あつまれ!無人の街

人生

 最後のエデン




 そこはまるで日本とは思えないような邸宅が立ち並ぶ、いわゆる高級住宅街だった。


 その端の方にひっそりと、しかし相応の威厳と堅牢さを見せつける屋敷が――



「やっと来たな……! 今日からここが俺たちの拠点うちだ!」



 二台のトラックが門を抜け屋敷の前で停車するなり、待ち構えていた自称・親父の三十代男性が声を上げた。


 その大声に、ドアを開け外に下りようとした助手席の僕は思わずびくりと肩を震わせてしまう。


「大丈夫よ」


 と、運転席に座る自称・母親が笑った。


「この辺はお金持ちが夏休みに遊びに来るような別荘地帯らしくてね、もともと人がほとんどいないのよ」


 一応説明は受けていたのだが、これはもう僕の習性のようなものだ。安全だと言われても、どうしても周囲を警戒してしまう。


 自動式の門から屋敷までのあいだに数キロもの距離がある、広大な敷地。道路を挟む庭園は木々が生い茂り、武骨な柵が敷地全体を囲っている。個人の別荘というより公共の施設だと言われた方がまだ信じられるというくらい、僕の価値観からはかけ離れた光景だった。


「これが別荘ね……」


「他にも良さそうな物件はあったんだけど、ここがいちばん市街地からも離れてるからね」


 皮肉のつもりで言ったのだが、どうやら彼女には僕のユーモアが伝わらなかったらしい。そんなことよりも、目先の新居の方に気をとられているのだろう。


「どうだ?」


 トラックを降りると、自称・親父が声をかけてきた。


「宝くじ当たっても買えるかどうかっていう大豪邸だぞ。これが別荘っていうんだから、本宅はもはや宮殿だな」


「……でも、広すぎない?」


「どうせ住むなら広い方がいいだろ?」


 こちらはユーモアが分かる方だが、いささか楽観的すぎる。


「家具はだいたい揃ってるが、これからそれぞれ好きなもの詰め込んでいけばすぐに狭く感じるようになるさ。もっと家族も増えるかもしれないしな」


 話しているそばから、最近増えた家族――小学生くらいの子どもたちがもう一度のトラックの荷台から降りて、目を輝かせながら屋敷の方へと駆けていく。


「探検するだけでも一日じゃ足りないだろうなぁ。見て回ったら部屋きめたり、いろいろ手を入れて……理想のマイホームに仕上げるぞ。これだけ庭も広いからな、落ち着いたら畑とかつくって自給自足だ」


「だいぶ先の話になりそうだけどね」


 しかし、夢があるのも事実だ。希望がある。この無人の屋敷を理想のマイホームへと開拓していく……まるでゲームみたいな話だけど、きっと一人で引きこもっていたときには考えもしなかっただろう。思いついても、こうして実現まで漕ぎつけることはとうてい不可能だったに違いない。


 この「家族ごっこ」には未だ慣れないけど――みんなで家を飾り付け、生活していく――そんな夢みたいなおうち時間も、悪くはない。

 少なくとも、自宅で一人ヒマを持て余すよりはずっといい。


「じゃあオレはおじさんたちとガキどもの面倒みてくるから、お前はじいさんばあさん連中を案内してやってくれ」


「了解……」


 正直、子供や老人の相手は苦手だ。だけど両親を失い一人で生きて行かざるを得なくなり、追いつめられた経験からか、自分より弱い立場の人間を見捨てられない……そんな責任感のようなものが芽生えつつあった。

 老人たちが荷台から降りるのを手伝い、足腰の悪いおばあさん(名前は忘れた)を背負って屋敷へと向かう――


「ぐう……」


 眠っているのか、おばあさんが耳元でうめき声をあげ――



「がぁあああああ……!」



 突如、僕の肩口に噛みついてきた。



「ぐ……!?」



「た、大変だ……!」


「ばあさんが感染しとる……!」


 自力で歩いていた老人たちがこちらの異変に気付き、僕からおばあさんを引きはがそうとする。


 相手は老人――しかしその腕力はどこから来るのか、振りほどこうにもなかなか僕から離れない。


「伏せろ!」


 と、自称・親父の声。僕はとっさに頭を伏せ地面にしゃがみ込んだ。


 ゴン! と鈍い音とともに、老人の重みから解放される。


「大丈夫か……? 噛まれたか?」


 顔を上げると親父が血の付いた金づち片手にこちらを見下ろしていて、自称・母親が周囲の老人たちを僕から遠ざけていた。


「……噛まれたけど――」


 立ち上がると、肩にくっついていた老人の――入れ歯が地面に落ちた。


「直接は、噛まれてないみたいだ……」


 おばあさんがもし、入れ歯でなかったら――もし、発症したのが移動中のトラックの荷台で、他の老人や子どもたちが襲われていたら――それを想うと、自分が襲われたショックよりも、何事もなかったことへの安堵が勝った。


「運が良かったな……。あるいは悪かったのか――いったい、いつ感染してたんだ」


「……お年寄りは若者より症状の進行が遅いらしいから……」


「他にも誰か、感染してるかもしれないな」


 親父が老人たちを見回す。それから、改めて僕の方に顔を向けた。


「念のため、お前もしばらく部屋に隔離だ。幸い、個室はたくさんあるし、トイレにシャワーつきだぞ」


「素敵な独房だけど、ヒマを持て余しそうだ」


 屋敷の探検はしばらくおあずけらしい。

 少し、楽しみではあったのだけど――それでみんなが安心できるのなら、ちょっとくらい我慢しよう。




                   ■




 時は20XX年――謎の新型ウイルスが世界中に蔓延し、それに感染したものがゾンビとなって人を襲うようになって早数年――



 安全だと言える場所はほとんどなく、生き残った人々は散り散りになって、不安と孤独を抱えている。

 明日をも知れぬこの世界で、偶然巡り合った僕たちは助け合い、寄り添いあって生きて行くしかない。



 この小さな屋敷の中で――僕たちは、生きている。



 このメッセージを受け取る誰かがまだ、この世界のどこかにいると信じて――



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あつまれ!無人の街 人生 @hitoiki

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