第77話「新しいことを考えてみよう」
常識的に考えて、猫島さんに伝えて相談に乗ってもらうほうが絶対にいい。
というわけでメッセージを送ってみた。
[みなさんが納得しての交流はべつにかまわないでしょう。SNSで発言されるのはひかえていただきたいですが]
というのが猫島さんの返事だった。
何で反対されないんだろう?
とめるのがマネージャーの仕事なんじゃないかな?
SNSで言っちゃダメなことなのに、避けなくていいのか?
ポジティブに受け止めるなら、それだけ俺が信頼されているってことなんだけど、本当にこの解釈で間違ってないんだろうか?
スマホの画面を見ながら腕組みをして、首をひねってると新しい通知音が響く。
ボア[聞いたんだけど、二期生で遊びに行くんだって?]
[行きますが、泊まりですよ?]
ボア先輩からのメッセージは渡りに船だと感じた。
一期生のボア先輩に反対されたら、きっとブレーキになるはず。
ボア[あたしも行きたいからよろしくねー]
……はい?
この人はいったい何を言ってるんだろう?
それとも俺の読み違いかな?
目をこすって二度見したけど、結果は当たり前のように変わらない。
[来るんですか? 俺も行くんですけど?]
俺が行くって知らないんじゃないかとふと思って確認する。
もちろん、「お前は遠慮しろ」と言われたときは受け入れるつもりだった。
ボア[知ってるよー(笑)。いいじゃん、いっしょに遊ぼうよ]
笑ってる様子が思い浮かぶ返事が来る。
あれ? みんな気にしないのか?
俺がおかしいのか?
もう一度考え込んだところでひらめいた。
泊まりがけで遊びに行くって言ったけど、同じ部屋に寝泊まりするなんて、誰も一言も言ってなかったじゃないか。
……これは俺が悪いな。
紗世さんの家に泊まった経験があったので、今回もてっきり同じだと解釈してしまっていたのだ。
[はい……ほかにも誰か来るんですか?]
気恥ずかしさに耐えながら質問を送る。
ボア先輩に誘いが行っているのなら、ほかの一期生にも伝わっているだろう。
ボア[一期生はたぶん全員参加するよ。あとラビちゃんの友達の配信者も来るんだって?]
思いがけない返事が来た。
まさか先輩たち全員だなんて……若佐木さんのことも伝わっているらしい。
若佐木さんがラチカさんだってことまで知っているかどうかわかんないけど、俺からは言わないほうがいいよな。
[ええ。配信者としてはラビの先輩らしいです。友達の影響で、配信者になりたくなったとか]
これくらいは言ってもいいよな。
どんな人なのか、先輩たちだって知っておきたいだろうし。
ボア[なるほどー。あたしたちの同期か、先輩の可能性もあるねー。そういうことなら歓迎だよー]
ボア先輩はあっけらかんと受け入れる。
やっぱりと言うか、細かいことはあんまり気にしないタイプっぽいな。
ボア先輩が賛成ならけっこう人数が集まるかもしれない。
……男が俺一人なのかな?
俺にはどうすることもできないので、とりあえず配信を頑張ろう。
……頑張ってみたけど、「そろそろほかの違うものも見てみたい」というコメントが。
飽きられてきたのかな。
だとするとやばいかもしれない。
飽きられないための面白トークなんて俺には無理な相談なんだから。
周囲に相談したほうがいいんだろうな。
でも自分なりに考えずにってのもやっぱりよくない気がする。
俺自身の配信なんだから。
考えるだけ考えてみて、ダメそうだったら猫島さんに言ってみよう。
定番と言えそうなのは歌とASМRかな。
でもどっちも俺には向いてない気がするんだよなぁ。
とくにASМRはどこに需要があるっていうのか……。
一番俺と縁遠そうなヤツだ。
雑談配信?
俺がやるのは無謀だな……あっという間にお手上げになってしまった。
こういう場合、リスナーたちに聞いている人もいるけど、俺がやるとどうなんだろう?
