異世界の女神、今日もトラックを走らせる

無月兄

トラックに轢かれて転生。このジャンルを、廃れさせてはいけません。

「異世界にいらっしゃーい!」


 そんなかけ声とともに、私はトラックを全速力で走らせ、目の前の歩行者へと突っ込んでいった。


 人殺し? そんな人聞きの悪いこと言わないでよ。トラックを走らせるのも、それで人に突っ込んでいくのも、ちゃんとした仕事なの。

 えっ、なんの仕事かって? そんなのもちろん、女神の仕事よ。







 場面は変わって、ここは世界の狭間にある、神々が働く神殿。そして私は、そこで働く平の女神、その名もメガ美だ。人間で言うところのOLみたいなものだと思ってくれればいいけど、そこは仮にも女神。仕事内容も、女神ならではのものだった。


「お帰りメガ美。人間界への出張お疲れ様。今回の成果はどうだった?」


 神殿へと戻って来た私に声をかけてきたのは、同僚の女神であるメガ子だ。


「別にいつも通りよ。思い切りトラックを走らせ、ターゲットに突っ込む。これで私達トラック課の仕事は終わり。はねられた子、もうこっちに来てる?」

「ええ。ちょうど今、説明担当の子から、話を聞いているわ。見てみる?」


 メガ子の言葉に頷き神殿の一角に向かうと、そこにはついさっき私がトラックで突っ込んだ一人の男性の姿があった。

 事前に与えられた資料によると、半分ブラックな企業で社畜として働いている、冴えない感じの人だった。だけどそんな人こそ、私達の仕事には欠かせない人材だ。


「なんで俺はこんなところに? 確か、トラックにはねられたはずじゃ……」


 わけがわからないといった感じで、混乱する男性。だけど私も担当の女神も、もうそんな反応は見慣れているので慣れたものだ。


「トラックのことなら気にしないでください。あれは特別なトラックで、はねられた瞬間、相手をこの女神の神殿へと送る機能がついているのです。そしてそれに選ばれたあなたは、異世界に転生して勇者になれるのです。もちろん、一見役立たずですが、実はチートになれるスキルつき。要はラノベでお馴染みのアレですが、知っていますか?」


 補足をすると、私達女神はあらゆる世界を管理し、そこに危機が訪れた時は、それを回避するため適切な対処を行う。言ってしまえば、魔王なんかが出てきて困った事になってる世界に、転生だの転移だので勇者を送り込んで事態の解決に当たらせている。


 それをわかりやすく人々に伝えるため、ラノベ業界に手を回して、そんなストーリーの話を大量に世に送り出す、なんて工作も秘密裏にやっている。


 で、そのきっかけとしてお馴染みの、トラックに轢かれるって展開だけど、実売あのトラック運転してるのは、私達女神なんだよね。


 それはそうと、男はそんなラノベのお約束を知っていたようで、話を聞いた瞬間、その顔がみるみるうちに輝きはじめた。


「マジで? やった、これで俺もチートハーレムで無双できるぞ! いつかこうなることを夢見て、社畜を続けてきてよかった!」


 知ってるそれどころか、わざわざそれを夢見て社畜を続けていたとは、とんだクレイジーな奴だ。

 だけどそれならむしろ好都合。あとはトントン拍子に話が進み、笑顔で異世界へと旅立っていった。


 これから男がどうなるかは、私の預かるところじゃない。異世界に行った彼の今後は、担当についているあの女神の管轄。私の仕事は、トラックを走らせ人間を次々にこの神殿へと送り込むことなのだから。


 だけどそんな私の仕事も、最近ではやりにくくなってきていた。









「そういえば、メガ美知ってる? 今日もトラック協会の人達が来て、異世界転生にトラックを使うのはやめろって抗議してきたの」


 またか。メガ子からの報告を聞き、私はため息をつく。

 トラック協会から似たようなクレームが来たのは、何もこれが初めてじゃない。異世界転生が流行れば流行るほど、その起点となるトラック事故も増えていく。それが、トラック協会にとっては耐えられないらしい。


「最近ではそれに配慮して、トラックに轢かれて転生ってパターンはずいぶん減ってきたんだけれどね。私達女神の業務もどっちかと言うと、将来パーティを追放されそうな人に、こっそりチートな能力を授けることが主になっているからね」

「そうそう。おかげで、私みたいなトラック担当の女神はただでさえ肩身が狭いってのに、この上さらに縮小されたらやってらんないよ」


 少し前までは、ラノベの王道みたいに言われていた、トラック転生。だけど最近では、急速にその展開も見られなくなってきている。

 それは何も、あまりにもマンネリが過ぎて読者が飽きたからじゃない。全ては、トラック業界からのクレームのせいだ。


「噂じゃ、トラック転生廃止の話も出てきてるらしいよ」

「そんな……」


 私は、そんな現状に明らかに不満を持っていた。

 というのも、トラックを運転するのが、単純に楽しいからだ。あのゴツゴツした巨体をフルスピードで走らせターゲットに突っ込む。こんな楽しいことが他にあるだろうか。いや、ない!


 そう思うと、だんだんと腹が立ってきた。


「だいたいさ、轢かれた相手だって異世界で無双だのハーレムだのできるんだから、むしろ私達いいことしてるじゃない。ウィンウィンじゃない。なのに、なんで文句なんか言われなきゃならないのよ!」

「メガ美、落ち着きなよ。そんなこと言ったって、現にクレームが来てるんだからしょうがないじゃない」


 メガ子がなだめるけど、一度出てきた不満はなかなかおさまらない。むしろ、ますますヒートアップしてくる。


「いっそ、トラック業務の人達も、一度異世界に行ってみればいいのよ。そしたら、トラック転生がどれだけ素晴らしいものかわかるのに──って、まてよ?」


 そこまで捲し立てた時、私の頭にある考えが浮かんだ。

 これなら、失われつつあるトラック転生も、再び日の目を見られるかもしれない。








 後日、私は再び、人間界に赴きトラックに乗り込む。今日の転生ターゲットは、トラック業界の重鎮達。先日、クレームをつけてきた張本人達だった。

 今から彼らに向かって、トラックで突っ込みまーす。


 彼らを異世界に送り込み、その良さをわかってくれたらそれでよし。わかってくれないならくれないで、そのまま異世界に閉じ込めてしまえば、今後文句を言うこともできなくなる。どっちに転んでも悪いようにはならないというわけだ。


「フハハハハ、完璧な作戦ね!」


 最初この作戦を話した時、メガ子が若干引いていたような気がするけど、トラック転生という一大ジャンルの火を消さないためには仕方がない。


 私は思い切りアクセルを踏み込むと、ターゲットに向かって、全速力でトラックを走らせた。走れ走れ、トラック転生を守るためーっ!


「トラック転生は、永久に不滅よーっ!」

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異世界の女神、今日もトラックを走らせる 無月兄 @tukuyomimutuki

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