ぱららっぱ

白里りこ

思いっきり走ってみればいい


「何か意見はある?」


 大学のサークルの先輩に聞かれたので、私は小考の後に発言した。


「この曲はテンポが走る傾向にあるので注意が必要だと思いました」


 トランペットの仲間たちは、揃って首を傾げた。


「『テンポが走る』って、何?」

「あ」


 私は慌てて口を押さえた。


「すみません、故郷の言葉が出てしまって……」


 こうしてアメリカの大学に入学して、生徒に混じって活動していると、私は自分が思ったより不出来であることを思い知ることになった。

 これまで日本で教育を受けてきた積み重ねの影響は確固たるものがあった。今でこそ英語でものを考えることに慣れてきたが、こうしてふとした瞬間に母国の名残りが滲み出てしまう。

 語学力には自信がある方だった。私の片親は英語圏の人だし、高校の時は留学だってした。でも……。

 私は赤面して弁解した。


「あの、テンポが自然と速くなるって、そう言いたかったんです」

「それで『走る』なの? アハハハ! 陸上競技じゃないんだから」

「すみません……」

「どうして笑うの?」


 先輩が険しい声で言った。


「ミアが多言語を操れるのは素晴らしいことであって、笑われるようなことじゃないわ」


 笑ったメンバーは、少し驚いた様子だった。


「え、だって、ここはアメリカの大学よ? 英語を完璧にマスターして来るのは当然のことじゃないの」

「ああ、それは自由の国の住人としては相応しくない発言ね」


 先輩はツンとして言った。


「私だって母国語はスペイン語なのだけど? あなたは、この大学の構内に万国旗が掲げられている意味をよく考えることね」

「あの、すみません」


 私は言った。


「喧嘩しないでください。私は構いませんから。もっと英語を勉強します」

「構わなくないわよ。あなたは恥ずかしがっていないで、人権意識を高く持ちなさい。自分を守れるのは自分だけなのよ」


 厳しく言われて、私は瞬きをした。


「ええと……」

「なあなあ」


 他のメンバーが口を挟んだ。


「俺、一回この曲で、思いっきり『走って』みたいんだけど!」

「えっ?」

「いいわね、それ」

「やろうやろう」


 仲間たちは急に楽しそうに騒ぎ出した。私は戸惑ってしまったが、先輩は「じゃあやるわよ」と言って楽器を構えると、滅茶苦茶に速いテンポで合図アインザッツを出してしまった。


 ぱっぱららーぱぱっぱらら、ぱっぱららーぱぱっぱらら、

 ぱっぱららーぱぱららぱららぱらぱらら!


 爆速。暴走。疾風怒濤。

 私は混乱をあらわにするいとまもなく、必死でトランペットに息を吹き込む羽目になった。不思議と指も唇も滑らかに動き、風になったように楽しく走り抜けられる。


 ぱりららっぱぱっぱぱぱぱぱ ぱぷぱぱぷぱぱぷぱぱっ

 ぱーぱあああああああ!


 終わり! 大爆笑!


「あっはっはっはっはっは!」


 そう、テンポが速すぎると、思わず腹の底から笑いが込み上げてきてしまうのだ。これは演奏者のさがなのだった。

 その場にいる全員が朗らかに笑っていた。


「さっきは馬鹿にしたりして悪かったわ」


 仲間が言った。


「確かにこれは、走っているみたいな気持ちね!」

「そうでしょう」


 私も笑顔で返した。

 共に爆走した快感のせいで、確執も羞恥心も何もかも、遥か後方に置き去りになっていた。


「たまには走るのも悪くないわね」


 先輩も笑っていた。


 その日の練習は、笑いの中で幕を閉じたのだった。


「ああ楽しかった!」

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ぱららっぱ 白里りこ @Tomaten

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