まずさいころをふってプレイ順を決める。
桂花、紗世さん、しずりさん、ボア先輩、ヘーファル先輩、ラミア先輩、俺という形になった。
全員が100万円を所持してスタートする。
「えーっと、誕生祝いとして100万円もらう」
桂花のスタートは幸先がいいな。
「わたしは50万円もらいました」
と紗世さん。
しずりさん、ボア先輩は何もないマスに止まって次はヘーファル先輩か。
「一族が集まって盛大なお祝い。500万円もらいました」
ヘーファル先輩本人もびっくりしている。
「さすが」
とラミア先輩が言いながらさいころをふって何もないマスに止まった。
「俺か。親が病気で働けなくなった。50万円失う」
いきなりマイナスのマスに止まる。
「ドンマイ」
と桂花が言いながら次にさいころをふった。
順番に進んでいき、次第にみんなの運命が分かれていく。
「知人のすすめで株を買った会社が急成長。1億円入手」
と言うヘーファル先輩が現在トップだ。
「ヘーファル先輩、強いですね」
感心するとラミア先輩が深々とうなずく。
「あの……弥生、です」
ヘーファル先輩が困った顔で俺に告げる。
「え?」
一瞬意図がわからずぽかんとしてしまった。
「配信者名じゃなくて、名前で呼んでほしいのよ」
ラミア先輩が横から助け船を出してくれる。
ヘーファル先輩はあわてたようにこくこくうなずく。
なるほど、たしかに身バレ対策はしたほうがいい。
桂花と紗世さんのことも外では本名のほうで呼んでるんだし。
「ちなみにわたしはひよりね」
「弥生先輩にひより先輩ですね」
覚えておこう。
どっちも響きから推測に下の名前の気がするんだけど、いいんだろうか。
「ちなみにわたしは希美(のぞみ)だよ」
とボア先輩がウインクをしてきた。
「はい、希美先輩」
苦笑したくなったのをどうにか堪えて返事をする。
「じゃあかける、さいころをふって」
と桂花に笑顔で言われた。
現在の俺は最下位で、所持金は10万円である。
トップの弥生先輩との逆転はもうあきらめてる。
「何とか最下位は脱出したいなぁ」
と言ってさいころをふって五が出た。
「あっ」
という声は誰のものか。
止まったマスに書かれた文字を読むのに気をとられてわからなかった。
「えっと、トップの人と結婚して資産を共有する」
つまりどういうことなんだろう?
「出たわね、逆転のマス」
と桂花がつぶやく。
「この場合は弥生とかけるくんが結婚して、財産を統合するということよね」
ひより先輩の言葉でようやく状況が飲みこめた。
「そ、そうなるんですね」
弥生先輩が頬を赤らめてもじもじしてるので、こっちまで恥ずかしさが伝染する。
「ふたりとも、あくまでもゲームでの話ですよ?」
俺たちの雰囲気を読み取った桂花があきれた。
敬語を使ったのは弥生先輩にも向けたからだろう。
「まあな」
「そ、そうですね」
弥生先輩と目が合ってすぐお互いにそらす。
「じゃあ、次はあたし」
空気を変えるためか、桂花が元気よくさいころをふる。
「最初に結婚したカップルにご祝儀として500万円をプレゼント。ううう」
桂花がうらめしそうな声をあげたあと、ちらっと俺を見た。
いや、俺に言われても……。
「ドンマイです。勤めていた会社が倒産して300万円失う」
紗世さんもなかなかつらい。
リアルだったらたぶん大したことないんだろうけど、ゲームには関係ないもんな。
ゲームは進んでいき、
「ゴールしたわ」
最初にゴールしたのはひより先輩だった。
「でもこのゲームって一着のボーナスはないのよね」
とすこし残念そう。
「ひより先輩の資産は二億五千万円ですね」
と言ったのは桂花だ。
「弥生が資産を減らさないかぎり、わたしに勝ち目はないわ」
とひより先輩がため息をついたのも無理はない。
弥生先輩の現在の資産は八億円だからだ。
「まあ、まだ全資産を失うマスが残ってますし、かけるくんが止まってもアウトなルールです」
と紗世さんが指摘する。
弥生先輩と俺はカップルで資産を共有する関係になっているからだな。
「どちらかが先にゴールしたとしても、もうひとりが全資産を失ったらパーになるのか」
「そうよ」
ルールを確認すると桂花が肯定する。
このルール、鬼すぎないか?
なるべく最後までハラハラさせたいんだろうけど。
「投資に成功。五千万円もらう」
とラミア先輩が言う。
彼女も順調だ。
さて、俺だけど。
「新企業が絶好調。全員から一千万円もらう。あ、ゴールした人は対象外だった」
「ここでそれかぁ……」
と桂花に言われながら資産を増やす。
「わたしはゴールしたけど、八千万円だから悔しいわ」
と桂花は言う。
どんどんゴールしていき最終的な順位が決定する。
「トップは弥生先輩とかけるさんのカップルで十一億円、二位がしずりで七億円、三位がひより先輩で二億五千万円」
と紗世さんが言葉に出す。
「四位が希美先輩、五位が桂花さん、最下位がわたしですね」
希美先輩は一億円、桂花が九千万円、紗世さんが二千万円だった。
「紗世さん、意外と弱かったりする?」
むしろ運ゲーは強そうなのに。
俺の言葉に紗世さんが困った顔でうなずく。
「みたいですね。初めて知りましたけど」
「一回やっただけじゃあわかんないけどね」
希美先輩がけらけら笑う。
ゲームスキルで大人気配信者になった件 相野仁 @AINO-JIN
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