……猫島さんに相談するほうがよさそうだよなぁ。
ということでメッセージを送ってみる。
さすがにいきなり返事は無理だろうと思って風呂に入って眠った。
起きて顔を洗ってからスマホをチェックしてみると、猫島さんからの返事が深夜の三時ごろに来ていた。
[配信内容に変化をつけるのは賛成です。とりあえず箱内コラボを増やして、苦手な分野に挑戦してみるのはいかがでしょう?]
箱内コラボを増やす?
その発想はなかったな……。
個人的にはちょっと不安なんだけど、マネージャーからの提案ならおそらく事務所としてはありなんだろう。
同期たちの意見も聞いてみる。
モルモ[いろんな人と絡むことでいろんな一面が掘り下げられるんだろうし、いいんじゃない?]
ラビ[バードくんはとても頼もしい助っ人というイメージが強いですから、ほかの一面も知りたいということではないですか?]
それぞれのメッセージを学校の教室で閲覧した。
ぼっちの俺が席でスマホを触っていても、話しかけてくるやつなんていないから安心である。
俺って頼もしいキャラだっけ???
ラビの返事に首をひねりたい気持ちでいっぱいだった。
一分くらい考え続けてようやくゲームのことだと思い当たる。
たしかにゲームに関しては助っ人ポジションで誘われたことがあった。
[見せろってみんなが言うなら俺はかまわないけど、大丈夫かな? リスナーがドン引きしたりするんじゃないだろうか?]
俺って大した人間じゃない。
ずっと友達がいなくて、ひとりでゲームをやっていただけの男だ。
それが現状になったのは運がよかったのと、いろんな人の優しさと配慮に支えられているのが大きいと思う。
そういう意識を持っているからなのか、イマイチ自分に自信を持てない。
配信はあくまでもエンタメ、リスナーにとっての「娯楽」であるはずだ。
ドン引きするような展開になったら、それはもう娯楽じゃないのでは?
ラビ[そこはわたしたちでフォローがんばります。心配しないでください]
モルモ[ひとりで失敗したら痛くても、みんなの力があればゆるふわになるでしょ]
ふたりからの返事が心強い。
たしかにこのふたりが作る空気なら、たいがいのことはカバーしてもらえそうだ。
他人の力をあてにするのは情けないように思うけど、なにか別の形でお返しできればいいのかな。
ここで俺が遠慮してもふたりはきっと納得しない。
知り合ってまだ数か月レベルだけど、この点に関してけっこう自信を持って言える。
俺だってふたりの力になりたいと思っているし。
[具体的なアイデアは何も思い浮かばないな]
モルモ[あわてなくてもいいでしょ。いま学校なんだろうし。あたしもだけど]
そうだよな、俺が学校なら桂花だって同じだよな。
とりあえず落ち着こう。
具体的なビジョンはまだ浮かんでないけど、方向性は見えてきている。
それに相談できる相手だっているんだ。
俺はスマホの電源を落とした。
「ラチカさんの配信よかったな」
「やっぱり最高の女神だろ」
教室に戻ってきたふたり組──どっちも陽キャなやつらが、ラチカさんの話をしている。
オタク系の趣味なんてなさそうなやつも話題にするんだから、ラチカさんはやっぱりすごいなあ。
【御三家】が強すぎてナンバーワンとは言えないだろうけど、その次を狙えるポジションにはいるんじゃないだろうか?
……一方、残念ながらペガサスの話題は全然俺の耳にまで届いてこない。
もしかしたら知らないところで話題になっているかもだけど、ラチカさんには及ばないってことなんだろう。
チャンネル登録者数はけっこう増えたんだけど、まだまだってわけか。
同時接続数も重要らしいし。
「男子たちの話、わかる?」
「女配信者に鼻の下伸ばしてんでしょ?」
女子たちの反応は冷ややかだった。
桂花や紗世さんを知らなかったら、それだけで心にヒビが入りそうなレベル。
Vチューバーを知らない、興味ない人たちにはこんなものなのかも。
オタクに優しい女性って、身近にはなかなかいないよな。
Vチューバーデビューしてなかったら、現実にはいないって思っていたかもしれない。
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